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EVE〜終末世界の整備兵〜  作者: 灰猫J
第一章 焦土と共に
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第5話幕間 夜の目

 イーサン・クロークの第一印象は、凡庸だった。


 顔立ちも、背格好も、立ち方も、声の高さも、何もかもが目立たない。兵士として見れば線が細いし、整備兵として見ても、いかにも現場に埋もれていそうな男だった。大勢の人間の中へ放り込めば、たぶん最初に忘れられる。そういう種類の輪郭をしている。


 でも、そういう人間ほど、時々おかしい。


 私はそういう“ずれ”を見逃さない。


 人の強さは、声の大きさや、目つきの鋭さでは測れない。逆に、弱さも涙や怯えで決まるわけじゃない。人間は、もっと小さなところで本性を漏らす。視線がどこで止まるか。沈黙の長さがどこで変わるか。相手の言葉に、何を飲み込み、何を飲み込めないか。私はそういうところを見る。見るというより、聞いているのかもしれない。息づかいの裏にある、言葉にならないものの方を。


 イーサン・クロークは、最初からそこが妙だった。


 格納庫に入ってきた時、まず空気に呑まれていた。あれは演技じゃない。本当に圧倒されていた。ゼロ大隊の格納庫は、人間のための空間じゃない。ここにある兵装は、どれも常識の手前で一度壊れて、それでもなお成立しているようなものばかりだ。普通の整備兵なら、完成度に見惚れるだけで終わる。あるいは怯えて、目を逸らす。


 でもあの男は違った。


 見ていた。


 しかも、表面じゃなく、奥を。


 ロンギヌスの過熱癖。ノヴァ・ジャッジメントの出力制御の甘さ。ティタノマキアの運用側への負担。そして、私の黒糸とナイフの在り方まで、たぶん見抜いていた。


 私の兵装は、表から見ると完成されているように見える。


 当然だ。そう見えなければ意味がない。黒糸も、黒い刃も、夜の中で“気づかれない”ことまで含めて武器だから。無駄な反射も、余計な音も、存在感そのものも削ってある。高速機動で懐へ潜り、相手が痛みを理解する前に首とコアを断つ。それが私の役割だ。夜戦、単独潜入、暗殺、殲滅。そこに関しては自信がある。実際、私は強い。


 でも欠点がないわけじゃない。


 昼間の継戦能力。


 あれが私の弱点だ。


 光量が多い戦場では、私の兵装は“隠す”ための機構が逆に負荷になる。熱の逃がし方、加速時の負担、回避のための連続姿勢制御。短時間なら問題ない。むしろ速い。けれど、長く戦えば削られる。機体が先に死ぬか、私の関節が先に悲鳴を上げるか、その差しかない。


 それを、あの男は見た。


 私に直接は何も言わなかった。


 でも、見ていた目でわかる。


 理解している目だった。知識としてではなく、兵装の呼吸を読むように理解している。どこが息切れするか、どこまでなら走れるか、どこから先は壊れながら進むしかないか。整備兵として、異常なほど深いところまで降りている目だった。


 一見凡庸。


 でも、兵装を見る目だけが異次元。


 ああいう人間は、ときどきいる。めったにいないからこそ、いる時はすぐわかる。


 しかも彼は、自分の目の価値をまだ知らない。


 知らないまま、当たり前みたいに見ている。だから余計に厄介だ。才能を誇る人間は対処しやすい。自分の力に酔っている人間も単純だ。でも、自分の異常さを“普通のこと”として扱っている人間は、周囲の方が先に振り回される。


 メンバーと話している時のイーサンは、まだ整備兵だった。


 アストラの冷たさに少し緊張して、セラフィナの柔らかさに戸惑って、アイリスの荒っぽさに身構えて、私の短い言葉にきちんと反応していた。会話ごとにちゃんと空気を読み替えていた。あれも、たぶん彼の才の一部なんだと思う。人に合わせて媚びるんじゃない。相手がどういう生き物かを、その場で感じ取って、必要な距離へ自分を置き直せる。


 そういう人間は、人の心を雑に扱わない。


 だからこそ、ロクサーヌに声をかけた時の変化が、余計にはっきり見えた。


 整備兵の目のままだった。


 そこは変わらない。兵装を見る目。構造を見る目。負荷と欠陥と可能性を見る目。あれはずっと同じだった。


 でも、その奥に、別の熱が混じった。


 小さい。まだ名前もない熱だ。憧れと言うには危うくて、敬意と言うには近すぎる。恐怖を抱いたまま、それでも近づきたいと思ってしまう種類の熱。見惚れるのとも違う。もっと不格好で、もっと人間らしいものだ。


 ロクサーヌは火だ。


 あれに惹かれる人間は多い。強いから。美しいから。孤独だから。全部違って、全部正しい。


 でも、近づいた人間はたいてい焼ける。


 イーサンの中に、その予兆が芽生え始めていた。


 本人はまだ気づいていないと思う。気づいていたら、あんな顔はしない。彼は怖がっていた。あれは本物の恐怖だった。でも同時に、ロクサーヌの“外見”じゃなく、“在り方”に目を奪われていた。顔が綺麗だからじゃない。戦場の真ん中で一人立つ、その生き方そのものに心が動いている。


 それは、不幸なことだ。


 少なくとも今の時代では。


 私たちは普通の人間じゃない。兵士ですらない。兵器に近い。ロクサーヌなんて、その最たるものだ。火力のために削られ、戦場のために磨り減り、守るより先に殺すことを強いられている。そんなものに真っ当な人間の熱を向ければ、向けた方が傷つく。


 真っ当な人間の幸せなんて、望めない。


 温かい家とか、当たり前の明日とか、そういうものと私たちは遠すぎる。


 たぶんイーサンは、まだそこまで知らない。


 知識ではわかっていても、実感していない。ゼロ大隊がどういうものか、ロクサーヌがどこまで“人間を捨てている”のか、その本当の意味をまだ見ていない。


 だから、次の戦闘で理解してもらう必要がある。


 言葉で教える気はない。ああいうことは、見なければわからない。ロクサーヌが本気で戦う時、ゼロ大隊が総員で出る時、そこにあるのは英雄譚じゃない。もっと醜くて、もっと綺麗で、もっと救いがないものだ。


 イーサン・クロークは、たぶんそれを見ても目を逸らさない。


 逸らせない人間だ。


 そこが、少し厄介で、少しだけ気に入らない。


 そして、少しだけ期待している自分がいるのも、面倒だった。


 格納庫の隅で、私は黒糸を巻き直しながら、横目で彼を見ていた。


 凡庸な男。


 でも、兵装の悲鳴を聞ける目を持つ男。


 その目が、次の戦場で何を見るのか。


 見たあとで、まだロクサーヌの方を向けるのか。


 そこだけは、少し興味があった。


 夜は、すぐに人の本音を暴く。


 たとえそれが、本人すら気づいていない熱であっても。


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