第6話 父になるための第一歩
「ああ。俺は冒険者としてのサバイバルスキルや生活魔法には自信がある。どんな過酷な魔境でも生き抜く術は知っているつもりだ。でも……『育児』は全く勝手が違うんだ」
俺は深くため息をつき、今朝の出来事を話した。
「食事一つとっても、冒険者の保存食なんか三歳児の歯じゃ噛み切れない。俺の魔法で無理やりトロトロのパン粥にしたから良かったものの、毎日そんな綱渡りをするわけにはいかないだろう? それに服だ。この通り、俺のシャツを寝巻き代わりに着せているが、サイズも素材も何を選べばいいかサッパリ分からないだ……」
俺の真剣な悩みに、ミナはポカンとした後、プッと吹き出した。
「ふふっ……あはははっ! ガルドさん、凄いです! 魔法で離乳食を作って、光魔法でお風呂に誘導するなんて、世界中探してもそんな育児をしているのはガルドさんだけですよ!」
「笑い事じゃないって。俺は本気で困ってるんだ。俺はメリアに、普通の、温かくて幸せな生活を送らせてやりたい。だから、子供服を売っている店や、育て方の基本を教えてほしいんだ」
俺が頭を下げると、ミナはクスクスと笑うのをやめ、優しい微笑みを浮かべた。
「分かりました。私でよければ、いくらでもアドバイスしますよ。私、実家が大家族で、小さな妹や弟の世話をずっとやっていましたから」
そこから約一時間、俺はミナから『育児における基礎知識』をみっちりと叩き込まれた。
子供服は肌触りの良い綿素材を選ぶこと。
靴はすぐにサイズが変わるから少しだけ大きめでも良いが、しっかり足首をホールドするものを選ぶこと。
食事は薄味を心がけ、野菜を細かく刻んで魔法で柔らかくして食べさせること。
そして何より、たくさん抱きしめて愛情を伝えてあげること。
俺は前世の社畜時代、会議の議事録を取る時よりも真剣な顔で、ミナの言葉をメモ帳に書き殴っていた。
「……なるほど。服は東区の『妖精の糸車』という店が良いんだな。助かったよ、ミナさん」
「いえいえ。メリアちゃんのためですから。……でも、ガルドさん」
メモを懐にしまう俺を見て、ミナが少しだけ真剣な、寂しそうな瞳になった。
「これから、どうするつもりですか? 『輝きの剣』を抜けたいま、別のパーティーを探すにしても、メリアちゃんを連れてダンジョンには潜れませんよね」
その問いに、俺は迷うことなく頷いた。
「ああ。だから俺は、しばらく危険な仕事からは身を引くつもりだ」
「そうなんですか……」
「ああ。これからはメリアの安全が最優先だ。近場の森での安全な薬草採取か、街中での魔法の便利屋でもやりながら、静かに暮らしていくよ」
俺の決意を聞き、ミナは少しだけ寂しそうに伏し目がちになった後、顔を上げてにっこりと笑った。
「ガルドさんらしいですね。ギルドとしては優秀な支援術師を失うのは大打撃ですが……メリアちゃんのお父さんとしては、それが最高の選択だと思います」
「パパ、おしごと、やめるの?」
話を聞いていたメリアが、不思議そうに首を傾げた。
俺はメリアの頬を指先でツンとつついた。
「ああ。パパの一番大事なお仕事は、メリアをいっぱいいっぱい笑顔にすることに決まったんだ」
「えへへ、メリア、えがお!」
メリアが満面の笑みを浮かべると、応接室の空気がふわりと温かくなった。
「さて、服やご飯のことはミナさんのおかげで解決しそうだが……もう一つ、最大の問題があるんだ」
「問題、ですか?」
「ああ。今の俺たちは、冒険者向けの安宿に泊まっている。あの場所に、いつまでもメリアを置いておくわけにはいかない。俺とメリアが二人で、安全に、のびのびと暮らせる『家』が必要なんだ。どこか、庭付きの静かな家を買えるようなツテはないか?」
俺がそう尋ねると、ミナはポンと手を打った。
「家ですね! それなら、ここよりも商業ギルドに行くのが確実です。商業ギルドの不動産部門には、王都中の物件情報が集まっていますから。私が紹介状を書きましょう。ガルドさんなら貯金もたっぷりあるでしょうし、きっと素敵な物件が見つかるはずですよ」
「助かる! さすがミナさんだ、頼りになる」
「ふふっ、いつでも頼ってくださいね」
ミナはサラサラと羊皮紙に紹介状を書き上げ、封蝋をして俺に手渡してくれた。
「よし。じゃあ、まずは服屋に行ってメリアを可愛くお着替えさせて、その足で商業ギルドに向かうとするか」
「おでかけ! おふく!」
メリアは椅子から飛び降りて、俺の足にしがみついてピョンピョンと跳ねた。
「ミナさん、色々とありがとうございます」
「いえ、ガイルさんに頼まれたら仕方ないです。それに、メリアちゃんのことお願いしますね」
俺はミナに深く頭を下げて礼を言い、メリアと手を繋いで応接室を出た。
背後から、「メリアちゃん、また遊びに来てねー!」というミナの明るい声が聞こえる。
ギルドの喧騒を抜け、王都の明るい太陽の下へと踏み出す。
俺の人生は、ずっと誰かに利用されるだけの裏方だった。
だが今は、繋いだ小さな手の温もりが、俺の進むべき道をしっかりと照らしてくれている。
「よし、行くぞメリア。まずは服を探しにな!」
「おー!」
俺は元気よく右手を挙げるメリアを肩車し、これからの希望に満ちた新生活へ向けて、歩き出すのだった。
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