第109話 魔法のカバンと、琥珀色の抱擁
嵐のようなお説教(とフェンリルの威圧感)が去ったあと、僕たちの拠点には再び穏やかな、そしてどこか熱を帯びた時間が戻ってきた。
目の前には、数日がかりで切り出し、乾燥させて積み上げた薪の山がある。去年の今頃は、これを少しずつ運ぶだけで一日が終わっていた。
「……よし、これも全部入れちゃうか」
僕は腰の魔法のカバンを広げ、山のような薪を次々と吸い込ませていった。どれだけ入れても重さは変わらず、カバンの口は涼しい顔をしている。
「……いちいち寒い外に出なくていいなんて、最高だね」
ふう、と息をついて独り言をもらすと、隣で綿花の種を仕分けていたリアが、くすくすと鈴を転がすように笑った。
「もう。ゆう様、そんなことでは、わたくしがいなければ何もできない『ずぼら』になってしまいますわよ?」
「……いいじゃない。そのぶん、浮いた時間でずっとリアにくっついていられるんだから」
後ろから彼女の細い腰を抱き寄せ、うなじに顔を埋める。
リアの身体からは、秋の陽だまりのような温かさと、僕がよく知る甘い香りが立ち上がった。
「……っ。……もう、お仕事中ですわ。……それに、まだお説教は終わっていませんのよ?」
そう言いながらも、リアは僕の腕に自分の手を重ね、愛おしそうに身体を預けてくる。薄い衣越しに伝わる彼女の体温が、僕の理性をじりじりと削っていく。
今年は、栗もドングリも大量に拾い終わった。
魔法のカバンに入れれば、干す必要すらない。
「これなら、鹿たちにつまみ食いされる心配もないな。……まあ、あの子たちはあの雄鹿がしっかり注意していたから、僕たちの食べ物にはほとんど手を出さないでいてくれたけど」
泉のほとりで休む彼らを見る。
銀の角が日の光を浴びてきらきらと光っている。
統率の取れた群れのルールは、僕たちへの敬意のようにも思えた。
「でも、目の前に食べられないご馳走があるのも可哀想だからね。カバンにしまっちゃうのが一番だよね」
日当たりの良い斜面一面の綿花を刈り尽くし、オリーブもすべて収穫した。
そして、拠点の一角には、あの鷲のあの子がたまに置いていってくれるウサギから剥いだ毛皮も、かなりの数が溜まっている。
「今年もまた、あれを繋げて布団にしよう。去年のと合わせれば、どんな寒波が来ても大丈夫なはずだ」
ふと、去年の冬の記憶が蘇る。
あの大寒波の夜、暖房も寝具も十分とは言えず、僕はリアを震えさせてしまった。あの時の彼女の冷えた指先と、僕を求めて寄り添ってきた震える身体が、今も胸を締め付ける。
「……今年は、もうあんな思いはさせないから」
抱きしめる力を少し強めると、リアが驚いたように、でも幸せそうに僕の顔を見上げた。
「……ゆう様。……わたくし、寒さそのものよりも、ゆう様が近くにいてくだされば、それだけで十分なんですのよ? ……でも、その……新しい毛皮の布団、楽しみにしておりますわ」
「ああ。大量の綿花も、冬の間にゆっくり紡ごう。やることがあるのはいいことだね」
そう口では言いつつも、僕の脳裏には別の景色が浮かんでいた。
ふかふかの綿と毛皮に包まれた寝床で、しんしんと降る雪を窓の外に眺めながら、ひたすらリアと睦み合って過ごす時間。
「……まあ、冬の間中ずっと、こうしてリアと愛し合っているだけでも、僕は一向に構わないんだけどさ」
耳元でそう囁くと、リアは顔を真っ赤にして、逃げるように僕の胸に顔を埋めた。
「……ゆう様は、本当に……。……わたくしも、嫌いではありませんけれど。……むしろ、望むところですわ」
見つめ合う瞳の中に、互いへの隠しきれない渇望が灯る。
収穫は終わった。あとは、この豊かな実りとともに、二人だけの濃密な冬を迎えるだけだ。




