5.
あの大騒動の和睦会談から一週間。
両家の年長者たちが「まだ結婚と決まったわけではない」「あくまで『番』としての共同生活、つまり暫定的な婚約期間だ」と往生際悪く叫ぶ声を、ミウは「はいはい、そうですねー」と右から左へ受け流した。
結果として、領地境の境界線に建つレオンの私邸で、二人の同棲生活が正式に幕を開けることになった。
――とはいえ。
「ねえ、レオン。あそこにいるの、あなたの部下のロブよね」
「……(コクン)」
新居のテラスで朝のお茶を楽しんでいたミウが指差した先。庭の茂みから、黒豹族の若い警備兵が、目を血走らせて双眼鏡でのぞき見していた。
さらに視線を上げると、今度は庭の立派なオークの木の上から、白狐族の若い術士がカモフラージュの緑のマントを羽織って、ギチギチと歯噛みしながらこちらを睨んでいる。
同棲生活の監視という名目で、両家のやんちゃな連中が、新居の周りで勝手に隠密合戦を繰り広げているのだ。
「朝からご苦労なことね。はい、レオン。あーん」
「……む」
ミウがフォークで刺した焼き立てのキッシュを差し出すと、レオンは一瞬だけ金の瞳を泳がせた。
顔は相変わらず、戦場に向かう騎士のような険しい無表情だが、ミウがじっと見つめていると、意を決したように大きな口を開けて、ぱくりとキッシュを咥え込んだ。
サクサク、と静かに咀嚼する。
その瞬間、レオンの頭の上の黒い耳が、嬉しさのあまりピコピコと交互に跳ねた。お尻の後ろの尻尾も、テラスの床をトントン、トントンとリズミカルに叩いている。
その様子を隠れて見ていた、木の上の白狐族と、茂みの黒豹族が、同時に頭を抱えて声を殺して心で絶叫した。
((あーーー。若/ミウ様が、朝からとんでもないバカップル空間を形成していらっしゃる……))
外のガサガサという騒音を無視して、ミウはくすくすと笑った。
「美味しい? 今日は私が焼いてみたの」
「……美味い」
「よかった。レオンはいつも美味しいお肉を焼いてくれるから、私もお返ししたくて。年上の奥さんから日頃の感謝よ」
奥さんというワードが、歳若い黒豹の脳天を直撃した。
レオンは手に持っていたフォークをギチィ……と握りつぶしそうになり、慌ててテーブルに置いた。顔は冷徹な鉄仮面のままだが、黒い毛並みに覆われた耳の裏が、真っ赤を通り越して今にも爆発しそうなほど熱くなっている。しかし、嬉しいだけではとどまらなかった。
「……ずるい」
「ずるい?何のこと?」
「……年上、アピール」
レオンはフイッと不機嫌そうに顔を背けた。そうは言いつつも、やはり嬉しいものは嬉しいらしく、大きな身体の後ろでは、いつもの如く長い尻尾がビチビチビチビチと、まるで水揚げされた魚のように激しく床を叩きつけている。言葉とは裏腹に、嬉しくて心臓のバックバクが止まらないのが丸分かりだった。
(もう…全く…体は素直なんだから)
「ふふ、可愛い。もっとお代わりあるのよ」
ミウがふくふくと笑いながら彼の手を握りまた彼の口元へキッシュを楽しそうに差し出した。




