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第105話 夏の終わりの『収穫祭』


「……リア、あったぞ! あそこだ!」


 聖域の森を少し奥まで進んだ、日当たりの良い斜面。僕の声に、後ろを歩いていたリアが顔を上げた。


 視線の先には、青々とした夏の草木に混じって、ルビーのように赤く透き通った小さな粒が、無数に瞬いている。


 野生のクサイチゴの群生だ。


「まあ……! ゆう様、見事な実りですわね」


「ああ、でも……」


 僕は苦笑いした。

 イチゴの周囲には、僕の指ほどもある太い茎が、びっしりと鋭いトゲをまとって、外敵を拒むように生い茂っている。


 今までの僕なら、このトゲを掻い潜り、背負い籠に数掴みのイチゴを潰さないように持ち帰るのが精一杯だった。


「……だけど、今日は違う」


 僕は肩にかけた、精霊神の『魔法のカバン』をポンと叩いた。


 この古びた革カバンの中には、無限の空間が広がっている。どれだけ詰め込んでも、重さは変わらない。そして何より、入れたものは『空間が固定される』かのように、潰れたり傷んだりしないのだ。


「よし、リア。今日はこの斜面のイチゴ、全部持って帰るよ!」


「ふふ、頼もしいですわ。わたくしは下で、カバンを広げてお待ちしておりますわね」


 リアにカバンを預け、僕は意を決してトゲの海へ手を突っ込んだ。


 チクリ、と手の甲にトゲが刺さる。構うもんか。

 完熟して、今にもこぼれ落ちそうなイチゴを慎重に、かつスピーディーに摘み取っていく。


「……ほら、第一弾!」


 手のひらいっぱいの野イチゴを、リアが広げるカバンの口へ放り込む。


 ポスン、と軽い音を立てて、赤い粒がカバンの闇に吸い込まれた。


「あら、ゆう様。全然、重くなりませんわ」


「だよね? 次行くよ、次!」


 木登りならぬ、トゲ登りだ。


 腕を擦りむき、服をトゲに引っ掛けながら、僕はイチゴを摘み続けた。


 掴んでは投げ、掴んでは投げ。


 普通なら、カゴが一杯になれば、一度家に戻らなければならない。


 普通なら、カゴの底のイチゴは、上の重みで潰れてジャムのようになってしまう。


 けれど、このカバンは違う。


 一掴み、十掴み、百掴み……。


 斜面を覆っていた赤い点が、見る見るうちに消えていく。


「……ふぅ。これで最後かな」


 一時間後。トゲだらけになりながら、僕は最後のイチゴをカバンに放り込んだ。


 かつては「持ちきれないから」と諦めていた、野生の恵みのすべてが、今、この一つのカバンの中に収まっている。


「お疲れ様でしたわ、ゆう様。……まあ、お顔までトゲの跡が」


「はは、勲章みたいなものかな。……で、リア。カバンは?」


 リアは、イチゴを山ほど詰め込んだカバンを、片手でひょいと持ち上げた。


「……驚きですわ。羽毛のように軽いですの。中を覗くと、イチゴたちが摘みたてのまま、ふんわりと宙に浮いているみたいですわ」


「……これだけあれば、いったい何ができるかな?」


「そうですわね……。ゆう様、まずは一番シンプルな贅沢をいたしましょう」


リアはカバンの中の赤い山を見つめ、指を一本立てた。


「まずは、『野イチゴの包み焼き』ですわ。大きな木の葉にたっぷりの野イチゴを包みんで、いろりの灰の隅でじっくり蒸し上げるのです。熱が入ることで、酸っぱい粒も驚くほど甘い蜜に変わりますわよ」


「お、それは面白いね」


「それから、『乾燥イチゴの保存食』。平らな石をいろりの熱で温めて、その上で薄く広げて乾かします。水分が抜ければ、冬の間の貴重な甘味になりますわ。……魔法のカバンに入れておけば、湿気る心配もありませんもの」


リアの目は、聖域にあるものだけで何ができるか、真剣に品定めしている。


「あとは、『野イチゴの天然水フレーバーウォーター』。泉から汲んできた冷たい水に、完熟した粒を指で潰して混ぜるだけ。ほんのりピンク色に染まったお水は、喉の渇きを癒す最高のご馳走になりますわ」


さらに、リアは周囲の木々に目を向けた。


「……ゆう様、あちらの白樺の皮を少し剥いできてくださる? 内側の甘い樹液とイチゴを一緒に叩いて練れば、『森のゼリー』のようなものが作れますわよ。小麦粉がなくても、森が形にしてくれますわ」


「……すごいね、リア。何もないと思ってたけど、案外なんとかなるもんだ」


「ふふ、ゆう様が一生懸命摘んでくださったのですもの。一粒も無駄にはいたしませんわ。……今夜は、指を真っ赤に染めながら、二人でイチゴ尽くしの宴にいたしましょう?」


 リアは最後に、少しだけいたずらっぽい視線をゆう様に向けた。


「……あとは、そうですわね。ゆう様のお口に、わたくしが直接一粒ずつ……なんていう『デザート』も、悪くないかもしれませんわ?」


「……っ、リア。それは反則っ」


収穫の疲れも吹き飛ぶようなリア様の提案の数々に、タジタジになりながらも、これからの食卓を思って自然と頬が緩んでしまうのだった。

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