第111話 氷上の銀盤と、鋼の切先
窓の外、雪原を照らす月が日ごとに丸みを帯びていく。
しんしんと冷える夜、いろりの傍らで僕はふと思いついたことを口にした。
「……ねえリア。もうすぐ満月だよね。 凍りついた泉の上で、リアが氷を滑る姿が見たいんだ」
「……。……はい? 氷を、滑る……のですか?」
リアは糸を紡ぐ手を止め、面食らったように瞳を瞬かせた。
「うん。リアの『フィギュアスケート』が見たいんだ。エルフのフィジカルなら、氷の上を滑るのだって簡単だよね? シルフにお願いして風の力を借りれば、転ばないし、高くジャンプだってできるはず」
「なるほど……検索いたしました。氷の上で行う芸術的競技、ですね。……紀元前の北欧で、動物の骨を足に括り付けたのが始まり……中世では貴族の嗜みとして発展し、現代ではエッジの摩擦熱で氷を溶かしながら滑走する……。非常に合理的かつ美しい運動形態ですわ」
リアは淀みなく「うんちく」を披露すると、ふっと悪戯っぽく微笑んで僕を見つめた。
「わたくしの滑る姿が、それほど見たいとおっしゃるのですね? ……あら、ゆう様。これには男女ペアで滑る種目もございましてよ。……わたくしを支え、抱き上げ、共に氷の上で睦み合う……。そちらの方が、ゆう様もお好みではありませんか?」
「い、いや! 今回はリアだけで! ……一緒に滑ったら、リアの華麗な姿を特等席で見られないじゃないか」
「ふふ、それもそうですわね。……ですが、それには『スケート靴』が必要になりますわ。……ゆう様、お作りになりますか?」
そうと決まれば、夜の手仕事は一気に熱を帯びた。
今回は木工ではなく、金属加工だ。
「……ノーム、お願い。質の高い砂鉄を、ゆう様のために集めてくださらない?」
リアが床に手を触れ、鈴を転がすような声で語りかける。すると、家の床下から土の精霊が応え、黒く輝く極上の砂鉄が、まるで意思を持っているかのように集まってきた。
ノームもだいぶ言う事を聞いてくれるようになったようだ。
次に、いろりの端にある小さな炉へ。リアが指先を向けると、赤いトカゲのような姿をしたサラマンダーが姿を現した。
「サラマンダー、火力を。鋼を溶かすほどの熱をくださいな」
精霊たちが応える中、僕は木で靴の土台と、鋭い「エッジ」の原型を削り出す。
それを湿った砂に押し付けて型を取り、慎重に抜き去る。
「……よし、行くぞ」
ドロドロに溶け、白橙色に発光する鉄を、砂の型へと静かに流し込む。
熱気が部屋に充満し、リアの白い肌が火照ったように赤く染まる。
「……ゆう様。火を見つめるあなたの横顔、なかなか雄々しくて素敵ですわ。……ですが、あまり汗をかきすぎると、後でわたくしが隅々まで拭き取るのが大変ですのよ?」
「……集中させてよ、リア。……よし、固まった」
型から取り出す。
リアから借りた銀角のナイフを使い、氷を切り裂くための鋭い刃を慎重に仕上げていく。
何度も試行錯誤し、ようやくそれなりの形をした「スケート靴」が完成した。
「……できた。不格好だけど、これが今の僕にできる精一杯だ」
僕は出来上がったばかりの靴を、恭しくリアに差し出した。
リアはそれを手に取り、指先で鋭いエッジをそっとなぞる。
「……全く。突拍子もないことを思いつくお方ですわ、ゆう様は」
しょうがないですわね、と微笑みながら受け取る彼女の瞳には、あきれ顔とは裏腹に、深い愛情と期待の色が灯っていた。
「……最高の舞台を用意してお待ちしておりますわ、ゆう様。……その代わり、見終わった後は、わたくしのおねだりも全力で聞いていただきますから」
満月の夜、銀盤の上に舞うエルフの姿。
僕たちはその約束を、熱い口づけとともに封じ込めた。




