目潰し
コラール川の初戦を凌いだ王国軍だったが、大国の物量はそれを遥かに凌駕していた。
数日後、地平線を埋め尽くすほどの帝国軍が再び姿を現した。コラール川を力任せに突貫し、王国の急所である首都へと一気に進軍する構えだ。そしてその先頭には、雪原を力強く踏み荒らす、新調された鋼鉄の怪物が鎮座していた。
「……帝国の新型戦車か」
陣地の塹壕から双眼鏡を覗くガルド大尉の横顔が、かつてないほど険しく歪む。
傾斜した分厚い装甲、大口径の主砲。それは歩兵のライフル弾など小石同然に弾き返し、王国軍の急造陣地を一撃で粉砕し得る「動く要塞」だった。
「レオン、あの鉄の塊が見えるか」
「はい」
「さすがのお前の魔弾でも、あの装甲をぶち抜くのは不可能だ。どうする?」
試すようなガルドの問いに、レオンはむき出しの照星を敵戦車に向けたまま、淡々と言った。
「肉を切れないなら、目を潰すまでです」
地響きと共に、新型戦車がコラール川の隘路(狭い通路)へと進入してくる。
レオンは冷たい雪の中に深く潜り、呼吸を完全に止めた。
距離500メートル。
戦車の前部には、操縦手や観測手が外の様子を伺うための、幅わずか数センチの「覗き窓」がある。厚い防弾ガラスで覆われているとはいえ、それはこの鉄の要塞における唯一の、そして致命的な隙間だった。
レオンの指が引き金にかかる。風のうねりが止まった一瞬。
タァン!
放たれた一発の銃弾は、吸い込まれるように先頭車両の覗き窓へ着弾した。超硬質の猟銃弾は防弾ガラスを粉砕し、その奥にいた観測手の顔面を正確に貫く。
「なっ……前方が見えん! 操縦手、面舵だ!」
車内に響く悲鳴。しかし、レオンの真骨頂はここからだった。
タァン、タン、タン、タン!
連射音が雪原にこだまする。二両目、三両目、四両目。進撃する新型戦車の覗き窓へ、まるで機械が刻むような正確さで次々と銃弾が撃ち込まれていく。ガラスの破片と弾丸の破片が車内に飛び散り、一瞬にしてすべての戦車の「目(観測手)」が沈黙した。
「視界不良! 何が起きている!?」
「前が見えん! ぶつかる、止まれ!」
視界を奪われた鉄の怪物たちは、盲目の獣と化して雪原で迷走を始めた。
「クソッ、状況を確認する! スモークを展開しろ!」
たまらず先頭車両の車長が、周囲の状況を把握するために頭上のハッチを跳ね上げた。冷たい空気が車内に流れ込み、彼が外へ身を乗り出した瞬間――。
タァン!
待ってましたと言わんばかりの銃弾が、その眉間を撃ち抜いた。
車長は車内へと崩れ落ちる。
「車長!? クソ、ハッチを閉め――」
別の乗員がハッチを閉めようと手を伸ばすが、レオンの銃弾はそれよりも早かった。ハッチの隙間に滑り込む弾丸が、次々と車内のクルーを無力化していく。
他の戦車も同様だった。視界を失い、パニックを起こしてハッチを開けたクルーたちは、その瞬間にレオンの標的となった。スコープすら持たない一人の少年によって、無敵を誇るはずの新型戦車部隊は、実質的にただの「鉄の棺桶」へと変えられてしまったのだ。
「ハハハ! 傑作だ! まさに神業だな、レオン!」
本陣でその光景を見ていたガルド大尉が、狂ったように笑い声を上げた。
彼が狙っていた「盤面」は、完全に整った。
コラール川流域の進軍ルートは、両脇を切り立った崖に囲まれた狭い隘路である。そこで先頭の戦車部隊が完全に停止し、暴走した車両が道を塞いだことで、後続の装甲車や膨大な数の歩兵部隊は進むことも退くこともできず、大渋滞を起こしていた。
敵軍は、身動きの取れない巨大な「標的の塊」と化していた。
「全砲兵隊、聞け!」
ガルド大尉は無線機を掴み、その声を獰猛な肉食獣のものへと変えた。
「座標アルファ1からデルタ3まで、全門ボロクソに叩き込め! 敵さんはご丁寧に一箇所に固まって待っててくれてるぞ! 一発残らず、奴らの頭上に鉄の雨を降らせてやれ!!」
次の瞬間、王国軍の陣地から一斉に砲撃が放たれた。
ドォン!! と大地を揺らす轟音と共に、無数の砲弾が隘路に密集した帝国軍へと容赦なく降り注ぐ。
逃げ場のない狭い通路で、爆炎が次々と咲き乱れる。渋滞していた装甲車は木っ端微塵に吹き飛び、兵士たちは雪煙と炎の中に消えていった。レオンが作った「ボトルネック(目詰まり)」に、ガルドの苛烈な戦術が完璧に炸裂した瞬間だった。
「……引き際だけは一丁前だな」
煙を上げる葉巻をくわえ直し、ガルドは撤退を始めた帝国軍の背中を冷酷に見つめた。
新型戦車を投入した帝国の総攻撃は、王国の急所を突くどころか、その戦力の大半を雪原に埋めるという大敗北に終わった。
燃え盛る鉄の残骸を見下ろす丘の上。
レオンはボルトを一度引き、熱くなった薬莢を雪の上に落とした。チィ、と小さな音を立てて雪に沈む真鍮の殻。
「アリシア……」
少年の呟きは、激しい砲撃の余韻と、凍てつく風の音にかき消されていった。
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