第五話 Prologue Express
朝。
舞洲本線を走る列車の車窓から、穏やかな海が見えていた。
朝の光を受けた海面は静かに輝いている。
列車は一定の速度を保ちながら、次の駅へ向かっていた。
車内には通勤や通学で利用する乗客の姿がある。
いつもと変わらない、舞洲鉄道の朝。
しかし、その先にある駅では、いつもとは少し違う準備が始まっていた。
『まもなく、朝凪、朝凪です。』
車内放送が流れる。
列車がゆっくりと速度を落とす。
そして、ホームへ入線した。
朝凪駅。
舞洲本線の中でも比較的落ち着いた雰囲気を持つ駅だ。
これまで物語の中では登場することのなかった駅だが、舞洲鉄道にとっては以前から存在する重要な駅の一つだった。
駅の周辺には住宅地が広がり、その向こうには海が見える。
そして、この駅にはもう一つの特徴がある。
駅を出た先。
舞洲本線の線路から、一本の線路が分かれるための準備が進められていた。
まだ営業列車は走っていない。
その線路の先にあるのが――。
フロンティア。
舞洲鉄道の新たな路線だった。
⸻
同じ頃。
舞洲鉄道運転司令室。
司令長はモニターに映る朝凪駅周辺の表示を見ていた。
『朝凪駅、上り列車、定刻で到着しました。』
『了解。』
『下り列車は二分後に到着予定です。』
『了解。』
司令長はいつものように列車の位置を確認する。
しかし、今日はいつもと違う画面が一つあった。
フロンティアの運行計画画面だ。
まだ列車の表示はない。
営業開始前なのだから当然だ。
それでも、その空白の画面を見ると、これから何かが始まろうとしていることを感じる。
『司令長。』
隣の司令員が声をかけた。
『はい?』
『今日の会議、例の列車についてですよね?』
『そうです。』
『Prologue Express。』
司令長は頷いた。
『開業記念列車ですね。』
数日前。
フロンティアの開業に向けた運行計画を話し合っていた際、ある列車の計画が持ち上がった。
フロンティア開業を記念する特別列車。
その名前は――。
Prologue Express。
「Prologue」。
それは、物語などの「序章」を意味する言葉だ。
新しい路線の始まりを告げる列車として、この名前が採用された。
『でも、どうしてわざわざ英語なんでしょうね?』
司令員が尋ねる。
『さあ……。』
司令長は少し笑った。
『ただ、意味を聞けば納得できますよ。』
『新しい路線の序章、ですか。』
『そうです。』
司令長はフロンティアの路線図を見る。
『この路線は、舞洲鉄道にとって新しい一歩になりますから。』
午前。
関係者によるPrologue Expressの運行計画会議が始まった。
会議室のスクリーンには、朝凪駅からフロンティアへ分岐する路線が表示されている。
『まず、運転区間について説明します。』
担当者が話し始める。
『Prologue Expressは、舞洲本線の朝凪駅を始発駅とし、フロンティアを走行します。』
スクリーン上で、朝凪駅から線路が分岐していく。
『開業前のフロンティアを実際に走行する、最初の列車となります。』
会議室から小さなどよめきが起こった。
『最初の列車……。』
司令長が呟く。
『はい。』
担当者は続ける。
『そのため、単なる記念列車ではありません。』
『というと?』
『開業前の最終確認も兼ねています。』
司令長が資料を見る。
『なるほど。』
列車を走らせながら、線路設備、信号、駅設備などを確認する。
つまり、Prologue Expressは記念の意味だけではない。
フロンティアを安全に開業させるための、重要な役割を持った列車なのだ。
『運転士は誰が担当するんですか?』
『現在、候補者を選定しています。』
『乗務員も?』
『はい。』
『車両は?』
別の担当者が答える。
『既存車両を使用する予定です。ただし、特別仕様に変更する計画があります。』
『特別仕様?』
『記念列車ですから、通常の営業列車とは少し違う装飾を施します。』
司令長は興味深そうに資料を見る。
そこには車両のイメージ図が載っていた。
車体には、フロンティアのロゴ。
そして側面には、
PROLOGUE EXPRESS
という文字が入る予定だった。
『これは……かなり目立ちますね。』
『開業記念ですから。』
会議室に笑いが起こった。
しかし、次の瞬間。
担当者が別の資料を表示した。
『ただし、問題があります。』
空気が変わる。
『問題?』
『Prologue Expressの運転時刻です。』
スクリーンに時刻表が表示される。
朝凪駅。
フロンティア。
舞洲本線。
そして、大規模イベント。
『開業日は通常より利用者が多くなります。』
『はい。』
『その中で記念列車を走らせるとなると、通常列車のダイヤに影響を与えないようにする必要があります。』
司令長は時刻表を見つめる。
『Prologue Expressは何時に走らせる予定ですか?』
『朝の時間帯です。』
『……一番混雑する時間帯ですね。』
『そうなります。』
司令長は腕を組んだ。
『それだと、朝凪駅周辺の混雑も考えないといけません。』
『はい。』
『イベントの来場者、新線の開業を見に来る人、普段から利用している乗客……。』
『かなりの人数になりそうです。』
『駅の入場規制も必要になるかもしれません。』
駅員が資料に書き込む。
『朝凪駅のホームは十分な広さがありますが、それでも想定以上に人が集まれば危険です。』
『じゃあ、Prologue Expressを見るためだけに来る人への案内も必要ですね。』
『そうなります。』
司令長は大きく息を吐いた。
記念列車一本を走らせる。
それだけなのに、考えることは山ほどある。
『でも……。』
司令長が口を開く。
『これだけ準備する価値はあると思います。』
全員が司令長を見る。
『フロンティアは、これからの舞洲鉄道を変える路線です。』
司令長はスクリーンを見る。
『その最初の列車になるんですよね。』
担当者が頷く。
『はい。』
『なら、安全を最優先にしながら、最高の列車にしましょう。』
会議室に少し明るい空気が戻った。
⸻
数日後。
朝凪駅。
ホームには、いつも通り舞洲本線の列車が停車している。
しかし、その先。
普段は乗客が見ることのない場所では、フロンティアへ向かう分岐線の工事が進められていた。
作業員たちが設備を確認している。
信号機。
ポイント。
線路。
一つ一つを確認していく。
司令長も現地を訪れていた。
『ここがフロンティアへの分岐です。』
担当者が説明する。
『このポイントを切り替えることで、列車はフロンティアへ進みます。』
司令長は線路を見つめた。
舞洲本線から一本の線路が分かれている。
その先は、まだ見えない。
『この先に、新しい路線があるんですね。』
『はい。』
司令長はしばらく黙っていた。
そして、ふと朝凪という駅名を思い出した。
風がやみ、海が穏やかになる状態を表す「凪」。
その名の通り、駅の周辺は静かだった。
『朝凪から、フロンティアへ……。』
『いい組み合わせですね。』
担当者が笑う。
司令長も笑った。
『そうですね。』
まだ列車は走っていない。
まだ利用者もいない。
それでも、この場所から新しい歴史が始まろうとしている。
⸻
そして、Prologue Expressの運転日が近づいてきた。
司令室では最終確認が行われていた。
『信号設備、問題ありません。』
『ポイント、正常です。』
『朝凪駅のホーム設備も確認済みです。』
『車両側の準備も完了しています。』
一つずつ報告が入る。
司令長はチェック表を確認する。
『よし。』
すべての項目に問題はない。
最後に残ったのは、運転時刻だった。
司令長は時計を見る。
そして、Prologue Expressの出発時刻を確認する。
『朝凪駅、出発は――。』
その瞬間。
司令室のモニターに、一本の列車表示が現れた。
まだ営業列車ではない。
試験的に登録された、特別列車の表示。
そこには、
PROLOGUE EXPRESS
と表示されていた。
司令長は思わず画面を見つめる。
『……表示されましたね。』
『はい。』
『ついに、ここまで来ましたか。』
司令長は椅子に座り直した。
これまで資料の中にしか存在しなかった列車。
これから始まる新線。
そして、その序章を担う列車。
Prologue Express。
まだ見ぬ道へ向かう最初の一歩。
その列車は、朝凪駅からフロンティアへ向かう。
舞洲鉄道の新しい時代は、もうすぐ始まろうとしていた。
そして――。
朝凪駅の先には、誰も知らない未来が待っている。
第5話を読んでいただき、ありがとうございました!
今回は、舞洲本線の朝凪駅が初登場しました!
これまで作中では登場していなかった駅ですが、フロンティアの分岐駅として、これから重要な場所になっていく予定です。
そして今回のタイトルにもなっている、「Prologue Express」。
フロンティアの開業を記念するだけではなく、開業前の最終確認も兼ねた特別列車として登場しました。
「Prologue」は「序章」という意味。
まさに、これから始まるフロンティアの物語の最初の一歩となる列車です。
今回は3355文字となりました!
Season 2では、Season 1以上に舞洲鉄道の世界を広げていきたいと思っています。
果たしてPrologue Expressは無事にフロンティアを走ることができるのか。
そして、その先には何が待っているのか――。
次回もぜひお楽しみに!
それでは、第6話でお会いしましょう!




