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EVE〜終末世界の整備兵〜  作者: 灰猫J
第二章 神を狩る
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第10話 神域

 GDF脅威解析局の深夜は、静かすぎて耳が痛くなることがある。


 もちろん、完全な静寂ではない。空調は低く唸り続け、冷却装置の奥では微かな振動が常に脈打っている。映像解析用の大型端末群は、それぞれが別個の生き物みたいに細い電子音を立て、壁面へ投射された複数の映像は、誰も触れていないのにひとりでに切り替わり、拡大され、スロー再生される。人間の声だけがない、という意味での静けさだ。


 ミネルヴァ最深部にある脅威解析局専用解析室もまた、そういう静けさの中にあった。

 室内は暗い。

 照明は最低限しか点いておらず、部屋を照らしているのはほとんど壁面モニターの青白い光だけだった。その光が床へ落ち、机の縁を舐め、椅子の脚を長く伸ばしている。室温は少し低く、長く居続ければ指先から感覚が薄れていきそうだった。


 ラーヴィ・ナルシンハ大将は、その部屋の中央で、何度も同じ映像を見返していた。


 ミニヤ駅構内の戦闘記録。

 高所に設置された第一支部の補助観測ドローン。ゼロ大隊携行の映像用ドローン。ロクサーヌの火器管制ログ。アストラの狙撃照準補助記録。駅構内に残された監視システムの断片的映像。使えるものを全部束ね、時間軸を揃え、誤差補正をかけた上で並べている。通常なら数時間、場合によっては数日かかるような統合作業だが、ラーヴィの周囲ではもう、ほとんど終わったこととして映像が回っていた。


 画面の中心に繰り返し映っているのは、ウェプワウェトが右手を切断される瞬間だった。

 その直前。

 アイリス・ファングブレーカーの目が金色に変わる瞬間。

 ティタノマキア・ブレードが振るわれる瞬間。

 そして、ウェプワウェトの右腕が、まるでそこだけ世界の切れ目に触れたみたいに落ちる瞬間。


 ラーヴィは一度、映像を止めた。

 止めたところで、何かが変わるわけではない。だが、そうしないと呼吸の深さを自分で調整できない気がした。心拍数は上がっていない。手も震えていない。少なくとも外から見れば、彼はいつも通り静かな脅威解析局総局長に見えるだろう。


 それでも、胸の中には明らかな熱があった。

 知的興奮と呼ぶには、生々しすぎる熱だった。


 背後に控えていた副官が、慎重な動きで一歩だけ近づく。

 ユスフ・ハリーム少佐。三十代後半。脅威解析局付の副官としては非常に優秀で、ラーヴィが必要とする速度と精度にもっとも近い男だった。事務処理、統合資料作成、各局との折衝、分析補助、そのどれを取っても抜けがない。彼はラーヴィへ本物の敬意を抱いていた。だが同時に、この上官の頭脳が時折見せる、普通ではない熱も知っていた。


「大将」


 ラーヴィは振り返らない。

 ただ、低く言った。


「同じだ」


 ユスフは数秒、言葉の意味を測るように黙った。


「何が、でしょうか」


 ラーヴィはモニターへ映るアイリスの金色の目を見つめたまま答える。


「アイリス・ファングブレーカーの斬撃と、ウェプワウェトの斬撃」


 そこでようやく、わずかに首だけを巡らせる。


「性質は同じだ」


 ユスフの眉が、ごく僅かに動く。

 驚きというより、直感的な拒絶に近い変化だった。そんなはずがない、と身体が先に思ってしまう。だが彼は優秀な副官なので、その拒絶を表へ出さない。


「……確認、という意味ではなく」


「断言に近い」


 ラーヴィはあっさりと言った。


「少なくとも、ミニヤ駅構内でアイリス・ファングブレーカーが一度だけ発現させた現象は、ウェプワウェトの“面による斬撃”と同系統だ」


 部屋の中で、空調音だけが少し濃くなる。

 ユスフは視線をモニターへ向ける。何度も見返した映像だった。だが彼には、そこに映るものの本当の意味がまだわからない。アイリスの一撃が異常だったことは理解している。ウェプワウェトの右手を切り落としたという事実の大きさも理解している。だが、その異常をどう分類し、何に接続すべきなのかまでは見えていない。

 ラーヴィは副官のそうした“見えていない部分”を正確に察した上で、少し間を置いてから言った。


「順番に説明しよう」


     *


「殲滅兵の等級制度は知っているね」


 ラーヴィは再び映像を流しながら、淡々と問いかける。


 ユスフは即答する。


「はい。C、B、A、Sの四段階分類。部隊運用と投入許可基準、補給優先順位、対災骸任務の割り振りに適用されています」


「表向きには、ね」


 ラーヴィはそう言って、端末を一つ操作した。ミニヤ駅の映像が画面端へ寄り、代わりに簡素な軍内資料の図表が中央へ開く。そこには災骸と殲滅兵の等級対応表が並んでいた。


「表向きの説明は単純明快だ。殲滅兵は、同じ等級の災骸を、十人以上の集団戦において通常分析の範囲内で殲滅できるかどうかで分類される」


 声は冷静だ。ここまではあくまで軍務上の説明であり、禁忌でも何でもない。


「つまり、B級殲滅兵なら、十人以上のB級殲滅兵を適切な戦術下で運用した場合、通常個体のB級災骸を殲滅できる確率が高い。C級ならC級、A級ならA級も同じ。戦場というものは個人の武勇で回ることの方が少ないから、この分類は実務上とても便利だ」


 ユスフは頷いた。


「ええ。少なくとも、現場の運用説明としては明快です」


「そう。明快で、しかも大半の場面ではそれで足りる」


 ラーヴィは少しだけ口元を緩めた。笑みに近いが、楽しげというより、説明が順調に進んでいる時の数学者みたいな顔だった。


「だから軍は、その説明だけを使う。B級個体二体を同時に相手取ったカイロ第一支部のような戦闘でも、この分類は機能する。B級・C級殲滅兵三百五十名。疲弊は大きかったが、理が通る範囲のB級災骸なら、あれだけの集団戦であれば理論的に落とせる」


 ユスフはその言葉に、小さく息を呑む。

 カイロ第一支部の戦闘映像も、彼はすでに確認していた。ハサン・アル=ラシード中将が前へ出て、エジプトコブラ型とナイルワニ型を相手に、人間側の理をぎりぎりまで通し続けた戦い。死者も負傷者も多い。だがあれは確かに、「人類が理解できる戦争」の範囲にあった。


 ラーヴィはそこから、ゼロ大隊の等級へ話を移した。


「現状の評価では、ゼロ大隊はこうなる」


 別の資料が開く。隊員ごとの識別コード。戦績。適応兵装。生還率。予測出力。すべてが淡く青い文字で浮かび上がる。


「ロクサーヌ・ヘルストームがS級。アストラ・ヴィレルガン、アイリス・ファングブレーカー、セラフィナ・ドレッドノヴァがA級上位。ノクティア・ヴァルクラゼルがA級」


「A級上位」


 ユスフが復唱する。


「数名、条件が整えば単独でもA級災骸を殲滅できる確率が高い層……でしたね」


「そう」


 ラーヴィは頷く。


「一般的なA級は、あくまでA級相当の脅威へ対し、部隊運用の中核として働ける層。でもA級上位は違う。極めて限定された条件下なら、単独でもA級を落とす。つまりA級の中でも、S級に近い端へ寄っている」


 彼はそこで、ほんの一瞬だけ言葉を切った。


「ここまでは、軍人としての説明だ」


 ユスフは静かに背筋を伸ばす。

 この上官が「ここまでは」と言う時、その先はたいてい公開されていない領域だった。


     *


「ここから先は、知っている者が限られる」


 ラーヴィの声が、ほんの少し低くなる。

 モニターの中央に、再びミニヤ駅の映像が戻る。金色の目。ティタノマキアの軌道。ウェプワウェトの右手が落ちる瞬間。そのフレームだけが、他のどんな資料よりも強く部屋を照らしていた。


「S級災骸の中には、物理法則を無視する能力を持つ個体が、歴史上わずかに確認されている」


 ユスフは言葉を挟まない。挟めない。


「人類は物理法則から逃れられない」


 ラーヴィは自分自身へ言い聞かせるような口調で続ける。


「どれほど兵装を進化させても、どれほど戦術を洗練しても、結局は質量と熱と運動と空間、その枠内でしか戦えない。人間は“そういうもの”だから」


 そこで彼は、ゆっくりとモニターの中のウェプワウェトへ視線を向ける。


「だが、その枠組みそのものへ干渉する個体は違う。あれは単なる強敵じゃない。人類の枠外にある存在だ」


 部屋の温度が、さらに一段下がったような気がした。


「現時点までに確認されたS級災骸は七体」


 ラーヴィは資料を切り替える。今度は簡潔な年表だった。黒塗りが多く、正式名称のない事件記録が並んでいる。


「そのうち五体は、極端な物理能力の化け物だった。再生、火力、耐久、機動。どれも災厄級ではあったけれど、まだ“物理法則の内側”にいた。だから人類は対処できた。被害は甚大でも、理屈は通った」


 ユスフはそこまでは知っている。脅威解析局にいれば、その程度の歴史は常識だ。

 だがラーヴィは次に、より低く、ゆっくりと言った。


「問題は残り二体」


 米国圏。中国圏。

 その二つの文字が、別々の画面に並ぶ。


「一体はアメリカ。もう一体は中国。どちらも当時の覇権国家だったが、その国家という単位そのものが壊滅しかけた」


 ラーヴィは感情を乗せない。だから逆に、言葉の重さだけが露骨に残る。


「兵力では止まらなかった。通常兵装でも、殲滅兵装でも、広域火力でも足りなかった。最終的には核の多重使用で辛うじて滅した」


 ユスフの喉がわずかに上下する。


「ですが……」


「ああ」


 ラーヴィはその先を自分で引き取る。


「被害は甚大だった。核を落とした地域も、人類が生存できる場所ではなくなった。敵は死んだが、土地もまた死んだ」


 少しの沈黙。

 やがてラーヴィは、極めて静かに言う。


「それら二体に共通していたものは一つ。物理法則を無視する能力を持っていたこと」


 ユスフは、そこで初めてはっきりと背筋が冷えるのを感じた。

 物理法則を無視する、という言い方は、比喩ではないのだ。空間、熱、運動、因果、その基盤へ直接触れてしまう存在。兵器や戦術の延長ではなく、人間が前提としている現実の方を書き換えてくるもの。


 ラーヴィはそのまま続ける。


「GDFは、それらを他のS級と区別するために、別の呼称を与えた」


 画面の中央に一語だけが浮かび上がる。


 『神域』


「神でなければ到達できない領域、という意味だ」


 その命名の、妙な正直さに、ユスフはかえって言葉を失う。軍という組織がこんな宗教的な響きを持つ単語を公式に使うのは、ふだんならあり得ない。だがあり得ないことを、あり得ると認めざるを得なかったから、そういう名が付いたのだ。


 ラーヴィがわずかに顔を上げる。


「その観点から言えば、ウェプワウェトは史上三体目の神域個体と言える」


 部屋のどこかで、冷却装置の音が少しだけ大きくなった。


「ミニヤ駅で確認された“面の斬撃”。あれは、物理法則の延長線上にある高出力斬撃ではない。空間そのものへ“そこが切れていること”を成立させている。つまり、ルールを書き換えている」


 ラーヴィの指先が、画面の中の斬撃範囲をなぞる。


「物理法則の外側から現実へ介入している以上、あれは神域でしかない」


 ユスフは返事をできなかった。

 ウェプワウェトが危険なのは知っていた。第三支部を一夜で壊滅させ、ミニヤを襲い、カイロを囮で揺さぶった。知性も戦力も持つS級。それだけでも悪夢だ。だが今、ラーヴィの言葉で、その悪夢は一段深い場所へ落ちた。


 史上三体目の神域個体。

 アメリカと中国を核の多重使用にまで追い込んだ二体と、同じ次元に置かれる個体。


 それはもはや「強い敵」ではなかった。

 存在そのものが、文明圏の継続に対する否定だ。


     *


「ただし」


 ラーヴィはそこで、不意に声の質を変えた。

 低いままなのに、なぜか熱が混じる。


「問題は、そこでは終わらない」


 ユスフは嫌な予感を覚える。


 神域個体の確認だけでも十分に悪夢なのに、それ以上があると、この男は言うのだ。


 ラーヴィはミニヤ駅の映像をさらに拡大する。

 アイリス・ファングブレーカーの金色の瞳。

 ティタノマキア・ブレードの振り抜き。

 その後ろで、ウェプワウェトの右手が、軌道に触れたわけでもないのに切断される瞬間。


「ユスフ」


 ラーヴィは静かに問う。


「君は、殲滅兵の分類制度の“本当の基準”を知らないだろう」


 ユスフは息を止めた。

 脅威解析局付副官という立場にいても、知らされていないことはある。だがこの言い回しは、その中でもかなり深い階層に属する何かを意味していた。


「……おそらく」


 慎重に答える。


「表向きの実務運用基準以上のものは、まだ」


「当然だな」


 ラーヴィはそこで初めて、薄く笑った。

 それは優しさの笑みではない。秘密を開示すること自体に快感を覚えている学者の顔に近かった。


「表向きの等級制度は、便利だから使っているだけ。本質は別にある」


 画面が切り替わる。今度は数字の一覧だった。無機質な値。適合率。生体反応閾値。EVE細胞活性指標。一般職員が見れば意味もわからない羅列だ。


「殲滅兵の分類は、厳密にはEVE細胞適合率によって分かれる」


 ユスフはわずかに目を見開いた。


 EVE細胞適合率――その単語自体は知っている。殲滅兵選抜と適応試験に関わる、最深部の医学・兵装・脅威解析の交差点にある数字だ。だが、軍全体の等級制度と直結しているとまでは教えられていなかった。


 ラーヴィは、淡々と数字を置いていく。


「適合率五十%以上がC級。六十%以上でB級。七十%以上でA級。七十五%以上でS級」


 それは驚くほど簡潔な線引きだった。

 だが同時に、簡潔だからこそ残酷でもある。人間の戦闘力、兵装との同調性、生存可能性、その全部を数値へ還元した線引き。


「もちろん、実際の戦場では個人差が出る。兵装適性、性格、訓練内容、外的条件、全部が絡む。だから実務説明では集団戦基準を使う。けれど根はここだ。EVE細胞への適合率」


 ユスフは画面の数値列を見つめながら、ふと寒気を覚える。

 人間の強さが、そんな露骨な境界で管理されていることにではない。そんな境界が存在すると知らされたあとでは、ゼロ大隊の面々の強さが別の意味を持ち始めることにだ。


 ラーヴィはさらに続けた。


「八十%以上は理論値」


「理論値……」


「ああ。そこまで適合率が上がると、EVE細胞の活性化が人体の限界を超える。安定した人間個体として形状を維持できない。細胞側が人間の枠を壊し始める。つまり災骸化する」


 ユスフは思わず息を飲む。


「歴史上、八十%以上が確認された例は……」


「一人もない」


 ラーヴィは即答した。


「少なくとも“人類側の個体”としては」


 そこで彼は一拍だけ黙った。

 その沈黙の意味が、ユスフにはすぐわかる。災骸側には、当然ながらその先があるのだ。


「だから八十%以上は、理論上の線でしかない。だが理論には、いつだって意味がある」


 ラーヴィの目が、またミニヤ駅の映像へ戻る。


「もしそこへ届いた者がいるなら、何が起きるか」


 ユスフは答えない。答えを聞きたくない気持ちと、聞かなければならないという義務感が、喉の奥でぶつかっていた。


「おそらく」


 ラーヴィは言う。


「その者は災骸と同じく、物理法則を無視する能力を得る。つまり、人類側から神域へ触れる」


 室内の空気が変わる。

 寒いのに、妙に息苦しい。


「アイリス・ファングブレーカーは、一瞬でもそこに至った」


 ラーヴィの声に、抑えきれない熱が滲む。


「ミニヤ駅で、彼女はウェプワウェトと同質の現象を発現させた。意図的ではない。再現性も不明。本人も自覚していない。だが、それでも起きた」


 映像の中で、金色の瞳が光る。

 ユスフはぞっとする。

 美しいからではない。恐ろしいからでもある。人類が決して踏み込んではならないはずの境界へ、目の前の一人の兵士が、一瞬だけでも足をかけたのだと知ってしまったからだ。


 しかしラーヴィは、そこで怯えない。

 いや、怯えているかもしれない。だがその怯えを、もっと大きな知的興奮が呑み込んでいる。


「これは大きい」


 ラーヴィは低く言う。


「大きすぎる一歩だ」


 彼の手が、知らず知らずのうちに画面へ伸びている。触れはしない。ただ、触れそうなほど近くまで。

その目は見開かれ、顔は普段の彼からは想像もつかないほど紅潮していた。


「人類はこれまで神域個体に対して、核以外の勝ち筋を持てなかった。核を使えば土地も死ぬ。国家も死ぬ。文明圏が削れる。だから神域は、発見された時点で“敗北の形を選ぶしかない敵”だった」


 声が速くなる。


「でも、もしアイリス・ファングブレーカーが一瞬でもそこへ届いたのなら。もし人類側の個体が、神域に足をかけうるのだとしたら。それは初めて、対神域の階段が見えたということになる」


 ユスフはそこではっきりと、背筋に嫌なものが走るのを感じた。

 ラーヴィは興奮していた。

 ただの軍人なら怯えるところで。

 ただの研究者なら慎重になるところで。

 この男は、目の前の禁忌へ魅了されている。


「歴史的な一歩だ」


 ラーヴィはそう言った。


「わかるか、ユスフ。これは“奇跡”なんかじゃない。現象だ。解析できるし、辿れるんだ。再現できる可能性があるということだ。人類は初めて、神域へ触れたと言っていい」


 その言葉の中に、アイリス・ファングブレーカー本人への心配はほとんどなかった。

 もちろんラーヴィは軍人だ。彼女を道具としか見ていない、というほど単純ではない。だがいま彼の目に映っているのは、一人の兵士の危険な覚醒ではなく、“到達可能性”そのものだった。


 それがユスフには、ひどく危うく見えた。


「大将」


 声を出したのは、喉が渇いていたからだ。何か言わなければ、この部屋にある熱が自分の方まで侵食してきそうだった。


「それは……本当に、人類にとっての前進なのでしょうか」


 ラーヴィは、その問いを否定しなかった。

 ただ振り返り、ユスフを見た。

 その目が、暗い部屋の中で妙に明るかった。光を反射しているのではない。内側から発光しているような、そんな錯覚すら覚えるほどだった。だが同時に、光の奥にあるどす黒く深い闇をも思わせる。


「もちろん危険だ。当たり前じゃないか」


 ラーヴィは静かに言う。


「だから価値があるのだよ」


 ユスフは何も言えなくなる。

 この男は人類を救おうとしている。そこに嘘はない。ウェプワウェトの危険性も、神域個体の恐ろしさも、誰より正確に把握している。そしてその知性が、間違いなく人類圏を支えてもいる。


 だが同時に、この男は“解明されていない高み”そのものに魅せられている。

 もし、 “人類を守ること”と、“神域を解き明かすこと”が、いつか完全には噛み合わない局面へ至った時、この男はどちらを選ぶのか。

 その問いに、ユスフは答えを持てなかった。


 ラーヴィはもう、副官の存在を半ば忘れたようにモニターへ向き直っている。画面の中では、ミニヤ駅構内のあの一瞬が、何度も、何度も繰り返されていた。金色の瞳。振り抜かれる刃。右腕の落下。逃げる神話型。


 ラーヴィの横顔は静かだ。静かなのに、その目の奥にあるものだけが、どうしようもなく熱い。

 ユスフはその横顔を見ながら、背中に冷たい汗が伝うのを感じていた。

 解析室の中では、空調が変わらず低く唸っている。

 ミニヤ駅の映像は無音で流れ続ける。

 その青白い光の中で、希望と狂気はほとんど見分けがつかなかった。


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