3.
翌朝、レオンの私邸の前は、早朝からただならぬ怒号に包まれていた。
白狐族の年長者や術士たちが、魔術杖を振り回しながら押し寄せていた。娘が拉致されたと聞いて、夜通し駆けてきたのだろう。
「うちの大事なミウをどこへやった。今すぐお返し一等賞。さもなくば迷いの森の川を干上がらせて魚をすべて狩りとってやるからな」
「ちょっと長老、一等賞って何ですか。緊迫感が削げるから変な言葉ぶっ込まないでくださいよ」
「だってゴロがいいじゃん」
(いや、そこまでゴロよくないけど?)とは白狐族の誰も口にはできなかった。
迎え撃つ黒豹族の警備兵たちも「なんだと、狐の癖に生意気な」と剣をガチガチと鳴らし、一触即発のメンチ切り合戦が始まっている。
その騒ぎの張本人であるレオンは、邸の広いバルコニーの前に立ち、腕を組んでいつも通りの鉄仮面で大衆を見下ろしていた。
そこへ、白狐族の族長であるミウの父親が息を荒くして最前線に飛び出してくる。
「おい、そこの若造。ミウになにをした。泣かせたらただじゃ……」
「お父様、朝から元気ねえ」
ピリリと緊迫した空気を引き裂くような、あまりにも緊張感のない声が響いた。
その声に族長である父が魔法で上まで舞い上がる。すると、レオンのすぐ後ろ、バルコニーに置かれた豪勢な長椅子に、これ以上ないほどくつろいだ様子のミウが座っているではないか。
ミウは上質なシルクのナイトウェアをまとい、ふわふわの白い尻尾をパタパタとご機嫌に揺らしている。その手には、湯気を立てる淹れたてのココアがあった。
「ミ、ミウ……。お前、傷は……服がボロボロにされて監禁されているのでは」
「まさか。お部屋は広いし、ベッドはふかふかだし。さっきもね、レオンが焼いてくれたベリーのパンケーキを食べたところよ。とっても美味しかったわ」
「レッ…レオンだと?!」
ミウがふふっと笑うと、変わらず憮然と立つレオンの黒い耳がピクッと跳ねた。顔は相変わらず冷酷無比の死神そのものの強面だが、お尻の後ろの長い尻尾が、バルコニーの石柵をトントントントンと嬉しそうに小突いている。
白狐族の民たちは、あまりの光景に全員が口をアングリと開けた。
拉致監禁されて怯えているはずの娘は、王族のような至れり尽くせりのVIP待遇を受け、あろうことか敵の若き分隊長騎士をレオンと呼び捨てにして完全に手懐けている。
「……ミウ様、もしかして、そこの黒豹に騙されているのですか」
「ううん、騙されてないわよ。ほら、これ」
ミウが長椅子から立ち上がり、バルコニーの柵から身を乗り出して、手の甲を皆にもよく見えるように差し出した。そこには、朝日に照らされて美しくきらめく番の紋章が刻まれている。
同時に、レオンも無言で自身の大きな手を差し出した。そこにも、全く同じ対になる紋章が並んでいた。
「つ、番だ……」
誰ともなく声が溢れた。
せつな森に、白狐族と黒豹族の全員の驚愕の声が木霊した。
族長がガタガタと震えながらレオンを指差して。
「お、おのれ……。番だからって、うちの娘をそう簡単にやるわけにいかんぞ。年下の若造のくせに」
年下、というワードに、レオンの眉間がピキッと険しくなった。黒い豹耳が真横に寝る。レオンは一歩前に出ると、轟くような低い声で、必要最低限の言葉を鋭く放った。
「――大事にする。文句はあるか」
凄まじい威圧感。しかし、ミウの位置からは、レオンの後ろで「早くお父上を宥めてくれ」とばかりに、尻尾がすがるように左右に心もとなく揺れているのが見えていた。何ともかわいい旦那様(仮)だ。
「ふふ。そういうわけだからお父様、今度から黒豹の民とも仲良くしてね」
ミウがクスクスと笑いながらココアを口に運ぶ横で、若き黒豹の旦那様は、大真面目な顔のまま、心臓をばくつかせているのだった。
一等賞…本当に意味がわかりませんよね…。
すみません。運動会の時期だなぁって考えてたら一等賞が出てきて頭から離れなくなってぶっ込んでしまいました…。すみません。
久しく聞かないなぁ。




