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EVE〜終末世界の整備兵〜  作者: 灰猫J
第一章 焦土と共に
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第5話 兵器庫の住人たち

 輸送機のハッチが開いた瞬間、イーサン・クロークは、空気の重さが違うと思った。


 ゼロ大隊の拠点は、地上から見た時点で要塞じみていたが、実際にその内部へ踏み込むと、さらに異様だった。巨大な搬入口の奥へ続く通路は地下深くまで傾斜しており、壁面の補強材は通常防衛区のものより厚い。照明は最低限。足音はやけに響き、遠くから聞こえるのは重機の駆動音ではなく、何かもっと低く、獣の寝息のような機械振動だった。


 兵士の姿は、驚くほど少ない。


 広大な区画なのに、人の気配が薄い。通常なら整備兵や警備要員がうろついているはずの搬送路に、ほとんど誰もいない。時折すれ違うのは、濃い色の作業服を着た少数の整備要員か、無言で端末を抱えた技術士官だけだ。しかも皆、妙に足早だった。ここに長く立ち止まりたくないとでも思っているみたいに。


 案内役の若い兵士が前を歩きながら言った。


「こちらです。格納主区画へご案内します」


 声まで必要以上に小さい。


 イーサンは無意識に喉を鳴らした。


 搬送エレベータを降り、最後の隔壁が開いた瞬間、彼は息を呑んだ。


 広かった。


 ただ広いのではない。広大な地下空間そのものが、ある種の祭壇みたいに思えた。格納庫というより、怪物を祀る神殿だ。天井は遥か高く、そこから幾本もの整備アームと昇降ケーブルが垂れている。床面には複数の巨大な整備ベイが並び、その一つ一つに、通常防衛区ではまず見ない規模の兵装が沈黙していた。


 戦車より威圧感のあるパワードスーツ。


 戦闘機より異様な存在感を放つ武装群。


 砲身だけで小型車両ほどもあるレールキャノン。


 剣というにはあまりに大きく、だが鈍器ではなく“切るため”にだけ作られたことがわかる巨大刃。


 漆黒の細糸が幾重にも張られ、光を拒むように黒く沈む暗器群。


 そして格納庫の最奥に、焼けた獣骨のような黒赤の重装外骨格と、巨大なガトリング砲。


 イーサンは思わず心の中で呟いた。


 ここは部隊じゃない。


 ……兵器庫だ。


 しかも並んでいるのは量産兵器ではない。どれも設計思想の時点で、人間の運用限界を無視している。完成度は圧倒的だった。各装甲面の噛み合わせ、フレームの補助駆動系、重心制御、出力配分、兵装ごとの独立補正。資料で見たS級兵装の理論値が、そのまま現物として成立している。普通の整備兵なら、それだけで声を失う。


 イーサンも実際、声を失いかけた。


 だが整備兵としての目は、同時に別のものも見てしまう。


 凄まじい。


 そして、未完成だ。


 設計が未熟なのではない。むしろ逆だ。各兵装は異様なほど高水準でまとまっている。到達点としては、人類がいま持ちうる最高峰だろう。だが運用が、その完成度に追いついていない。人間側がまだ、この兵器たちの「正しい使い方」に追いついていないのだ。


 ロンギヌス・レールキャノンの支持架には、微細な熱歪みの逃がしが足りない。ノヴァ・ジャッジメントは出力制御が設計思想そのものに対して雑すぎる。ティタノマキア・ブレードは刃そのものよりも、運用者の関節側が先に悲鳴を上げる構成だ。暗器群は完璧に近いが、その完璧さが逆に継戦性を削っている。ヘルストーム・フレームに至っては、完成品の顔をした試作品みたいだった。理想に届いているのに、理想の代償をまだ誰も飼い慣らせていない。


 イーサンがその異常さに圧倒されていると、格納庫の中央近くで、ひとりの女がこちらを振り返った。


 銀髪だった。


 光を弾くような淡い銀の髪を後ろで束ね、細身の体を黒い整備用インナーに包んでいる。無駄のない立ち姿。感情の薄い横顔。だが、その目だけは凍るほど鋭い。彼女の背後には、砲身だけで建造物の梁に見えるほど巨大なレールキャノンが横たわっていた。


 アストラ・ヴィレルガン。


 写真で見たことはあった。だが実物は、写真よりずっと“見ている”女だった。


「新入り」


 第一声がそれだった。


 挨拶ではない。確認でもない。ただ、そう分類しただけの声。


「イーサン・クロークです」


「知ってる」


 アストラはそう言って、手元の調整端末から目を離さなかった。


「そこ、触らないで」


「え?」


「ロンギヌスの補助励磁コイル。今ずらしたら都市三つ消えるから」


 冗談なのか本気なのか、一瞬わからなかった。だが彼女の顔は真顔だった。イーサンは反射的に一歩下がる。


 アストラはその反応を見て、ほんのわずかに口元を動かした。笑ったわけではない。だが、“最低限の学習能力はある”と認定した時の顔だった。


「安心して。今のは半分だけ冗談」


「半分……」


「半分は本気」


 イーサンは返す言葉を失った。


 この女との会話は、温度が低い。だが冷たいというより、無駄がそぎ落とされすぎている。言葉に余白がない。狙撃と同じだ、とイーサンは思った。要ることだけを一直線に撃ち込んでくる。


 アストラはようやく端末を置き、改めてイーサンを見た。その視線は、人を見るというより測る目だった。


「……見えてるわね」


「何が、ですか」


「兵装の欠点。入って30秒で気づいた顔してる」


 心臓が跳ねる。


 イーサンは否定しようとして、できなかった。視線が泳いだだけで、自白に等しいと自分でもわかったからだ。


「別に怒らない」


 アストラは淡々と続けた。


「見えてるのに黙ってる方が、ここでは罪になる」


 その一言で、イーサンは少しだけ息がしやすくなった。


 だが次の瞬間、別の声が割り込む。


「アストラ、また新しい子を脅かしてるの?」


 柔らかい声だった。振り向くと、少し離れた整備ベイで、茶髪の女が巨大砲の外装に身を乗り出していた。


 セラフィナ・ドレッドノヴァ。


 年齢の割にどこか幼い雰囲気があり、目元も口元もやわらかい。笑えば普通の町で菓子屋でも手伝っていそうな顔立ちだ。


 だが彼女の背後にある《ノヴァ・ジャッジメント》は、その印象を一瞬で破壊していた。


 砲、というより神罰装置だ、とイーサンは思った。砲身周囲に幾重もの放熱板と出力制御リングが組まれ、照準補正の副機構が天使の羽めいたシルエットを作っている。美しい。だが、この兵装は美しすぎる。威力のために作ったというより、「世界の一部を消し飛ばす」という概念そのものを形にしたみたいな凄味があった。


「君がイーサンくん?」


 セラフィナがにこやかに言う。


「はい」


「よろしくね。次の出撃、都市残るかしら」


 にこやかすぎて、最初は冗談だと思った。


 けれどその背後のノヴァ・ジャッジメントを見れば、笑えなかった。


 イーサンは思わず砲身基部へ目を走らせる。案の定、主出力の制御リングと安全弁の同期が甘い。いや、甘いというより、彼女の戦闘時出力に機体側が耐えきれていない。これでは砲が悪いのではなく、運用者の火力が規格の先へ行きすぎているのだ。


「……出力の逃がしが、足りてません」


 つい口をついて出た。


 セラフィナがぱちぱちと瞬きをする。


「やっぱり見えるんだ」


 その言い方が、叱責でも警戒でもなく、純粋な感心だったので、イーサンの方が戸惑った。


「アストラが連れてきた理由、ちょっとわかるかも」


「私が連れてきたみたいに言わないで」


 アストラが即座に訂正する。


「あなたが見つけたんでしょう?」


「ロクサーヌが気にしただけ。私は拾っただけよ」


 その会話の温度差に、イーサンは置いていかれる。


 さらに別の場所で、金属を研ぐ音がした。


 甲高く、乾いた音。振り向けば、灰色の短髪の女が、巨大な刀身を片膝立ちで研磨している。


 アイリス・ファングブレイカー。


 写真よりずっと体幹が太く、座っているのにいつでも飛びかかれそうな緊張を帯びていた。


 《ティタノマキア・ブレード》は、剣というより対災骸用の断頭器だ。刃は厚いのに、厚いまま異様な切断面を保っている。普通なら両立しないはずの「質量」と「切れ味」が、無理やり同居している兵器。近接でこれを振るう人間の方が狂っている、とイーサンは思った。


 アイリスは視線だけをこちらへ向けた。


「お前が新しい整備兵か」


「イーサン・クロークです」


「ふーん」


 返事が軽い。だが目は軽くない。あれもまた、相手の骨格と喉笛の位置を無意識に測る種類の目だった。


「次は私が前に出る。こいつ、もっと軽くなるか?」


 いきなり兵装の相談だった。


 イーサンは緊張しながら近づき、許可を待つように視線を送る。アイリスは顎で「見ろ」と示した。近くで見るティタノマキアは凄まじかった。完成度そのものは高い。だが補助アクチュエータの出力に対して、運動予測がまだ追いついていない。軽くできる、というより、“軽く感じさせる”方向へ調整すべきだ。


「重量を削るより、関節連動の予測補正を変えた方がいいです」


「どう変える」


「踏み込みの一拍目で刃を先行させず、腰から半歩遅らせる感じで……」


 そこまで言ってから、イーサンははっとする。相手は最強の近接殲滅兵だ。下級整備兵が運用論まで口を出していい相手ではない。


 だがアイリスは不機嫌になるどころか、口元を歪めた。


「面白いこと言うじゃん」


 荒っぽい笑い方だった。


「いい。嫌いじゃない」


 この女との会話は、短くて荒い。けれど嫌悪ではない。拳で距離を測るタイプの人間が、言葉でも同じことをしているだけだ。イーサンはそう感じた。


 その時、背後からひどく静かな声が落ちた。


「……うるさい」


 振り向くと、影みたいな女が立っていた。


 長い黒髪。片目を隠す前髪。細い。驚くほど細いのに、その細さの中に刃の張力みたいなものがある。


 ノクティア・ヴァルクラゼル。


 存在感が薄いのではない。薄く見せているのだ。視線を向けなければ、そこにいたことを見落としそうなほど静かだが、一度認識すると逆に目が離せない。


 彼女の周囲には、黒い鋼糸と細身のナイフ群が整然と並べられていた。どれも光を飲むように黒い。夜戦と暗殺、単独潜入。その役割を聞いていたが、実物を見ると納得しかなかった。この兵装は見つかった時点で半分負ける。だから存在感そのものを武器にしているのだ。


「すみません」


 イーサンが反射的に頭を下げると、ノクティアは片目だけで彼を見た。


「……謝るの、早い」


「え」


「悪くない」


 それだけ言って、彼女は床に置いていた黒糸のテンションを指先で弾いた。ほとんど音がしない。


 会話が切れる。だが不快ではない。ノクティアは言葉が少ないのではなく、必要ない言葉を最初から持たないのだとイーサンは感じた。無口だが、たまに落とす一言だけが妙に的確で、だからこそ余計に緊張する。


 こうして一人ずつ相対するだけで、空気が全く違った。


 アストラは冷えた刃のように直線的で、セラフィナは柔らかく見えて危険物そのもので、アイリスは荒々しいのに妙な率直さがあり、ノクティアは影みたいに薄くて鋭い。全員が同じ部隊に属しているのに、会話の質感がこれほど違うことに、イーサンは逆に圧倒される。


 そして、その中心にいる女のところへ行かなければならないことを、彼は理解していた。


 格納庫の奥。


 もっとも重い空気が沈んでいる場所。


 そこにロクサーヌ・ヘルストームはいた。


 背を向けたまま、巨大な《ベルゼバル・ガトリング Mk-III》を膝に載せている。分解された砲身、交換中の給弾ユニット、黒赤の装甲片。整備台の上は戦車工廠のような重量感なのに、その中心に座る彼女は妙に静かだった。


 赤い髪が、照明の鈍い光を受けて燃え残りみたいに見える。


 イーサンの喉が乾く。


 第18防衛区で初めて見た時と同じだった。いや、もっと鮮明かもしれない。戦場では爆炎と恐怖に紛れていた彼女の輪郭が、いまは静かな格納庫の中ではっきり見える。


 美しい。


 と、思う。


 だがそれは顔立ちのことではないと、今はわかる。もちろん彼女の外見は息を呑むほど整っている。けれど本当に目を奪われるのはそこではない。そこに在る姿勢だ。孤立を当然のものとして引き受けた背中。誰にも寄りかからず、誰にも理解されることを求めず、それでも前線に立ち続ける在り方そのものが、異様なまでに美しい。


 同時に、やはり怖かった。


 この女は人類の味方だ。それでも、人間の尺度で近づいてはいけないものに思える。火に見惚れる感覚に似ていた。温かいからではない。焼けるとわかっていても見てしまうからだ。


「あの……」


 声をかけると、ロクサーヌは手を止めた。


 ゆっくりと振り向く。視線が合うだけで、イーサンの背筋が冷えた。


「何」


 低く、乾いた声だった。


「先日は、ありがとうございました」


 前にも言った言葉だ。だが今回は、前よりもずっと本気だった。彼女がいなければ第18防衛区はもっと酷いことになっていた。その事実を、イーサンは自分の目で見ている。


 ロクサーヌは少しだけ眉を動かした。


「何の話?」


「第18防衛区を……助けてくれて」


「勘違いしないで」


 彼女は即座に言った。


「私は街を守ったんじゃない。災骸を殺しただけ」


 前と同じ言葉だった。けれど、今ならわかる。これは突き放しではなく、たぶん彼女自身の線引きだ。守る、と言ってしまえば、守れなかったものの重さまで背負うことになる。だから最初から“殺しただけ”と切る。そうしないと立っていられないのだ、とイーサンは感じた。


「それでも、です」


 そう返すと、ロクサーヌは一瞬だけ黙った。


 それから彼女の視線が、イーサンの手元に落ちる。整備兵の手。細かい油汚れの染みついた指。工具だこの残る掌。


「あなた」


 ロクサーヌが言う。


「私のフレーム、見てどう思った」


 不意打ちだった。


 イーサンは言葉に詰まる。褒め言葉を言うべきか。正直に言うべきか。迷っているうちに、ロクサーヌは目だけで続きを促した。


「……完成度は、異常なくらい高いです。でも……」


「でも?」


「高すぎて、運用者の方が先に壊れます」


 言ってしまった。


 格納庫の空気が、一瞬だけ止まる。


 遠くでアイリスが小さく吹き出し、アストラが何も言わずにこちらを見た。セラフィナは「わあ」とでも言いたげな顔をし、ノクティアは瞬きもしない。


 ロクサーヌだけが、しばらく表情を変えなかった。


 やがて、ほんのわずかに口元を上げる。


「やっぱり、見えてるじゃない」


 その声には、初めて微かな熱があった。


 イーサンは胸の奥がどくんと跳ねる。認められたのかどうかはわからない。だが少なくとも、今の言葉で追い出されはしなかった。


 その時、格納庫入口側で足音がした。


 兵士たちがわずかに姿勢を正す。だがゼロ大隊の面々は、露骨には動かない。入ってきたのはミレイユ・カスティール大将だった。濃紺の軍装。鋭い目。疲労を押し隠したような凛然とした立ち姿。


「相変わらず、嫌われたものだな」


 彼女は格納庫内の反応を見て苦笑した。


 実際、ゼロ大隊の面々は誰も歓迎らしい空気を見せない。アストラは軽く視線を向けただけ。アイリスは剣を研ぐ手を止めない。ノクティアは最初から影みたいに静かだ。セラフィナだけが一応「おつかれさまです」と柔らかく言ったが、親愛ではなく礼儀の範囲だった。


 ミレイユの視線がイーサンに止まる。


「君がクロークか」


「は、はい」


「思ったより若いな」


 それだけで、イーサンはさらに緊張した。この人は上の人間だ。しかもただの高官ではない。この場を実質的にまとめている側の人物だと、空気でわかる。


「私は君を高く評価している」


 唐突にそう言われて、イーサンは目を瞬いた。


「え?」


「君の整備記録は見た。あれを凡庸で終わらせていた第18防衛区の評価系統には、少し考えるところがある」


 ミレイユの声は穏やかだが、その穏やかさの下に鋼が入っている。褒められているはずなのに、なぜか背筋が伸びる声だった。


 イーサンには、理由がよくわからなかった。自分はただ整備をしてきただけだ。突出した研究成果もない。表彰もない。高く評価される筋合いが見当たらない。


 そんな戸惑いを見抜いたのか、ミレイユは少しだけ視線を和らげた。


「わからなくていい。わからないままでも、手は正しいことがある」


 その一言は、妙に深く胸へ入った。


 彼女はそのまま格納庫全体を見渡し、低い声で続ける。


「クローク。君は誤解しない方がいい。ゼロ大隊は防衛部隊ではない。殲滅部隊だ」


 格納庫の空気が、さらに静かになる。


「守るためではなく、殺すための部隊だ。だから、こいつらは兵士じゃない。兵器だ」


 言葉は冷酷だった。だがイーサンは反論できない。ここへ来て数十分で、その意味が嫌というほどわかっていたからだ。ロクサーヌも、アストラも、セラフィナも、アイリスも、ノクティアも、あまりに尖りすぎている。個としての人生より先に、戦場で何をどれだけ殺せるかが定義になっている。


 それでもイーサンは、ふと思ってしまう。


 兵器と呼ばれるには、彼女たちはあまりに人間くさい、と。


 アストラの皮肉。セラフィナの柔らかな物言い。アイリスのまっすぐな荒っぽさ。ノクティアの短いツッコミ。ロクサーヌの頑なな線引き。その全部は、兵器の癖というには人間的すぎた。


 言葉にする前に、警報が鳴った。


 甲高い電子音が格納庫全体を刺し貫く。天井パネルに赤い警告表示が走る。イーサンの心臓が跳ねた。だがゼロ大隊の面々は、反応の質が違った。驚かない。代わりに、空気そのものが一段階、鋭くなる。


『第13防衛区にて災骸反応。B級三体。繰り返す、B級三体。さらに反応増大……A級出現の可能性』


 格納庫の空気が変わる。


 さっきまで人間だった輪郭が、戦闘用の何かへ切り替わるのを、イーサンは見た。


 アストラは端末を持つ手つきひとつで、すでに狙撃計算へ入っている。セラフィナの柔らかな目から、余分な温度がすっと抜ける。アイリスは立ち上がるだけで刃物になった。ノクティアは音もなく装備をまとめ、最初から影だったのにさらに存在感が薄くなる。


 そしてロクサーヌが、整備台からゆっくり立ち上がった。


 その動作だけで、格納庫の重力が変わったように感じる。


「……やっと大物ね」


 彼女の声には、うんざりも恐怖もなかった。ただ、獲物を確認した捕食者の静かな熱だけがあった。


 ミレイユは一歩前へ出る。


「ゼロ大隊、出撃準備」


 一拍置いて、明確に告げる。


「今回は――総員出撃だ」


 その言葉の意味を、イーサンはまだ知らない。


 だが知らないなりに、ただ事ではないことだけはわかった。ロクサーヌ単独ではなく、全員が出る。つまり、それだけの地獄が第13防衛区に生まれようとしている。


 格納庫は一瞬で動き始めた。


 整備アームが唸り、ロックが外れ、兵装が起き上がる。ロンギヌスに高電圧が走り、ノヴァ・ジャッジメントの環状部が白く点灯する。ティタノマキアは機械音とともに固定台から浮き、ノクティアの暗器群は影のように回収されていく。ヘルストーム・フレームの外装各部が解放され、まるで目覚める獣の骨格みたいに駆動音を鳴らした。


 イーサンはその中心で立ち尽くす。


 ここへ来るまでは、ゼロ大隊を一つの“強い部隊”としてしか想像していなかった。だが違う。彼女たちは一人一人が別系統の終末だ。戦場の終わらせ方が違うだけで、全員が滅びのかたちを持っている。


 このとき、イーサンはまだ知らなかった。


 ゼロ大隊が全員出る意味を。


 そして――ロクサーヌ・ヘルストームが、人類最強と呼ばれる理由を。


 ただ一つだけ、はっきりしていたことがある。


 恐ろしいのに、目が離せない。


 あの女たちが出ていく戦場の先に、自分ももう足を踏み入れてしまっているのだと、イーサンはようやく実感し始めていた。



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