第三十四話
いずれ…、分かるのかも知れないな。今だけは少なくとも一緒にいないと。これから訪れるであろう苦難に、一体誰が手を差し伸べてくれるのだろうか?俺だけだ。
あのバスルームか…。俺の生地、俺を必要としてくれた場所。俺を生んでくれた自分が、バスタブに寝ている。
まるで悲痛の叫びの形相で、タイル張りの床は一面血だらけ。なんともむごたらしい紅海の中に、自分の後悔をぶちまけている。切った手首に痛みは感じない。ただ生熱いだけ…。それ以上に心が痛い。痛くて痛くて、自分を掻き毟っても掻き毟っても、全然泣けない。可愛そうだ。何も無し得ることもなく、ただ大きな大きな大人の社会の歯車に押しつぶされた。
今年は十九歳の夏…。お先真っ暗の多感な時期。結局、自分の人生なんてひとつも良いことなんかなかった。大人になった気分でいただけ。でも子供のまま。それがムカついてしょうがない。なんで誰も自分の事を分かってくれないんだ。
自分は早く成長したいんだ。だってみんなバカにするんだ。自分には分かる訳がないとはなから決め付けて、お前の考えていることは屁理屈で薄っぺらいって言うんだ。どうしてなんだ?どうして世の中は白黒はっきりさせようとするんだ。
なんでストレートな気持ちを出しちゃいけないんだ?なんでいつも否定されなきゃいけないんだ?最後にはお前は若いから何も知らないんだって言われる。どうして誰も自分の味方になってくれないんだ?
ずっと、ずっと誰もかれも味方のふりをして、何一つ自分の内面を見てくれはしれないんだ。笑っている自分しか認めてくれない。素直で言うことをきく分かりやすい自分でなければ、色を変えてくる。だから合わせなくちゃいけなかった。他人にも、恋人にも、親にも、親友にも、会社にも、社会にも。なのに誰も少しも自分に合わせてくれない。どうして?どうしてなんだ?
でも、もういいんだ。自分はもう少ししたら死んでしまう。だからざまぁみろだ!みんな自分が死んでショックを受けてしまえ!葬式で泣いてしまえ!みんながみんな後悔するんだ!だからこれが最後の復讐なんだ!これが自分からの最後の抵抗なんだ!
目が覚めると、俺はまぶしい光を感じた。真夜中だというのにバスルームの白熱灯が全体を照らしている。バスタブには左手首から血を流しながら寝ている自分がいる。
こいつは本当に死にたいと願っているのだろうか?こんな軽い傷じゃ、死ねやしないのに…。悲劇だろうが喜劇だろうがヒーローになりたいんだろう。
分かった、俺がこいつを守ってやろう。しかし約束だ。いつか俺が望んでいることを果たせよ。それまでは何があろうともお前だけは守ってやる。まずはこのままじゃまずいと思ってもわらなきゃ困るんだが、どうしたもんだろうか?こいつは風呂で寝るのが好きなんだっけか?とりあえず起こしてみるか?
“おい、このままじゃまずいぞ…。”
自分に誰かが語り掛けてきた。誰だろう?その瞬間に目が覚めた。バスタブの中まで血だらけだ!まずい!
自分は即座にバスタブから出て、タオルで左手首をぐるぐるまいた。
続く




