6.
二人の世界で朝のお茶を楽しんでいたミウとレオンの視線の先では、相変わらず庭の茂みとオークの木の上で泥沼ののぞき見合戦が続いていた。飽きもせずよくやるものだと、ミウは半ば感心すらしてしまう。しかし、さすがに毎日見られながら過ごすというのも少々癪に障るようになってきたのも事実だった。
「ねえ、レオン。あの子たち、さっきからずっとあそこにいるけれど、朝ごはんは食べたのかしら」
「……いや。食べていないだろうな」
レオンはそう短く答えると、フォークを静かにテーブルへ置いた。その金の瞳が、じろりと庭の獲物たちへ向けられる。顔は相変わらず冷徹な鉄仮面だが、頭の上の黒い豹耳が、怒りで不機嫌そうにピクピクと小刻みに震えていた。
せっかくミウが自分のために焼いてくれたキッシュを、これ以上ないほど甘い時間の中で堪能していたのだ。それを、あの不届き者どもに邪魔されているのだ。ミウだけでなくレオンの内心の怒りも静かに限界を迎えていた。
そこへ、良いことを考えたとばかりにニヤニヤとミウが声を潜めて耳打ちしてくる。
「レオン、お仕置きしちゃう?」
「……(コクン)」
ミウが面白そうに提案すると、レオンは深く頷き、無言で席を立った。
「おい、黒豹。若騎士が動いたぞ」
「チッ、白狐の術士め、ウチの若をジロジロ見るな」
木の上と茂みで、お互いに牽制し合っていた両家の部下たちが身構えた、次の瞬間だった。
地面を蹴る音すらなく、レオンの巨体がオークの木の真下へと影のように滑り込んだ。
レオンは無言のまま、丸太のような太い腕を容赦なく突き出し、オークの幹をドンと凄まじい力で殴りつけた。その衝撃で、大木が激しく悲鳴を上げて大きく揺れる。
「うわあああ」
たまらず木の上からボトっと白狐術士のファイが落ちてくる。レオンは彼の襟首を、まるで仔猫を拾い上げるように掴み取る。
「ひっ、死神黒豹……」
怯えるファイを掴んだまま、レオンは今度は茂みへと視線を向けた。
地に響く低い唸り声を一つ漏らすと、レオンはお尻の後ろの長い黒尾を、ムチのようにしなやかに一閃させた。ビキィッという空気を引き裂く音がして、茂みが一瞬で丸裸に刈り取られる。
「ギブ、ギブです若。申し訳ありませんでした」
双眼鏡を抱えたまま、部下のロブが頭を抱えて地面に平伏した。
レオンは、捕まえたファイをロブの近くの地面に放り投げると、敵味方関係なく覗き見していた二人を冷酷な金の瞳で見下ろした。その凄まじい威圧感に、二人は一瞬で完全に蛇に睨まれた蛙状態になる。
レオンは低く重い声を放った。
「……ミウの、邪魔をするな。次はない」
短い言葉の裏にある、あまりにも重すぎる本気の殺気に二人は揃って直立不動になった。
しかし、そんな恐怖の空間を、いつの間にかテラスから降りてトコトコと歩いてきたミウの軽い足音が和らげる。
「はいはい、そこまでよ。二人とも、朝からお疲れ様。これ、お腹空いてるでしょう?」
ミウが差し出したのは、大きなお盆に乗った、ほかほかの焼き立てスコーンだった。
、奥方からのあまりにも優しく美味しそうなおもてなしに、ごくりと唾を飲み込む。
「ミ、ミウ様……これは毒など……」
「いやぁね。入ってないわよ。レオンがね、みんなの分もって、朝からたくさん小麦粉を捏ねてくれたの。不器用だけど、優しい旦那様でしょう?」
その言葉に、覗き魔たちは一斉にレオンを見た。
若き黒豹の分隊長は、腕を組んで、地獄の番人のような怖い顔でフイッと顔を背けていた。しかし、その黒い耳の裏がやっぱり真っ赤になっており、何より、彼の長い尻尾が、ミウの後ろをそおっと、護衛するように嬉しそうに左右にゆらゆらと揺れている。
「……若、ツンデレが過ぎる……」
「ミウ様、やっぱり完全にあいつを飼い慣らしていらっしゃる……」
覗き魔たちはスコーンをモグモグと頬張りながら、この最強の年下黒豹をすんなりと手懐ける年上白狐の凄さに、改めて脱帽するのだった。




