13、森の中で ② 〔ソフィ視点〕
今回はサブタイトルにもあるようにソフィ視点で話が進みます。
「ちょっと、ねぇ‼︎聞こえてるの‼︎」
ソフィは眠ってしまったリアに甲高い声で叫びながら揺すっていた。しかし、いくら呼んでも目覚めないリアを見て、起こすことを諦めたようだった。
ソフィはリアを沈んだ目で見つめていた。そのソフィはリアも思っていた通り、初めて会った時のようなリアを下民として蔑むような様子ではなかった。ソフィは一つどうしても疑問に思ったことがあった。
________何故この下民は私を助けたのか?という疑問である。
「………まったく、使えない下民ですわ」
このまま、放っておけばこの下民はおそらく出血多量で死ぬでしょね。まあ、私には関係のないことだけれど。
ソフィはそう思ってリアを置いて自分を狙う刺客から逃げようと思った。しかし、足が前に進まなかった。ソフィは前に進みかけた足を方向転換してリアの方へいつの間にかと近づいていた。
「……気休め程度にしかなりませんけれど」
そう言ってソフィはリアの傷口に手を置く。しばらくソフィは何かに集中して目をつぶっていたが、ソフィの手元が光ったと思うとリアの傷口がどんどんとふさがっていく。そのお陰か、リアの苦しんで辛そうだった表情が少し柔んだ気がする。
ソフィはそれを見て無意識にのうちに頬を緩めていた。
「って、私、何喜んでいるの‼︎べ、別に私がこの下民を治療したのは森を案内させるためですわ……決して、心配だったからというわけではないのです!」
誰に聞かれてもいないのにソフィは顔を赤らめて言い訳するように焦ってそう言った。
さて、これからどうしましょうか……この子が起きるまで敵が襲ってこないとも限りませんし……助けを呼ぼうにももう魔術は使えませんもの。ロバートがが探しに来てくれるとしてもまだまだそんな時間ではありませんものね。
それにしても………
と、ソフィは未だ目の覚めることのないリアを見た。どうしてこの下民は私のことを助けたのでしょう?
この子だって親から聞かされているはずである。私達に貴族がどれだけ下民を卑下に扱っているかぐらい。なのにこの子は私を助けた……ですが、どうやらそのことを知らないようでしたし、だから助けたのかしら。
ですが、やはりそれでは腑に落ちませんわ。聞かされていなくとも、自分よりもいい装いをした私が貴族だと分かって、嫌うのが普通だというのに。現に貴族はこの街では特に下民だけでなく一般市民からも嫌われていますわ。
ソフィはやはり納得のいかないと思いながらも、頭を振ってその思考を停止させた。今はこんなことを考えている場合ではありませんわ。油断したらいつ襲ってくるかどうか分からない。
あの時だって、森の中を歩き疲れていて矢が飛んでくるのさえ気が付かなかったんですもの。魔術の反応は感じ取れても、普通の攻撃の気配を感じられなんて、これではクロスフォード家失格ですわね。しかもその上、下民に守られるなんてお兄様に知れたらきっと罰を受けるに違いないわ。それに私個人としても下民に貸しができたとおもうと何だかこそばゆい感じがします。
そういえば、この下民に対する疑問といえばもう一つありますわね。この子はどうして矢が飛んできていると分かったのでしょう?私のように訓練も何も受けていない者があんな普通の矢の気配など分かるはずがないのに。それとも、危険の多い貧困外ハァストロードで暮らしているから身を守る為にできるようになったのかしら?
「………!」
後ろから何かきますわ‼︎
ソフィは背後から何かの気配を感じて眠っているリアを引っ張り木の陰へと隠れる。ソフィがリアと共に木の陰に隠れたすぐ後にソフィのいた場所にリアに刺さったものと同じ矢が地面に突き刺さった。
ソフィは木の陰からその矢を訝しげに見ていた。狙われているのは私ですしこの下民に危害が加えられることはないはずですが、私を庇ったことで同一の敵と思われている可能性もなくはありませんわね。
そんな考えを巡らせていると、今度は草を踏む足音が聞こえてきた。ソフィは隠し持っていた護身用の短剣を構えていた。そして、ゆっくりと近づいてくる足音にソフィもリアを庇いながら緊張していた。
「_______出てらっしゃい……そんな所に隠れていたって無駄よ。このまま、殺されたいのならそうしていればいいけれど………」
冷たい声が木の向こうから聞こえた。感情のこもっていない声で背筋に悪寒が走った。
短剣を持っている手が震える。それをもう一方の手で抑えようと震える手首をつかんでいた。木を隔てているはずなのにその声の主に全てを見透かされているように感じた。
ソフィが生きてきて何回か危機的状況に追い込まれたことがあるが、これはその中でも一二を争うほどに危険な状況ではないかと思う。額から落ちた冷や汗が手の甲を濡らし、ソフィはやっと得体の知れない恐怖から現実に引きずり戻された。
_______そうですわ…………逃げようと思えば私一人なら逃げ切ることなど容易いのでしたわ。
私は魔術でロバートの所まで移動することができますわ。万が一、何かあった時の為は私の元に魔術でお戻りになられるようにとロバートがそう言っていましたわ。ですが、未熟者の私ではまだ一人でしか飛ぶことはできませんの。
ソフィはリアの方を見ていた。リアは出血し過ぎたのかまだ起きそうにはなかった。
この下民を置いて逃げれば私は助かりますわ。そうよ………だいたいこの下民を助ける必要なんてありませんわ。下民なんてどれも汚らしいゴミでしかないのですもの。お兄様だってお父様だってそうおっしゃっていたんですもの。ですが………
ソフィは持っている短剣を強く握りしめて思った。このまま、逃げて良いのかと。この自分よりも使えなく脳がなく汚らしいと蔑んでいた下民に「助けてもらった」という借りを作ったままで。
短剣をもう一度勇気づけるようにグッと握りしめて、ソフィは木の向こう側へと踏み出していた。
「…さあ、言われた通り出て来て差し上げましたわよ」
声の主は顔も隠れるフードを被っていて、表情どころか女性か男性かすらも分からなかった。
「……………」
「何か言ったらどうですの?」
「まさか、本当に出てくるなんて思ってもみなく驚いていたので。あなたのような貴族は弱いものを虐め、逃げることしかできないものだと思っていましたから」
相変わらず感情のこもっていない冷たい声でそう言う。ソフィは一瞬、また背筋に悪寒が走るがここで怯えてはいけないと自分を奮い立たせていた。
「失敬ね。私はこれでもクロスフォード家の者ですわよ?たとえ、出来損ないだとしても他の貴族とは違って己の命の為だけに逃げ腰になるなんてことありませんわ」
「だったら、あなたが逃げなかったのは自分のプライドを守る為?」
「……………」
「それと、どうしてその木の後ろに隠れている子を庇って隠れたの?まさか、あなたが汚らしいと蔑んでいる下民に助けれもらって同情したとかじゃないですよね?」
フードを被ったその人物はソフィが庇うようにして立っている木を指差していた。ただ、おそらく指差しているのは実際のところリアのことだろう。
ソフィは話で笑うように言った。
「フンッ、馬鹿ですの?私が下民に同情?そんなの気持ち悪くて仕方がありませんわ………私はただ私が見下す下民に貸しなど作りたくなかっただけですわ………きっと、それだけのはずですわ。それより、さっさと終わらせましょう?私はあなたとお話をしている暇はないの」
短剣の切っ先をそのフードの人物に向ける。
「そうね。私もそんなことをしている暇はないようだから……さっさと終わらせましょうか」
その言葉を終えるとその人物は何かに集中するように目をつぶった。
ソフィは魔術を使う可能性もあると身構えていた。短剣だけでは頼りなさすぎるが今はこれで戦うしかない。クロスフォード家は代々騎士の家系。お兄様に散々ボロボロにされてここまで来たんですわ。負けてはいられないのです‼︎
目をつぶっていたフード姿の人物は目を開けて今度はソフィの方を見ているようだった。
ソフィは更に集中してどこから攻撃が来るか身構える。
_________しかし、どこから攻撃がくるか身構える必要はなかった。
ソフィは全方向に現れた木の矢を見て目を見開いていた。
勿論その矢はソフィ目掛けて空気を割いて飛んでくる。ソフィは咄嗟に自分の周りに薄い膜を魔術で張った。
矢と言っても先端が石ではなく木だったのが幸いしたかその薄い膜だけで耐えることができたが、これでは体力の少なくなっている今では逃げることができなくなってしまった。
ソフィは恨めしそうにフード下の人物を睨む。
「どう?……もうで逃げ道はなくなりましたね。あなたが魔術を使えるのに逃げなかったのはその木の後ろに隠れている子と一緒に移動できるだけの技術がないか、魔力がもう残っていなかったんでしょう?あなた大分前からこの森にいましたからね」
「………!まさか、見ていたの?」
「ええ、やっとあなたが逃げられないであろう森の奥深くまで来るのを待っていたの……邪魔が入ったですけどね」
「この………っ!」
「さあ、あなたはもう後には引けなくなりました。あなたにはその木の矢を防いだことで残っていた魔力もなくなったはずでしょう?………言葉通り逃げずにその子に貸しを返しなさい。そして、終わらせるのでしょう?」
フード下で笑ってほくそ笑んでいるのが見なくても分かる。上手い具合に私はこの人物の罠にはめられたのですわ。元々、この人の目的は私を殺すこと。だったら、逃げられないように最初に手を打つのが当たり前。
ソフィは悔しみながら歯を噛んだ。
次の攻撃がやってくる。今度は先の尖った石の矢がソフィを目掛けて空気を割いていた。
次回からはまたリア視点に戻ります!




