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第10話 熄(や)んだ火と、命の揺りかご


 深い夜が、静かに「木のうろ」を包み込もうとしていた。


 先ほどまでの賑やかな焚き火は、僕の手で灰を被せられ、今はかすかな赤い残り火を見せるだけになっている。


「……本当に、消してしまってよろしいのですか。明かりがなければ、夜の闇はこれほどまでに……深く、重いのに」


 暗闇の中で、リアの囁くような声が響く。彼女は膝を抱え、火が消えた後の急激な冷え込みに、小さく肩を震わせていた。

 知識を検索できても、寒さを感じるのは僕と同じ、柔らかな肌を持つ一人の少女なのだ。


「うん。……あの子達が、また来てくれる気がするんだ」


 火を消すことは、この森の主に対する僕なりの信頼の証。


 リアは僕の隣に、音もなく滑り込んできた。エルフである彼女の感覚は人より鋭いみたいだ。


 闇を透かすように目を凝らし、微かな風の音さえも聞き漏らさないよう、じっと身を固くしている。


 どれくらいの時間が過ぎたのか。


 森のざわめきが止まり、完全な静寂が訪れた頃。


 サ、サッ……。


 枯れ葉を踏みしめる、重みのある足音が近づいてきた。


 一つではない。二つ、三つ……。


 僕はリアの肩にそっと手を置き、二人で「うろ」の外に出た。


「……来ました。昨夜の、あの子たちです。……怖いと感じられる気配は、しません」


 リアの声が安堵に震えた。


 月明かりを浴びて、立派な角を持つ主が現れる。主は僕たちの匂いを確認するように鼻を鳴らすと、迷うことなくその場に腰を下ろした。続いて、少し小柄な仲間たちが二頭、僕たちの周りを取り囲むようにして、次々とその場に巨体を横たえる。


 彼らは僕たちのことを警戒する様子もなく、まるでずっと前からそうしていたかのように、自然にくつろぎ始めた。


 僕は、自分たちを囲んで伏せた鹿たちの、その力強い熱を全身で感じていた。大きな鹿の身体に挟まれるようにして、僕とリアは、その中心へと身を横たえる。


「……こんばんは、鹿さん」


 僕は、一番近くに横たわっている大きな鹿の、分厚い首筋に触れながら小声で語りかけた。


 鹿は、僕の突然の言葉に驚く様子も見せず、ただ静かにその優しげな瞳をこちらに向けた。月明かりを反射するその大きな黒い瞳には、僕の小さな影が映り込んでいる。


「いい月夜だね。……また会いに来てくれて、ありがとう」


 鹿は何を言っても、何も答えない。けれど、その穏やかな眼差しは、すべてを肯定してくれているような不思議な包容力に満ちていた。彼の吐き出す温かな吐息が、僕の頬を優しく撫でていく。


「……はい。知識として知る『体温』という言葉では、到底足りません。……これほどまでに、優しくて、力強い命の熱があるなんて」


 リアもまた、隣にいた鹿の首筋に恐る恐る手を伸ばした。


 指先が長い冬毛に埋もれ、彼女の瞳に安堵の色が広がる。計算を超えた「命のきらめき」が、この囲まれた空間に、確かな光となって満ちていた。


 鹿たちの体躯が防壁となって外気を遮断し、森の深い夜の寒さが、彼らの体温によって瞬く間に消え去っていく。僕の右側にはリアがいて、左側には鹿がいる。


 リアが、布団代わりの大きな布の袋を、僕の肩にそっとかけ直してくれた。


「おやすみなさい。ゆう様」


「おやすみ。リア」


 文明の火を消した代わりに手に入れた、原始的な命の揺りかご。


 広い森の地面で、僕たちは重なり合う鼓動に包まれながら、深い眠りの淵へと沈んでいく。

 まどろみの中で、意識がゆっくりと途切れていく瞬間。

 どこからか、深く、凪いだ海のような声が聞こえた気がした。

 

『……安心して、眠りなさい』

 

 それは言葉というよりも、温かな響きそのものだった。


 中学生に若返った僕の身体は、かつての世界では決して得られなかった「絶対的な安心」に包まれ、そのまま深い闇へと溶け込んでいった。

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