12、森の中で ①
森でのあの事件後、私は母は当分の間森に行くことを禁止された。
まあ、当然だとは思う。流石にお母さんだって娘が血だらけで帰ってきたら驚くだろう。まあ、血と言っても小鳥と私の血だから実質的には私はそれ程出血はしていなかった。
私はリリアーナさんのことが気になって早く森に行きたかったけれど、怪我をしていて森まで歩けれる状態ではなかった。
………あの時の異様な雰囲気を放つリリアーナさんを今でも忘れられない。
だからこそ心配しているのだけれど。あんなの普通でまともとは思えない。何か嫌な予感がする。こういう時の嫌な予感って比較的当たりやすいから本当に困る。
治癒系の魔術を体力がなくならない程度に使いながら、一刻も早く傷がふさがって森に行けることを願っている。
ついに、お母さんから外に出ても良いとお許しが出た。お母さんはとても心配そうで未だ不満そうだったが、私が怪我が治るまでの間毎日のように「森にどうしても行かなくちゃいけないの‼︎」と言い続けた結果、心配性の母も納得してくれたようだった。
「いってきまーす!」
「リア、本当に無理してはいけませんからね‼︎」
「はーい、分かってますって」
ドアを勢いよく開け、私は全速力で森に向かった。まだ、傷口が足が地面に着くたびに痛いけれど、そんなこと言っている場合じゃない。
家にいる間も嫌な胸騒ぎが収まらなかった。きっとリリアーナさんはいつも通り笑顔でいるはずだと信じてる。
「はぁ……はぁ……」
もう季節が移り変わり、汗をかくような時期ではないというのに額から水滴が落ちる。
森は何も変わらずただそこにあった。そんな光景を見て少し頰が緩む。何もなかったと、あの胸騒ぎがただの勘違いであってよかったとそう安心する。
ひとまず、リリアーナさんを探そう。あの後どうなったのかも聞きたいことですし。
息を整えながら森へと入っていく。葉が少なくなった木が立っていて、下には踏まれても元気に伸び続ける雑草が生えている。虫や動物の鳴き声が耳に心地よくて、今の季節には肌寒いぐらいの木陰……何も変わっていない。
___ガサッと後ろから草をかき分ける音がした。
私は振り返りながら言った。きっと、後ろにはリリアーナさんがいるのだと思った。
「あ、リリアーナさん、おはようございます。あの後、いろいろと大丈夫でしたか…………?」
おかしいな。どうして私の視界にはピンクなんて色素が写ってるんだろう。リリアーナさんはいつも白色のワンピースを着ているはずなのに。
「あ、あなたはあの時の‼︎どうして、あなたのがここにいるんですのっ!」
目を見開いて私を指さしていたのは、私を以前殺そうとしていたピンクのドレスの女の子だった。
私も驚いて固まってしまう。予想と違った人物が登場してきたからでもあるし、その人物が私が最近一番出くわしたくない人だったからかもしれない。
何も言葉を発しない私に苛立ったのか、女の子は私に近づいてきた。
「ふんっ。よくもまぁ、あの怪我生きて入られましたわね。やっぱり、下民のしぶとさには呆れますわ。私に刃向かう下民などさっさと消えてしまえばいいのに」
「………………」
「なんですの?私が声をかけて差し上げているのですよ。何か言ったらどうですの?」
「いや、えーと」
あなたに言いたいことって何もなんですけど。それよりさっきから気になるのは、あなたってリリアーナさんに怖気づいて一目散に逃げて行ったよね?それって触れないほうがいいのかな?
……………また、襲いかかられるのも嫌だからやっぱり黙っておこう。
「……それじゃあ、あなたはここで何してるの?」
「ふんっ、あなたには関係のないとこですわ。話したところで頭の悪い下民共には到底理解できないことですもの」
「は、はぁ……」
「それで、あなたはこそ何をしているのです?」
「私は知り合いを探しているの」
「知り合い?……まさか、あの女ではないの?私を邪魔したあの銀髪の女のことでしょう‼︎」
「う、うん。そうだよ」
「やっぱりそうなのですね………ああ、思い出すだけでもイライラしてきますわ。あの女のせいで私が地にはいつくばらなければならなかったのだから‼︎」
ドレス姿の女の子はそう言って、顔に皺を寄せている。
ああ、そんなに顔に皺を寄せたら可愛い顔が台無しですよ。それにしても、よく分からないけど、こういう時ってどうしたらいいんだろう。仮にも私はこの子に殺されかけてるし……適当にどっかいってくれないかな?私はリリアーナさんに会わないといけないのに。
そんな私の気持ちも知らずドレス姿の女の子は何かを思いついたのか、急に私の方を振り向いた。
「そうですわ。そこのあなた、私をその女の元まで案内しなさい」
「え、なんで」
「貴族である私の命令が聞けないの?」
「別にいいけど、私もリリアーナさんの居場所なんて知らないよ?だから、探すのに少し時間がかかるかもしれないし………そもそもいるかどうかも怪しいですよ」
「いえ、あの女は間違いなくここにいますわ」
きっぱりとそう断言するので私は不審に思って言った。
「どうしてそんなことが分かるの?」
「…………そんなのどうでもいいでしょう。ほら、さっさと案内して」
「はいはい。それより、あなた名前は?いい加減あなた呼びも疲れてきたから」
「私の名前はソフィ・クロスフォード。しっかり覚えておきなさい」
「それじゃあ、ソフィ行きますか」
「ええ、できるだけさっさと見つけることよ」
………敬称略は許してくれるんだ。ソフィは変なところで抜けていますね。
ソフィは腕を組んで威張ったように(実際、威張っているが)私を見下したような目線を送ってくる。逆らわないで早くリリアーナさんを見つけよう。
そう思って、足を進めようとしていた時だった。久しぶりに私以外の者の魔術の気配を感じた。それに気づいたと同時に私は違和感を感じた。その魔術の気配がどうやら私達に近づいてきているような気がする。
おかしいなと思った時だった。私は咄嗟に私の後ろについていたソフィを押し倒した。
「な、何するの!そんな汚わらしい手で私に触れるのでは………」
「いいからっ!とにかく走って‼︎」
私はソフィの手を引いてその場から駆け出した。ソフィは何事かと訝しげな表情をしていたが、私の腕を見て目を丸くしていた。
「あ、あなたそれ……」
ソフィは矢の刺さった私の腕を見て驚いている様子だった。さっき、魔術の気配を感じた後、その気配がどうやらソフィに向かって放たれていることに気づいたのだ。どうして、ソフィをかばったのかは分からない。咄嗟に自然と体が動いてしまった。
私はソフィの手を引きながら魔術の気配が消える所まで走り続けた。
「もう、ここまでくれば大丈夫かな………」
私は息を整えながら、走るスピードを落とし木にもたれかかるように地面に座り込んだ。見るだけで痛々しい矢の刺さった腕を見て、私は痛さも忘れ呆れていた。
これだとまた母に心配されて迷惑をかけてしまう。私って本当に手間のかかる子供だろうな……
そんなことを考えながら、矢に手をかけてその矢を抜いた。傷口から血が吹き出て、見ていて気分が悪くなりそうだった。腕に激痛が走ってとても痛かったけれど、最近怪我をすることが多いためか矢が刺さっても案外この程度の痛さなんだと変なことを考えていた。
「ねぇ、だ、大丈夫ですの………?」
ソフィが顔を真っ青にして私を見ていた。つい先ほどまで私を見下した威張っていたソフィと同一人物とは思えないほどに、ソフィの私を見つめる目は揺れていて頼りなかった。
「はは、大丈夫ですよ……きっと………それより、ソフィは心当たりない?自分を狙うような輩に」
私は持っていた手拭きタオルで血が流れ出ている傷口をきつく縛りながら、ソフィの話を聞いていた。薄汚れていたタオルが真っ赤に染まっていく。
「そ、そんなのいくらでもいますわ!それに……あなたのような下民は全員私も含めた貴族を憎み恨んでいるものですわ。自分達だけがどうしてこんな貧しい生活を強いられなければならないのかと」
ソフィは焦ったようにそう言う。私は力が入らないのにも関わらず、どうしてか笑いが出てしまう。
「だったら、ソフィは……おバカさんだね……こんな敵陣のど真ん中に一人で来るなんて…………」
私を殺そうとした時に疑問に思ってたけど、だからこそ護身用としてあんなナイフを持ってたのかな?
それより、どうたんだろう。何だか眠くなってきた。呂律が上手く回らない。視界がぼやけてくる。
「あなた、今私を何と言いまして?言葉遣いぐらい気をつけなさい………って、聞いてるの‼︎」
ソフィが上から声を荒げて私に何か言っているのが分かる。でも、何を言っているのかよく聞こえない。
「……よかった………ソフィが元気ないからどうしたのかと思ったけど、それだけ怒れるってことはそんなこともなかったんだね」
その事に何故かしら安心したのか私の意識はどんどんと遠ざかっていく。やばい、意識がどこかに持ってかれる。視界が完全に暗転する前に聞こえたのは、ソフィが私を呼んでいる声だった。




