第六話 まだ誰も知らない路線
朝。
まだ太陽が高く昇りきっていない時間。
舞洲本線、朝凪駅。
普段なら通勤や通学の利用者が行き交う駅も、この日はいつもとは違う空気に包まれていた。
ホームの一部には関係者の姿が集まり、駅員たちが普段以上に忙しく動いている。
駅の案内表示には、通常の列車とは異なる表示が映し出されていた。
特別列車 Prologue Express
その文字を見上げた駅員が、小さく息を吐いた。
『いよいよですね。』
『そうですね。』
隣にいた別の駅員が答える。
朝凪駅の先。
舞洲本線から分岐する一本の線路。
その先には、まだ営業を開始していないフロンティアが続いている。
完成したばかりの駅。
誰も利用したことのないホーム。
そして、まだ乗客を乗せた営業列車が一度も走ったことのない線路。
今日、その場所を初めて特別な列車が走る。
――Prologue Express。
⸻
舞洲鉄道運転司令室。
司令長はいつもより早く司令室へ入った。
『おはようございます。』
『おはようございます、司令長。』
すでに多くの司令員が席についている。
大型モニターには、通常の舞洲本線の運行状況に加えて、フロンティアの路線図が表示されていた。
『現在の状況は?』
『舞洲本線、その他の路線ともに平常運転です。』
『朝凪駅は?』
『関係者の準備も完了しています。』
司令長は時計を見る。
Prologue Expressの出発まで、あと一時間。
『車両は?』
『車庫を出発し、朝凪駅へ向かっています。』
モニター上に、一つの列車表示が現れた。
PE-01 Prologue Express
これまで何度も資料の中で見てきた名前。
しかし今、その列車は実際に動いている。
司令長は画面を見つめた。
『ついに走り始めましたね。』
『まだフロンティアには入っていませんけどね。』
司令員が笑う。
『それでも、もう戻れません。』
司令長も少し笑った。
⸻
朝凪駅。
遠くから列車が近づいてくる音が聞こえてきた。
『まもなく、特別列車が到着します。』
駅員の声がホームに響く。
関係者たちが線路の方向を見る。
そして。
一編成の列車がゆっくりとホームへ入線してきた。
車体には、普段の営業列車にはない装飾。
側面には大きく、
PROLOGUE EXPRESS
の文字が描かれている。
列車が停止すると、ホームには小さな拍手が起こった。
『これが……。』
『Prologue Express。』
朝凪駅に、初めてその姿を現した。
運転士と車掌が乗務員室から降り、関係者と最終確認を行う。
『ブレーキ系統、問題ありません。』
『信号設備も正常です。』
『車内設備、確認完了。』
一つずつ報告が続く。
駅の時計を見る。
出発時刻が近づいていた。
司令室。
『司令長、Prologue Express、朝凪駅に到着しました。』
『了解。』
『出発まで五分です。』
司令長はモニターを見る。
朝凪駅から先。
そこには一本の分岐がある。
右へ進めば、これまでと同じ舞洲本線。
そしてもう一方は――フロンティア。
『ポイントの状態は?』
『確認完了。フロンティア方面へ開通しています。』
『信号は?』
『問題ありません。』
すべての準備が整った。
しかし司令室には、いつもとは違う緊張感があった。
一本の列車を走らせる。
普段なら、それほど特別なことではない。
しかし今回は違う。
これから列車が進む先は、新しく作られた路線。
まだ営業運転が始まっていない。
まだ誰も知らない線路。
『司令長。』
『はい。』
『発車時刻です。』
時計の針が、定刻を指した。
司令長は一度深く息を吸う。
そして、マイクを手に取った。
『Prologue Express、朝凪駅からフロンティア方面へ進行許可。』
『了解。』
運転士から返答が届く。
数秒後。
列車がゆっくりと動き始めた。
ホームにいた関係者たちが、その姿を見送る。
そして列車は、朝凪駅を出発した。
⸻
運転席。
運転士の目の前に、一本の線路が伸びている。
その先にあるのは、フロンティア。
これまで何度も運転訓練を行ってきた。
しかし、こうして正式な特別列車として走るのは今日が初めてだった。
速度をゆっくりと上げる。
そして。
前方に分岐点が見えてきた。
左側には、これまで多くの列車が走ってきた舞洲本線。
右側には、新しく敷かれたフロンティアへの線路。
運転士は前方を見つめる。
そして列車はポイントを通過した。
ガタン、という音とともに、車体がわずかに揺れる。
その瞬間。
Prologue Expressは、フロンティアへ入った。
司令室。
『Prologue Express、フロンティアへ進入しました。』
報告が入る。
司令長はモニターを見る。
列車表示が、朝凪駅から新しい路線へ移動していく。
『……入りましたね。』
『はい。』
司令員が答える。
『これが、フロンティアを走る最初の列車です。』
司令長はしばらく何も言わなかった。
モニターの上では、一本の列車がゆっくりと新しい線路を進んでいる。
これまで地図の上にしか存在しなかった路線。
何度も会議で名前が出た。
何枚もの資料を確認した。
そして今日。
ようやく列車が走っている。
『不思議ですね。』
司令長が呟く。
『何がですか?』
『数ヶ月前まで、ここには何もなかったんですよね。』
『そうですね。』
『それが今は、こうして列車が走っている。』
司令員もモニターを見る。
『鉄道って、すごいですね。』
司令長は小さく笑った。
『本当に。』
⸻
Prologue Expressは順調に走行を続けていた。
車窓の外には、これまで舞洲本線から見ることのできなかった景色が広がっている。
まだ新しい建物。
整備途中の道路。
そして遠くには海。
列車は新しく作られた高架区間へ入った。
そこからは、舞洲の街並みを一望することができた。
車内にいた関係者たちが窓の外を見る。
『きれいですね。』
『フロンティアからしか見られない景色です。』
『開業したら、この景色を見るために乗る人もいるかもしれませんね。』
誰かがそう言った。
Prologue Expressは、一定の速度で新しい線路を進んでいく。
しかし、司令室では気を抜くことはできない。
『次の信号、確認。』
『問題ありません。』
『速度、正常。』
『駅設備も異常なし。』
列車が進むたびに、一つずつ確認が行われる。
Prologue Expressは記念列車であると同時に、開業前の最終確認を担う列車でもあった。
そして。
『司令長。』
『はい?』
『まもなく、最初の駅に到着します。』
司令長はモニターを見る。
フロンティアの最初の駅。
まだ利用者はいない。
ホームには関係者だけが待っている。
『到着を確認します。』
『了解。』
列車はゆっくりと速度を落とした。
新しいホームが近づいてくる。
そして。
Prologue Expressは、静かに駅へ滑り込んだ。
『到着しました。』
司令室に報告が入る。
司令長は時計を見る。
定刻通りだった。
『よし。』
思わず小さく声が出る。
しかし、まだ終わりではない。
フロンティアには、さらにその先がある。
まだ見ぬ駅。
まだ見ぬ景色。
そして、まだ誰も知らない未来。
Prologue Expressは再びドアを閉めた。
発車ベルが鳴る。
ゆっくりと列車が動き始める。
朝凪駅から始まった、新しい路線への最初の旅。
それはまだ、序章に過ぎない。
列車の側面に描かれた文字が、朝の光を受けて輝いていた。
PROLOGUE EXPRESS
その列車が走る先には、フロンティアの未来が続いている。
そして舞洲鉄道もまた、新しい時代へ向かって走り始めていた。
第6話を読んでいただき、ありがとうございました!
今回は、ついに「Prologue Express」が朝凪駅を出発し、フロンティアへと初めて足を踏み入れました。
これまで計画や会議の中でしか登場していなかったフロンティアですが、今回ようやく実際に列車が走り始めました!
舞洲本線から分岐し、まだ営業運転が始まっていない新しい線路へ進んでいく場面は、今回の中でも特に書いていて楽しかったところです。
そして「Prologue Express」は、ただの記念列車ではありません。
フロンティア開業前の最終確認という、大切な役割も担っています。
果たして、この初走行は最後まで順調に進むのでしょうか。
そして、Prologue Expressが走った先に待っているものとは――。
今回は2995文字となりました!
Season 2も気がつけば第6話。
まだまだフロンティアの物語は始まったばかりです。
次回もぜひお楽しみに!
それでは、第7話でお会いしましょう!




