表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
EVE〜終末世界の整備兵〜  作者: 灰猫J
第一章 焦土と共に
8/29

第6話 戦術と異常

 ゼロ大隊のブリーフィングルームは、会議室というより火葬炉の内部みたいな部屋だった。


 壁面はすべて暗い金属板で覆われ、窓はない。照明は低く抑えられ、中央の戦術卓だけが淡い青白い光を発している。その光が部屋にいる者たちの顔の下半分を照らし、目の周りだけを暗く沈めていた。結果として、誰もが少し人間離れして見える。ゼロ大隊のために意図して作られた空間なのだろう、とイーサンは思った。ここでは感情ではなく判断だけが残るように、最初から設計されている。


 戦術卓の奥には、アストラ・ヴィレルガンが立っていた。


 彼女はすでに戦闘用インナーへ着替え、銀髪を高く結い上げている。平時よりさらに無駄が削がれて見えるのは、これから話す内容が彼女にとって本来の仕事だからだろう。狙撃手であり、観測者であり、ゼロ大隊の“目”。その役割が、今まさに最も鋭く立ち上がっていた。


 他のメンバーも各自の椅子や壁際に散っている。


 セラフィナは巨大な体格の兵装に似合わぬほどおとなしく椅子へ座り、両手で温かい飲料カップを包むように持っていた。アイリスは座らない。最初から壁際に寄りかかり、腕を組み、すぐにでも戦場へ行ける顔をしている。ノクティアは照明の端に寄りすぎていて、意識しなければそこにいることすら忘れそうだ。ロクサーヌは一番奥、戦術卓の光が届くか届かないかの境目に腰を下ろし、肘を膝に乗せて黙っている。


 イーサンは部屋の端、整備担当用の補助席にいた。


 本来なら、自分がここに同席していい理由はいまだによくわからない。だがアストラに「聞いておきなさい。どうせすぐ巻き込まれる」と一言で決められた。拒否する間もなかった。


「始める」


 アストラが言う。


 戦術卓のホログラムが起動し、第13防衛区周辺の地形図が立ち上がった。外縁防壁、居住ブロック、工業区画、地下避難線、沿岸廃墟帯。そこへ赤い反応がいくつも灯る。


「現時点で確認済みの大型反応は四つ。B級三体、A級一体。加えてE級、D級群体は無視できる程度に散在。今回の問題は大型のみ」


 言いながら、彼女は赤い反応の一つを拡大した。


 そこに映った立体像は、イーサンにとってただの悪夢だった。


 四足歩行。だが犬や狼のそれではない。前脚が異様に発達し、逆に後肢が跳躍のためだけに特化している。胸部は不自然に幅広く、肩口から外殻が幾重にも張り出し、正面火力を受けることを前提に進化したみたいな形をしていた。顔面は獣というより衝角だ。目は小さく、代わりに前面の骨格全部がそのまま破城槌の役割を果たすように見える。


「B級一号」


 アストラは淡々と告げる。


「即興コードネーム、“ランページ”」


 その呼称はひどく似合っていた。


「正面突進型。高質量、高加速。外殻の前面硬度が極端に高く、機動防壁や中層装甲を突破するための構造を持つ。再生傾向は前肢と胸郭に集中。要するに、防壁を壊して市街へ雪崩れ込むための個体」


 指先が動き、ホログラムが別角度へ回る。


「弱点は側面。ただし接近時の衝撃波が厄介。正面から受けるのは非推奨。アイリス、あなたなら斜め下から前脚腱を断てる」


 アイリスが鼻を鳴らす。


「断てる、じゃなくて断つ」


「そう」


 アストラは流した。


 次の反応が拡大される。


 今度の災骸は、細長かった。蛇を思わせる長い躯体に、節足のような補助肢が不規則に並び、体表のところどころに裂け目のような発光器官がある。頭部ははっきりしない。頭と胴の境界が曖昧で、どこが前なのか一見しただけでは掴めない。最も不気味なのは、立体像が静止しているのに、どこか“滑っている”ように見えることだった。


「B級二号。コードネーム、“スリザー”」


 アストラの声も少し硬くなる。


「浸透・攪乱型。高い再構成能力を持つ。外殻そのものを液状に近い状態で部分変形させ、狭隘部に侵入する。地下避難路や排水路に潜られた場合、民間被害が一気に跳ねる」


 イーサンの背中が冷える。


 資料でしか知らない種類だ。都市を正面から壊すのではなく、内部へ入り込んで都市そのものを腐らせる災骸。


「高熱に弱いが、表面焼却では足りない。コア位置が偏移する。固定しないと仕留めにくい」


「じゃあ私ね」


 セラフィナが、まるで明日の献立でも決めるみたいな柔らかさで言った。


「焼いて、固めて、撃ち抜く」


「理屈上は」


 アストラは言う。


「でも出力を誤ると避難路ごと蒸発する。だから“いつもより控えめに”」


 セラフィナは「がんばる」と素直に頷いた。


 それが逆に怖い、とイーサンは思った。


 三つ目の反応が拡大される。


 今度のB級は明らかに空戦型だった。蝙蝠じみた広大な翼膜を持ちながら、胸部から腹部にかけては鳥類というより甲殻類的な多層構造をしている。飛ぶための軽さと、空から撃ち下ろすための装甲を無理やり両立させたような、嫌な形だった。両翼の内側には棘状の発生器官が並び、そこから高圧の粒子か音圧でも撒き散らしそうに見える。


「B級三号。コードネーム、“シュリーク”」


 アストラがほんの僅かに顎を上げた。


「上空制圧型。高高度旋回、急降下、広域音圧攻撃。市街上空を取られると地上部隊は壊滅的に乱される。ノクティアの昼間継戦には相性が悪い」


 照明の端から、ノクティアが小さく言う。


「……短時間なら殺せる」


「知ってる」


 アストラの返答は即座だった。


「でも殺し切る前に居住区上空へ入られる可能性がある。私が遠距離から落とすのが最速」


 ノクティアはそれ以上言わなかった。だが沈黙の質で、不満がゼロではないとイーサンにもわかった。


 そして最後に、ホログラム中央へ最も大きな反応が映し出された。


 部屋の空気が変わる。


 A級。


 言葉にしただけで空気が冷たくなる存在。


 立体像は、最初、山脈の一部に見えた。巨大すぎて、輪郭がひと目で掴めないのだ。長大な躯体、幾重にも重なった外殻、背部に林立する刃のような突起。四肢はある。だがその一本一本が高層構造物ほどの太さで、しかも関節の配置が生き物として正しいように見えて、次の瞬間にはどこかが狂っている。頭部らしき箇所には、王冠のような骨質装甲が広がり、その下に深い裂け目がある。口なのか、発生器官なのか判然としない。


「A級反応。コードネーム、“バシリスク”」


 アストラの声が、さらに一段低くなる。


「現時点で完全解析は不可能。観測できている範囲では、超高硬度外殻、広域熱線、地形破砕級の尾部打撃、そして周辺B級群への誘導反応がある。単体の脅威としても厄介だけど、本体より問題なのは、こいつがいるだけで周囲の大型個体の挙動が変わること」


 イーサンは唇を噛んだ。


 地図上で見るだけでもわかる。あれは戦術の対象ではない。災厄そのものだ。


「以上」


 アストラが全体図へ戻す。


「私の提案は単純。連携による各個撃破」


 彼女の指が地図上を走り、複数の戦線が引かれる。


「私が開幕で“シュリーク”を落とす。ノクティアは残骸確認と外縁側へ流れた小型群体の処理。アイリスは“ランページ”の脚を断って固定。セラフィナが“スリザー”を高熱で封じてコアを焼く。その間、ロクサーヌは“バシリスク”の進路を止める。大型三体を先に削れば、全員でA級へ収束できる」


 理屈は明快だった。


 むしろ、これ以外にないようにイーサンには思えた。敵の特性を見極め、役割に応じて分担し、連携で数を減らし、最後に最大脅威へ集中する。常識的で、合理的で、生還率を少しでも上げる戦術。


 だからこそ、アイリスの反応にイーサンは面食らった。


「まどろっこしい」


 壁際の女は腕を組んだまま言う。


「それぞれ単独で潰せばいい」


 イーサンは思わず彼女を見た。


 本気だった。


 虚勢でも挑発でもない。本心からそう言っている。


 アストラが眉一つ動かさず返す。


「相手はB級三体とA級一体。無駄に単騎へ割る理由がない」


「無駄じゃない。連携のために待つ方が無駄だ」


 アイリスは戦術卓へ歩み寄り、ホログラムの“ランページ”を指で弾く。


「こいつは私が斬る。3分。終わったらそのまま次へ行けばいい」


「“ランページ”はそうでしょうね」


 アストラの声は依然として平坦だ。


「でも“スリザー”は固定が必要。“シュリーク”も上空を取られれば厄介。順番を誤れば居住区へ入る」


「だったらお前らもさっさと殺せばいい」


 アイリスは言い切った。


「誰かと歩幅合わせる必要なんてない」


 その言葉に、セラフィナは困ったように笑う。


「でも、合わせた方が安全じゃない?」


「安全?」


 アイリスは少しだけ笑った。獰猛な笑いだった。


「この部隊でその言葉、初めて聞いた」


 ノクティアが照明の陰から低く言う。


「……単独の方が静か」


 アイリスが頷く。


「ほら」


「でも昼間」


 アストラが言いかける。


「……継戦が削れる」


 ノクティアが先に自分で認めた。


 それでも、その声には引く気配がない。削れる。でも殺せる。だから問題ない。そういう理屈なのだろう。


 イーサンには理解しにくかった。


 彼の頭の中では、アストラの戦術が当たり前すぎた。普通の部隊なら、いや、普通でなくても、敵がこれだけ危険なら連携を最優先にする。役割分担し、互いの死角を埋め、火力を重ねる。それが戦いだ。少なくとも士官学校ではそう教わった。


 なのにこの場では、それがむしろ“まどろっこしい”扱いされている。


 ゼロ大隊の常識は、自分の知る戦術の外にある。


 理解しかけて、理解できない。


 その時まで黙っていたロクサーヌが、ようやく口を開いた。


「……アストラの案、理屈は正しい」


 部屋の全員がそちらを見る。


 ロクサーヌは肘を膝に置いたまま、ホログラムのA級反応を見ていた。


「でも無理よ」


 静かな断定だった。


「A級を私が担当する以上、連携する余裕はない」


 イーサンの胸がざわつく。


 アストラが問う。


「“バシリスク”にそこまで拘束されると?」


「される」


 ロクサーヌは即答した。


「たぶん開幕から全力。足止めだけで済む相手じゃない。私が他を見る時間はないし、誰かが私に合わせる余裕もない」


「でも、それでは」


 イーサンは思わず口を開きかけて、飲み込む。


 連携なしで勝てるはずがない。


 そう言いたかった。


 B級が三体いて、A級がいる。戦況は最悪に近い。各個撃破といっても、単騎で分かれればそれぞれが別個の地獄に放り込まれるだけだ。普通に考えれば無謀だ。いや、無謀ですらない。自殺的と言った方が近い。


 なのに。


 なのに、イーサンの目は、心ならずもロクサーヌの結論を肯定していた。


 “バシリスク”の立体像を見た時から、嫌な予感はあった。あの個体はA級の中でも、単純火力だけではなく“戦域そのものを歪める”タイプだ。動き出した瞬間、周囲の戦場全体がそいつ中心に塗り替わる。ロクサーヌが抑えに回るなら、それは文字通りの戦争になる。彼女に余力を期待する方が間違っている。


 そして“ランページ”も、“スリザー”も、“シュリーク”も、それぞれ別方向に致命的すぎる。誰かの援護を待つ時間があるなら、その間に市街を壊す。つまり、最適解は連携ではなく、“最短時間でそれぞれが自分の獲物を殺す”ことになる。


 おかしい。


 戦術としては明らかにおかしい。


 でも兵装と災骸の相性、地形、時間、破壊規模、その全部を突き合わせると、ロクサーヌたちの結論の方が結果的に正しい。


 イーサンは内心で苦悩した。


 そんなもの、部隊運用じゃない。


 それぞれの怪物を、それぞれ別の怪物にぶつけるだけだ。


 アストラの常識的な戦術は、正しい。だがその正しさが、相手の異常さとゼロ大隊の異常さの前で、かえって“遅い”戦術になってしまっている。


 理解したくないのに、理解できてしまう。


 そのこと自体が、イーサンにはたまらなく苦しかった。


 アストラは短く息を吐いた。


「……私もわかってる」


 その一言には、観測者としての諦念が混じっていた。


「理屈が正しいことと、現場で間に合うことは別。だから私は連携案を出す。出した上で、切り捨てる線も計算する」


 それはたぶん、アストラなりの誠実さだった。常識を捨てない。捨てたら、部隊そのものが完全な獣になる。だからまず人間の戦術を提示し、その上でなお異常側の現実を受け入れる。


 アイリスが肩を回す。


「なら決まりだろ」


 セラフィナは小さく頷きながら、まだ少し不安そうにホログラムを見ている。


「私、“スリザー”を焼いて固める。けど、避難路の位置、もっと欲しい」


「後で送る」


 アストラが答える。


 ノクティアはひどく静かに言う。


「……“シュリーク”、上空に逃がさない」


「お願い」


 アストラの返答は短い。


 最後にロクサーヌが立ち上がる。


 その動作だけで、議論が終わったとわかった。


「A級は私」


 誰に確認するでもなく、そう告げる。


「他は好きにやって。どうせ、合わせてる暇なんてない」


 あまりにも苛烈な現実だった。


 イーサンは戦術卓のホログラムを見つめたまま、動けなかった。頭ではまだ、アストラの案の方が正しいと言っている。部隊行動としては明らかにそうだ。けれど、自分の整備兵としての目は、それでは遅いと告げている。災骸の速度、破壊範囲、コア位置の厄介さ、兵装の限界出力、運用者の癖。その全部が、ゼロ大隊に“普通の連携”を許していない。


 こんな戦い方があるのか、とイーサンは思う。


 いや、違う。


 こんな戦い方しかできないところまで、人類は追い詰められているのか、と。


 その時、ふとロクサーヌがこちらを見た。


「クローク」


 名前を呼ばれて、イーサンは肩を震わせる。


「は、はい」


「その顔、納得してないわね」


 見抜かれていた。


 イーサンは言葉に詰まる。正直に言えばいいのか、それとも黙るべきか迷ったが、結局、迷っている間に表情が答えになってしまったらしい。


 ロクサーヌはほんの少しだけ目を細めた。


「それでいい」


「え……?」


「わからない方が普通よ」


 そう言った彼女の声は、妙に静かだった。


「そのうち嫌でもわかる」


 慰めではない。脅しでもない。ただ事実を置いただけの声音だった。


 ブリーフィング終了の表示が卓上に灯る。メンバーは散っていく。アストラはすでに次の観測計算へ移り、アイリスは戦う前の獣みたいに口元を歪めている。セラフィナは地図データを受け取りながら「焼きすぎないようにしないと」と本気で呟き、ノクティアは影のように出入口の暗がりへ消えた。


 イーサンだけが少し遅れて立ち上がる。


 理解に苦しんでいた。


 アストラの常識的な戦術も理解できる。アイリスやロクサーヌの個別行動も、嫌になるほど理にかなっている。両方が同時に正しく見えるのに、その間の乖離があまりにも大きい。まるで、人間の戦術と、災厄同士をぶつける理屈が、同じ一枚の地図に無理やり重ねられているみたいだった。


 ゼロ大隊は、その矛盾の上で動いている。


 イーサンはその事実に、胸の奥をじわじわと冷やされるのを感じた。


 この部隊は強い。


 だがその強さは、正しいから強いのではない。


 普通なら成立しないはずの異常を、成立させるしかなくなった果ての強さだ。


 そして次の戦闘で、イーサンはその現実を、もっとはっきり見ることになる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ