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加速する変化と甘い希望

一週間連続投稿でお送りしていますが、今回で六回目となりました。

お読みいただいている方、ちょっとでも目に留めていただけた方、ありがとうございます。

「おねえさん、そりゃ本当かい?」

 彩都が軽い口調で訊き返した。

「お客さん、ラジオ聞いてないの?」

「ああ、ラジオね。うん、ぜんぜん聞いてないよな?」

「ああ、聞いてないな」

 そう答えながら、私はラジオを聞いて情報を収集することなど考えてもみなかったことに気づいた。

 そう、この時代の主たるメディアはラジオなのだ。

 私の仕事は、何も人に聞き回って情報収集するだけではないのだ。

 最新かつ確かなニュースは新聞かラジオ、もしくは活動写真か。

 終戦間近のこの状況で、それらメディアの発信する情報がどれだけ信頼できるものなのかはわからないが、その問題は置いておいて、とりあえずラジオは聞いてみようと思った。


 思い返してみると、今朝の小柳氏の様子は、原子爆弾が投下されたにしては落ち着いていた。

「それはいつ頃の話だろうか?」

 ウェイトレスは顎に指をあて、考える仕草をする。喋り方に遠慮がない感じだが、まだ若い。二十代の前半だろう。

「うーん、ラジオで言ってたのは、さっきの番組だったんだけど。あ、そうそう、確か十時だか十一時だか、お昼前だったはずだよ」

 私が知っている歴史とは、少し食い違ってきているのか。いや、大規模な介入が予想できるから、もっと大幅に変化してもおかしくないのかもしれない。まだ少ししか食い違っていない段階に留まっていると言うべきなのか。


「はっきり言って、この国は負けるよ。全国の社会状況なんてわからないけどさ、この街を見るだけでそれがわかるってもんだ」

 そう捨て台詞を残して、ウェイトレスは店の奥へと消えた。

 あのウェイトレスも彩都と同じようなことを言った。

 もうこの時代の誰もがそう思っているのだろうか。

 小柳氏の言ではないが、聞く者が聞いたら、このウェイトレスも引っ張られるだろう。


 ウェイトレスの後ろ姿を目で追っていた彩都がこちらに視線を戻しながら、

「さて、これからどうするんだい?」

 と言った。

 そう尋ねられても、私には何も思いつかない。

「さあ、どうすればいいんだろう。何かないかな?」

 それが本心だった。

「そう言われても、俺にはあんたが何をしているんだかわからないんだから、助言のしようもないだろう」

 確かにそうだ。私は未だに、彩都にそのことを話していない。

 話せるような内容でもないし、話しても信じてもらえないだろう。

 しかし、私が何をしているかも知らないでここまで付き合うというのは、やはりこの男には何かあるのではないかと考えずにはいられない。


 食事をし、一旦宿に戻った。

 そういえばと思い、部屋に備え付けのラジオのスイッチを入れてみた。

 チューニングの必要はなかった。

 控えめな音量で、けして鮮明とは言えない音声が流れてきた。

 よく聞くと今朝聞いた小柳氏の声である。

 国民に向けてのメッセージだろうか。


「国民の皆さん、こんにちは。私がこの場でこの話をするのは、もう何度目でしょうか。しかし聞いてください。戦争はもう終わります。この度の戦争で、敵味方に関わらず多くの尊い命が犠牲になりました。私は今朝、“こんな馬鹿馬鹿しい殺し合いは早く止めるべきだ”と、青年に言われました。確かに過激な発言です。しかし間違ってはいない。御国のためとはいえ、命を粗末にすることはもう止めましょう。戦争は人間の行為のなかで最も愚かなものであることは、もはや自明の理です。私がこの戦争を終わりにします。そして国民一人一人が安心して暮らせる世の中を、共につくり上げていきましょう」


 小柳氏の言葉はそう締め括られた。

「おお、俺の話が出てきたぞ。な、名言だっただろ?」

 彩都は嬉しそうにベッドの上をごろごろと転がっている。

「だが過激だったよ」

「いいんだよ。過激だとか不敬だとか、そんなもの真理の前には意味のないものだ」

 彩都は益々上機嫌になり、転がりすぎてベッドから落ちてしまった。


「何がそこまで嬉しいのかわからないが、もう一度首相官邸に行ってみようと思う。彩都はどうする?」

 彩都が鼻をさすりながら答える。

「もちろん俺も行くさ。俺のことをラジオで紹介してくれたんだ。ちょうどもう一度会いたいと思っていたところだよ」

 ラジオの熱狂的なリスナーの心境と似たものだろうか。

「ただ、今朝のような大人数が集まっている場では、決定的なことは聞けないと思う。あなたもまた過激なことを言いかねないし」

「そうだな、もう人は引いてるだろうし、今から官舎に行くか? 会えるかどうかわからないが、だめなら観光しよう」


 我々は再度、首相官邸に向けて出発した。

 もう日が傾きかけていて、日差しが優しくなりつつある。

 彩都はとにかく上機嫌で、車の運転にもそれが表れ、首相官邸までの移動時間の記録を塗り替えた。

「そんなに急がなくてもよかったんだが」

 私が車から降りながらそう言うと、彩都は、

「急がばまわれと言うけど、たまには最短距離というのもいいだろ」

 と応えた。


 首相官邸の前には今朝のような人だかりはなかったが、それでも数人が開かれた門の外側に立ち、中の様子を窺っていた。

 朝と同じように門のところに二人の男が官邸に背を向けて立っている。

 朝は小柳氏のボディガードのように見えたが、どうやら本当は門番らしい。

「お忙しい人は、やっぱりこんな時間には顔を出さないのかな」

 同じように中の様子を窺っていた彩都がそう言ったとき、軍用車が私たちのすぐ背後に止まった。

 陸軍所属であろう軍人が運転席から転がり出るように降り、そのまま門を駆け抜けようとして門番に止められた。

「なんだ、一体どうしたんだ」

 門番は軍人を止めながら尋ねた。

「とにかく首相に会わせてくれ! 電話で連絡は入れてある。重要機密事項を伝えに来た!」

 その男はなんとか門番をふりほどこうともがいていたが、途中で諦めて代わりにこう言った。

「ならばあなたが小柳氏に伝えてください。本来なら人を介してはならぬものですが、この情報は時間が勝負だ。通信機器で伝えることは敵国に傍受される危険性があったので避けたのだ」

「わかりました。必ず伝えます」

 門番の一人がそう言うと、軍人は門番に情報を伝えた。

 軍人は興奮していたのだろう。

 誰にも聞かれまいと気をつけたのであろうが、私には聞こえてしまった。

 いや、私に聞こえたぐらいの内容なら、その場にいた人間全員に聞こえていただろう。

 聞こえたといっても、すべてが聞こえたわけではない。

 しかし、いくつかの単語は明瞭に聞き取ることができた。

 それは、連合国軍、長崎、新型爆弾、である。



 軍人は門番にそれだけ伝えると、また慌てて車に乗り込み、行ってしまった。

 門番は先ほどの情報を直接小柳氏に伝えようと思ったのか、電話などは使用せず、官邸へと向かって走って行く。


 漏れ聞いたキーワードから私が連想したことは一つ、長崎への原爆投下だ。

 私の知っている歴史では、長崎に原爆が落とされたのは八月九日だった。

 もし、長崎にも原爆が投下されたのであれば、今日八月六日に広島、長崎の両方が攻撃を受けたことになる。


「長崎、新型爆弾、か。いよいよやばくなってきたな」

 深刻な顔で彩都が呟いた。

「長崎には造船所があったな。あそこにも落とされたんじゃあ、いよいよこの国もおしまいかな」

「いや、まだそうは断言できないだろう。はっきり聞き取れなかったわけだし」

 そう言いつつも、私はすでに確信していた。

 長崎に原爆が落とされたのだ。

 時代は大きく変わっていく。

 もう先は読めない。


 小柳氏と私のタイムトラベル、豊田のオーバーテクノロジー、それに誘発されたかのような、長崎原爆投下の早まり。

 すべては過去に介入したことによる激流のような変化の一端なのか、それとも仕組まれたことなのか。


 そのとき、首相官邸前に集まっていた人たちが騒然とした。

 小柳氏が官邸から出てきたのである。

 誰も伴わず、一人で出てきたようだ。

 小柳氏は門の外にいる我々に目を留めると、話し掛けてきた。

「君たちは今朝も会ったね。窓から見えたので、もしやと思って出て来てみたが、やっぱり君たちだったか」

 首相の言葉に、彩都は陽気に応える。

「あ、総理、こんにちは。お昼過ぎのラジオでご紹介にあずかりました、あなたと同郷の者です」

 小柳氏は我々の顔を順番に見つめ、一度俯いて何か考えた後、ゆっくりと顔を上げる。

「時代に憂慮を抱き、次代を担う若者よ。いきなりで悪いのだが、君たちに話がある。一緒に官舎に来てくれないか」

 小柳氏は決意を込めた眼差しでそう言った。

 私は彼の瞳に、追い詰められた切迫感と、得体の知れぬ危機感を覚えた。


 私たちは首相官邸のなか、執務室に招き入れられた。

 ドアの外にも内にも、門のところにいた軍人とは違う軍服を着た男が立っている。

 小柳氏はデスクの椅子に腰掛け、視線を窓の外に向けたまま言った。

「君たちに突然こんなことを言うのもなんだが……今日の午前十時頃、広島に米軍の新型爆弾が投下された。それは原子爆弾と言い、凄まじい威力の兵器だ。現在までの報告だけでも甚大な被害が出ている」

 初老の首相は目を細めた。

「一体どれほどの犠牲者を出せば気が済むんだ。この国も、アメリカも。科学の発展は称えるべきだが、こんなことが人として許されるのか。そして、あんたもあんただ。結果を見れば、何もできなかったのと同じじゃないか!」

 彩都は小柳氏を睨みながら、憤りを隠さずにそう言った。

 私には彩都がどうしてそこまで怒りを露わにしているのかわからない。

 彩都に声を掛けることはできず、代わりに小柳氏に先ほどの推測を述べる。

「そして午後、長崎に二つ目の原爆が落とされた。違いますか?」


 しばしの沈黙。

 小柳氏はゆっくりとこちらに向きながら、

「そうだ。私は何もできなかった。自分が無力だということを実感したよ」

 そして彼は私を見据えた。

「いや、それは変えられないと、はじめからわかっていたのだ。それは君たちだって同じだろう。同郷の者ならば、わかっていたはずだ。自戒していたつもりだったのだが、やはり希望は捨て切れていなかったな」

 彼は諦観したような、それでいて悔しそうな表情で語る。

「東條英機首相拝命の背景にもあった、天皇陛下の和平への想い。それも叶わず米国を含む連合国軍との戦闘が長期化してしまった今、無条件降伏ではなく少しでも我が国に有利な条件での戦争終結を望む声によって、私は首相に祀り上げられた。東條英機、木戸幸一が天皇陛下の支持も取り付け、小磯氏や鈴木氏が首相となることはなく、私が第四十一代内閣総理大臣となることとなった」

 彼は、小柳氏は何を言っているのだろうか。

 いや、言っていること、言わんとすることはわかる。

 私にはわかっている。

「内政に力を注ぎ、陸軍、海軍のパワーバランスを取ることに時間を割く一方で、米国とは秘密裏に交渉を続けてきたが……歴史をなぞるように、原子爆弾は投下された。日本はこのまま無条件降伏するに至るだろう。大局は変わらなかった」


 小柳氏は私の後ろに向かって目配せをした。

 突然、私は背後から羽交い締めにされた。

 ドアのところに立っていた兵士だろう。

 屈強な男だなと思っていたが、やはり力が強い。

 抗ってもまったく意味がない。

 彩都が静かに近づいてきた。

 私の上着の内ポケットを探る。

『キャラメルの箱』を取り出しながら、彩都は諦めたような口調で、呟くように言う。

「変えようと思っても無理さ。矛盾してしまうからね」

 小柳氏は羽交い締めにされた私を見ながら、目だけは優しく微笑んでいるように見える。

 彩都は『キャラメルの箱』を手に持ち、数歩下がる。

 私は強烈な力から解放された。

 彼は『キャラメルの箱』を一瞥し、次に私の目を見た。

「お前の仕事は終わったな。いい東京観光だったろ? といっても、大したところには行ってないけど」

 そう言って、彼は箱のボタンに指を掛け……


 To be continued……


今回のお話は、起承転結の転にあたるお話でした。

次回でこのお話は完結となります。

変わらず、明日の18時に投稿します。

読んでいただければありがたい限りです。

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