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人工衛星

 小柳氏はこの時代にどういった関わり方をしているのだろう。かなり積極的に関わっているのではないだろうか。豊田がこれほどのオーバーテクノロジーを誇っているのは、小柳氏のタイムトラベルによる歴史の歪みが直接的な理由ではないのではないか。根拠はないが、私は直感的にそう感じた。


「いろいろ質問ばかりして悪いんだが、その十年前に会った男とはどういう会話をしたんだ?」

 私は意識して素っ気なく質問する。

「あんたって結構、口数多いんだな。無口そうに見えるんだけど」

 男が私を一瞥する。

「ああ、よくそう誤解される」

 私は自嘲気味に微笑んだ。

 それが可笑しかったのか、男も微笑みながら答える。

「そいつと話したことはあまり覚えてないな。覚えてんのは、その当時の俺の服装や家について、“ああこんなものか”って言われたことかな。俺はそいつの態度に腹が立って、ずっと忘れられなくて……それからがんばって家を建て変えたし、豊田の新車を買ったんだ。俺も負けず嫌いなほうではあるんだけど、あいつは特に気に入らなかったんだよな」

 私の真似なのか、自然になのか、男の微笑が自嘲気味になる。


「よくこんな良い車が買えるな。いや、皮肉を言っているわけではないよ。戦争が長期化して、今はどんな職種も厳しいのでは?」

 私は外の景色を一時眺めてから質問した。

 現在、車が走っている道の周辺には、民家がまばらに建っている。

「そうみたいだな。まあうちはここらへんの農地のほとんどを持っているからな。親父は俺が十代の頃に逝ってしまったから、つまりこの辺りの土地は全部俺のもんだ。それにここまでは戦禍も及んでないから作高も上々さ」

 男は当然のことのように答える。

「豪農ってやつか」

「あんた硬い表現するよね」

 男は楽しそうだが、私は少なからず複雑な心境になった。七十年も昔の人間にそんなことを言われたくはない。


 無言の時を少し置いて、運転手の男が喋り始めた。

「で、まあ、そいつに言われたことが悔しくて、俺はこんなにかっこいい車を買ったわけだ。山道も走らなきゃいけないから大排気量の重い車は買えないけどな。四駆もいいけど、やっぱりこいつの官能的なボディが最高だな。豊田はこの十年で、この車以外にもなかなか良い線いってる車を作ってるよ。なんかさ、コツを掴んだんだろうな」

 めざましい進歩を遂げたということか。やはり小柳氏が関わっているのだろうか。それとも豊田の発展は小柳氏の件とは関係ないのか。

 考えてもわからないことは保留しておこう。


「豊田の技術力はそんなにすごいのか?」

 男は得意げな表情で答える。

「そりゃすごいなんてもんじゃないよ。何度も言うけど、あんた本当に何も知らないんだな。自動車産業だけじゃなく、もうありとあらゆる事業に手を出してるんだ。そのどれもが成功してる。最近じゃ、どうやら宇宙産業っていうのも始めたらしい」

 宇宙産業だと、と私は心のなかで叫んでいた。驚愕の事実だ。

 このまま時代が進めばどうなってしまうのだろう。


 平静を装い、私は淡々と質問する。

「聞き慣れない言葉だな。宇宙産業というのは具体的にどういうことをやるんだ?」

「極秘事項らしいんだけどな、人工衛星とかいうのを打ち上げるんだと。“戦況がわが国にとって有利になる”って聞いたよ。たぶん政府からも金が出てるんだろうな」

 なぜか極秘事項を知っている男は平然と答える。


 男の話したことが事実だとすると、歴史の変化はもう修正不可能な段階に達していると言える。私の仕事が歴史の修正でなくて良かった。私は見聞きしたことを報告するだけでいい。


 豊田の技術力のめざましい進歩の裏には、確実に私と同じ時代、もしくはより科学技術が発達した時代から来た者の介入があるのだろう。そしてその者(またはその者たち)は宇宙開発分野の方が専門なのではないだろうか。自動車産業の発達は、宇宙開発分野の躍進の副産物に過ぎないのではないか。


 ともあれ、この車を見ていてもわかってくるのだが、技術のバランスが悪い。急激な技術力の進歩についていけていない側面がある。

 この点から考えられることは、その介入者は少数であるということだ。少数であれば、残りの必要な人手はこの時代で探さなければならない。おそらく、介入者をサポートする役を負っている、この時代の技術者たちが足を引っ張っているのだろう。

 どのみち、事実との整合性を判断できない時点では、どういった結論に至っても単なる推測である。


 車はひたすら走り続ける。

 民家の数も増えてきた。

「どうかしたかい、急に黙りこくって。あんたってちょっと掴みどころがないよな。って、なんだあれ」

 男がフロントガラスの上から三分の一ぐらいのところを指差す。

 私はすぐに反応し、フロントガラス越しに空を見上げる。


 かなりの距離があるため、その大きさは推し量れないが、そこには黒い物体が静止しているように浮いていた。


 運転手の男が言う。

「噂をすればってな。あれが人工衛星ってやつかい」

「いやしかし、人工衛星というのは地球の衛星軌道上にあるものだよ。あれはバルーン、気球か何かじゃないか。敵方の空軍に対するデコイかもしれない。いや、それなら一つしか浮いてないってことはないだろう」

 私の言葉は途中から自問自答していた。

「いやー、そうなのか? あんなの今まで見たことないぞ。絶対、人工衛星ってやつだって」

 男は前方を気にしながらも、ひっきりなしに空を見上げている。


 ここで議論しても仕方がない。私はしばらく観察することにした。

 しかし、すぐにその物体が接近してきていることに気が付いた。

「あの物体、近付いてきてないか?」

 男が答える。

「あれ? やっぱり? なんとなくそうかなとは思ってたけど」

「のんきな話をしている余裕はない。かなりのスピードだ。それに空気を裂く音も聞こえてきた。このまま接近してきた場合、どう避ける?」

「こいつと俺ならかわせるさ」

 悠長に男が答える。こいつというのはこの車のことだろう。


 人工衛星らしき物はみるみるうちに接近してくる。そして辺りに響く轟音。

 それほど大きなものではないが、それでも縦横十五メートルほどはあるだろう。

 まさしくSFといった大きな羽のようなものが、上部から二本生えている。出来の悪い鳥が羽を広げたまま滑降してくるようだ。


 どうやらこれは直撃コースだろう。



 To be continued…

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