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第110話 銀の刃と、冬の手仕事


 世界から、色彩が消えた。


 窓の外を支配しているのは、視界を遮るほどに濃い白銀の帳だ。しんしんと降り積もる雪は、あらゆる音を吸い込み、静寂だけをこの小さな家に残していく。


 「……ゆう様、外は吐く息も凍りつくような冷え込みですわ。……もっと、こちらへ」


 去年の大寒波の記憶が嘘のように、今年の寝床は暖かい。


 特製の綿入れ毛皮布団の中で、僕は隣に横たわるリアの柔らかな身体を引き寄せた。


 絡め合わせた足の隙間から体温が溶け合い、どちらからともなく唇を重ねる。冬の長い朝を睦み合うことに費やすのは、僕たちにとって生きている実感を確かめるための、大切な儀式だった。


 数日ぶりに雲の切れ間から覗いた冬の太陽が、雪原を眩しく照らしていた。


「よし、今のうちに薪を少し補充しておこう。カバンに余裕はあるけど、備えは多いに越したことはないからな」


 二人の共同作業は、雪が止んでいる間に集中する。


 僕が外で乾燥した枝を集め、リアが魔法で雪を払い、次々とカバンに放り込んでいく。


 作業が終われば、冷えた身体を温めるという名目で、またどちらからともなく身体を寄せ合い、ベッドへと向かう。


 外の凍てつく空気とは対照的な、肌と肌が擦れる熱。互いの呼吸を奪い合い、汗を散らして身体を芯から溶かし合う時間は、冬の午後を瞬く間に食いつぶしていった。


 夜。いろりに火を入れ、パチパチと爆ぜる音を聞きながら、僕たちは手仕事の準備を始めた。


「……ねえリア、今年の冬は少し『大きなもの』を作ってみないか? 去年みたいにスピンドルを回し続けるのも大変だろうし」


「大きなもの……。糸車、ですわね? ええ、可能ですわ。設計図の演算は終わっております」


 リアが指先を振ると、部屋に小さな光の粒が舞った。彼女が呼び出した『光の精霊』が、手元を昼間のように、それでいて暖炉の火よりも柔らかく照らし出す。


「それじゃ、これを貸してほしいんだ」 


 僕が指し示したのは、以前彼女に贈った銀角製のナイフだ。


 リアから受け取ったその一振りは、驚くほど軽く、魔力を帯びた冷たい光を放っている。


 カバンから取り出した堅牢な木材に刃を当てる。


 ――サクッ。


 まるで熟した果実の皮を剥くかのような手応え。


 石ですら容易く断ち切る銀角の刃は、硬い木目をものともせず、滑らかに、かつ精密に木を削り出していく。


「すごいな……。これなら、リアの設計図通りの曲線が作れそうだ」


「ふふ。わたくしがお教えする通りに刃を動かしてくださいな。軸受けはここ、回転の支点は……」


 光の精霊に照らされ、僕の隣で身を乗り出して指示を出すリア。


 木屑がいろりの火に舞い、香ばしい木の匂いが部屋に広がる。


 時折、作業に熱中する僕の頬を、リアが甲斐甲斐しく手拭いで拭ってくれる。その指先が触れるたび、また別の熱が身体の内側に灯る。


「……ゆう様、あまり根を詰めすぎてはいけませんわ。夜はまだ、始まったばかりなのですから」


 リアが僕の手から銀のナイフを取り、そっと床に置いた。


 彼女の細い腕が僕の首に回される。削り出したばかりの木の香りと、リアの甘い肌の匂いが混ざり合う。


「……手が止まっちゃったな。リア、続きを教えてくれるんじゃなかったのか?」


「ええ。ですが、演算結果がこう告げていますの。『これ以上作業を続けると、ゆう様の体温が上がりすぎて、わたくしが我慢できなくなります』……と」


 潤んだ薄緑色の瞳が、すぐ間近で僕を見つめる。


 リアの吐息が唇に触れるほど近く、僕の理性を甘く溶かしていく。


「……じゃあ、設計図の続きは、また明日かな」


「ふふ、賢明な判断ですわ。……さあ、今度はわたくしを『加工』してくださいな。ゆう様の手で、とびきり熱く……」


 道具を作る喜びと、愛し合う悦び。


 どちらも欠かすことのできない、僕たちの豊かで贅沢な冬の時間が、ゆっくりと刻まれていく。

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