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第106話 指先に滴るルビー


 拠点に戻った僕たちは、夕闇が聖域を包み込む前から、さっそく「収穫祭」の準備に取り掛かった。


 いろりには火が灯り、パチパチと爆ぜる音が狭いうろの家に響いている。


 今夜の献立は、泉の近くの川で獲った岩魚に似た魚の塩焼き。そして、去年の秋に収穫して以来、僕たちの胃袋を支え続けている乾燥栗だ。


 一晩水に浸けて戻し、じっくりと火を通した栗は、噛みしめるほどに素朴な甘みが広がる。


「……ふぅ。やっぱりこの時期の栗は、味が落ち着いていていいね」


「ええ。保存食のおかげで、今年も無事に夏を越せそうですわね」


 いつもの、変わらない夕食の風景。


 けれど、リアが楽しげに微笑み、いろりの端の灰を火かき棒でそっと掻き分けたとき、部屋の空気はふわりと華やいだ。


 そこには、夕食の前に僕が泥で塗り固めて放り込んでおいた、いくつかの塊が埋まっている。


「……そろそろ、食べ頃かしら」


 僕が取り出した泥の塊を石で軽く叩くと、陶器のように割れ、中から熱を帯びた青々とした葉が現れた。


 その葉をめくると、中では野イチゴたちがとろりと溶け合い、宝石のような輝きを放つ「包み焼き」が姿を現した。

 

「……まあ、なんて見事な色。ゆう様、熱いうちに召し上がってくださいな」

 

「うん、まずはリアから……」

 

 僕が差し出そうとすると、リアはそれを制するように僕の手首を優しく掴んだ。


 そして、その指を絡めるようにして、僕の正面に座り直す。

 

「いいえ。……約束しましたでしょう? 『デザート』はわたくしが差し上げると」

 

 リアは、蒸し上がったばかりの、熱い蜜を纏った大粒のイチゴを指先でつまみ上げた。


 赤く染まった彼女の指先から、ルビーのような果汁が一滴、ポタリと彼女の膝にこぼれる。

 

「……あーん、してくださる?」

 

 抵抗できるはずもなかった。


 僕が促されるままに口を開けると、熱く、とろけるような甘みが舌の上で弾けた。


 いつもの塩気のある夕食の後に、この濃厚な野生の糖分は、あまりにも刺激が強すぎる。

 

「……美味しい」

 

「ふふ、ゆう様のお顔を見ればわかりますわ。……わたくしも、いただいてもよろしい?」

 

 リアは僕に食べさせたのと同じ指を、今度は自らの唇へと運んだ。


 吸い込まれる指先と、紅く染まる唇。


 その仕草があまりに扇情的で、僕の腰の奥が、いろりの火よりも熱く疼き始める。

 

「……ねえ、ゆう様。イチゴの蜜、まだこんなに残っておりますわ」

 

 リアは僕の首筋に手を回し、そのまま僕を床へと誘った。


 重なり合う体温。


 彼女の体からは、森の清涼な香りと、先ほどまで扱っていた野イチゴの甘い匂いが立ち昇っている。

 

「……今日はカバンのおかげで、体力も有り余っておりますの。……明日の朝食の心配もいりませんわ。ですから……」

 

 リアの唇が、僕の耳たぶを優しく食む。


 湿った吐息が、僕の理性を容赦なく削り取っていく。

 

「……今夜は、このイチゴよりも甘く、わたくしを味わってくださいませ?」

 

 絡み合う指先も、重ね合わせる肌も、すべてがイチゴの蜜に濡れたように熱く、溶けていく。


 魔法のカバンがもたらした「余裕」は、二人の夜をいつも以上に深く、濃厚なものへと変えていくのだった。

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