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エピローグ 変わらないもの

「変えようと思っても無理さ。矛盾してしまうからね」


 そう、その通りなのだ。

 動機の原点が過去にあるならば、どのような手段をもってしても、それ自体を変えることはできない。

 わかっていたことだ。

 誰もが知っている理だ。

 ならば、なぜ彼は過去へと向かわねばならなかったのか。



「お疲れさまでした。これでプログラムは終了です」

 装置の蓋が開く音と、白衣の男の愛想のない声が混ざる。

 ここははじめの研究室か。

「プログラム?」

 私は斜めに立っている装置から出ながら、白衣の男に訊いた。

「そう。新しく導入予定の危機予測プログラム。微細なことまで設定でき、あらゆる事態の予測が可能となる。この装置はそれをVRで体感し、主体がプログラムに直接働きかけることができるようにするもの」

「VR? ヴァーチャル・リアリティか」

 それがわかったところでどうにもならず、他については一向にわからない。

 私はこの装置で七十年前に行ったはずではなかったのか。

「あなたは今回、シミュレーション用の被験者として推薦されて来たのでしょう。お忘れですか?」

「いったい何のことだ?」

 まだ頭のなかに靄がかかっているような感じだ。

 プログラム? シミュレーション? 被験者?

 私の受けた指令は、調査任務はどうなったのだ。

「おやおや、困りましたね。まだ意識がはっきりしていないのかな。しかし、このプログラムにそこまで入り込めるとは、さすが被験者として推薦されるだけはある」


「報告はどうすればいい?」

「報告? テスト結果の報告なら、こちらでします。あなたはもう帰宅されて結構ですよ」

 白衣の男がまた愛想なく言った。



 危機予測プログラム、被験者……


 さっきまでのあれはすべて仮想現実世界の出来事だったのか。

 俄かには信じられない。

 あの街並みも、夜の酒場も、人工衛星も、小柳氏も、彩都も……

 彼の言う通り、すべてはあのような事態を想定し作られたプログラムが私に見せた、一瞬の夢のようなものだったのか。



 いや……


「まあ、終わったのなら帰るよ」

 私がそう言うと、装置を見つめていた白衣の科学者はこちらを向き、

「はい。お疲れさまでした。箱はお返しください」

 と言った。

 私は内ポケットから『キャラメルの箱』を取り出し、白衣の男に手渡した。

 研究室から出る間際、最後の質問をする。

「この装置とプログラムはどこが開発したんだ?」

「こんな物を作れるのは、トヨタインダストリーしかありませんよ」

 装置に目を向けつつ、白衣の男は答えた。

 私はその返答に頷いてから、実験室を後にした。



 私は自宅に戻った。

 散らかった室内。

 外出する前とまったく同じ状態である。

 しかし、それは錯覚だ。

 どんな物でも、時間の経過に伴って、目には見えないところで絶えず変化し続けている。

 変化しないものなどないのだ。


 白衣の男の言ったことは、私が装置に入る前後で、かなり食い違っている。

 私の考えが正しいのならば、彼の言葉の一つ一つの真偽よりも、食い違っている、という事実の方が重要なのだ。


 つまるところ、変化したのである。



 私は現代に戻ってすぐに、小柳氏について再調査してみた。

 すると、私が任務に就く前にはなかった経歴が多数見つかった。

 トヨタインダストリーと国営研究機関が共同開発した冷凍睡眠装置の安全性を、自身が実験体となることでアピールしたこと。

 政治家になりたての頃から、メガフロート開発計画を世界に先駆けて国の最重要プロジェクトとするべきだと声高に主張し、執念深く根回しを続けていたこと。

 他にも挙げればきりがないほどだ。



 これは推測でしかないが、小柳氏も私も、時空間転移の人体実験に使われたのだ。

 いや、小柳氏は立候補した可能性が高いか。

 小柳氏は過去に干渉が可能かどうか。

 私は過去と現代を任意に行き来することが可能かどうか。

 小柳氏がうまく米国と干渉し、日本への原爆投下が阻止できればいい、とは考えていたかもしれないが、原爆投下が過去干渉の動機になっている以上、改変できない事象であることは予測の範疇だ。

 これからも実験を繰り返していき、そうして確立した理論に基づいて、現代の技術力と人材を過去に送り込む。

 列島沈没までに打開策を打ち立てる技術力を養うことが目的だったということか。

 そういえば、工業の面では派手に活動していたが、軍需産業には介入していなかったように思える。

 戦争を日本に有利なかたちで終結させれば、現代においての日本の立場も大きく変わっていたかもしれないが、そういった面には見向きもしていなかったのかもしれない。

 禁欲的に、実現させたい目標に対してただただ実直に効率的に、最短距離を歩む。

 いつの時代も、技術者というのは求道者なのだろう。


 同じく小柳氏もそうなのだろう。無力感と悔恨を抱えながらも、自身の信念に基づき、理想へと向かって愚直に歩み続けようとしている。

 彼は、目的を見失わない。

 もしかすると、稀少ではるが、変わらないものもこの世にはあるのかもしれない。


 大半が根拠に欠ける推測だ。

 だが私は、この一連の出来事に関して、自分勝手に想像して、一人で納得しようと思う。

 今、この時点では真相はわからず、もしかするとこの先ずっと知ることができないかもしれないのだ。



 久しぶりにテレビをつけてみる。

 ちょうど小柳氏のインタビューが始まるところだ。

 テレビのなかの小柳氏は、以前テレビで見たときと、また、七十年前の首相官邸で会ったときと、まったく変わりないように見える。


「総理の推進していたメガフロート移住計画は順調に進んでいるようですね」

「はい。残念ながら、日本列島の沈下を留めることはできませんが、トヨタインダストリーをはじめとする民間企業グループと国の対等かつ全面協力態勢により、全国を十三エリアに分けたメガフロート移住計画は当初の予定を超えるペースで進行してます。経済的打撃、その後の影響の予測は未だ確実とは言えません。ですが、全国民の生命の保障の目途が立ち、正直、胸をなで下ろしているところです」


「総理はまた新たに一期勤め上げることになったわけですが、今期の抱負をお願いします」

「私は最近まで長く眠っていたので、今期は改革に乗り出すつもりです」

「先日の冷凍睡眠実験のことを仰っているのですね。それとも、今期は眠れる獅子が起きる、より精力的に動かれるということでしょうか?」

「はは、そうですね」


 小柳氏が被験者となり、冷凍睡眠実験が行われたのは最近の出来事だ。

 だが、実際は七十年前に既に装置を準備しており、現代へ戻って来たのではないか。

 そう、小柳氏の過去への時間旅行は片道切符だったのではないかと、私は考えている。



「靖国参拝はまだ続けられるおつもりですか?」

「はい、こちらの件につきましては、外交問題との絡みもありますが、何度も申し上げている通り、靖国神社参拝は私個人の問題として、今後も続けていくつもりです」


 あの時代にいながらにして何もできなかった、己のなかの罪悪感がそうさせるのだろうか。



 記者会見はなおも続く。

 小柳氏はインタビュアーの質問の一つ一つに、丁寧に答えていく。

 私はその光景をただただ見続けている。


 私と小柳氏は紛れもなくあの時代にいたはずなのだ。

 しかし、こうしていると、首相官邸で彼と話した記憶さえも、ただの妄想なのではないかと思えてくる。


 今回の件で最後に一つだけ気になっていることは、あの変わった男のことだ。



「プライベートの方は最近どうですか?」

「プライベートですか。困ったな。……そうそう、この間、一番下の息子が十歳になりましてね」

「それはおめでとうございます。健やかに育っていってほしいものですね」

「はい、それについては安心していますよ。彩都には将来、良い友人ができるみたいですし」



 Fin.

はじめから結びまで読んでいただいた読者様、今回だけだけど読んでみたよという読者様、誠にありがとうございます。

今回で、この名無しの一人称さんのお話は完結となります。

私が本当に見た夢が元ネタになっているので、主人公の心理描写を極力しないように、淡々とした調子で話を進めました。

だからというか、単に私の知識や文章力が足りないせいで、膨らまなかったですね。

全然、スパイっぽくないし、当時の東京の雰囲気とかほとんど描いてないし。

話の長さ的には、七話分を全部繋げて一つの短編としてもいいくらいの長さですし。

力足らずです。いや、お恥ずかしい。


ちなみに、私が見た夢はというと、当時の首相だった〇泉氏が原爆投下阻止のためにタイムトラベルしたこと、追っかけて私も過去に行くこと、人工衛星が二基墜落したらしい話を聞いたこと、それにびびった米軍が一気に原爆を二個投下しちゃったこと、現代に戻った私がテレビをつけると小〇氏がなぜか厚生労働大臣になってる(!)、というものでした。


さて、今後はまったく毛色の違うお話を書いていく予定です。

プロットは出来つつありますので、もう少し煮詰めてから書き溜めるのみ。

また、目に留めていただけることがあれば、嬉しく思います。

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