第2話 パパの始まりの日
「しゃ......むい......」
彼女は、雨に打たれきった虚ろな目で俺を見つめる。
もしかしてこの子、捨てられたのか?
まだ体は小さいのに。
「大丈夫だ、ほら。もう怖くないぞ」
俺は彼女を抱き上げて、冷えた体を温めるようにギュッと抱きしめてあげる。
ひどく体温が低い。まるで氷のようだ。
すると、彼女は先ほどの恐怖の顔から、ほっとしたように頬を赤らめた。
「あったかい......」
俺は彼女の震えが落ち着いてきたのを確認すると、そっと目を見つめて問いかける。
「一体、ここで何をしているんだ? お母さんやお父さんは?」
俺は優しく声をかけると、彼女はおびえたような顔で小さな口を開いた。
「おかあしゃん......すてられた......」
「す、捨てられた?」
俺は彼女の精一杯の声に、ギュッと胸が痛くなる。
だから、こんなところで放置されていたのか。
全く、酷い人間もいるもんだ。
こんな裏路地に放置されていたら、確実に死んでいただろう。
しかも雨が降っているいまだ。
激しい雨の音で、彼女の細い声がかき消されている。
俺が偶然気づかなかったら、どうなっていたんだか。
そう思っていると、彼女は、泥だらけの小さな手で俺の指を力弱く握った。
「おねがいでしゅ......たしゅけて......」
彼女は涙ぐみながら、そう懇願する。
俺は先ほど、目標にしていたパーティーを追放されて、何の目的もなく、この通りを彷徨っていた。
だが、必死に生きようとする彼女を見ていると、また新しい目標を見つけられた気がする。
――この子を育てたいと。
「もう大丈夫だ、お嬢ちゃん。俺が、お前の面倒を見てやる」
「ほんとうでしゅか......?」
「ああ。お嬢ちゃん、名前は?」
「メリア、三歳でしゅ」
「そうか、良い名前だ。俺はガイル。冒険者をやってるんだ」
「ぼう......けんしゃ?」
彼女は興味があるような目で呟いた。
「すごいでしゅ。かっこいい」
「そ、そうか?」
俺は照れたように頭を掻き、メリアをしっかりと抱きかかえて立ち上がる。
そして真っすぐに彼女の目を見た。
「今日から、俺がメリアのパパだ」
「ぱぱ......?」
俺が力強くそう決意を口にすると、メリアはパァッと花が咲いたような笑顔を見せる。
「よし、それじゃあまず、俺の宿に行くとするか」
そうして俺は、激しい雨の中、自分がいつも泊まっている『冒険者向けの安宿』へ駆け込むのだった。
◇ ◇ ◇
安宿の狭い部屋になんとか転がり込んだ俺は、まずは濡れた体をどうにかしてやることにした。
ふかふかに温めた毛布を取り出し、メリアの小さな体をぐるぐると包み込む。
泥だらけの服はお風呂の時に洗うとして、今はとにかく冷えを防ぐのが先決だ。
「あったかい……」
毛布にくるまり、ホッと息をつくメリアを見て、俺も安堵した。
体が温まったところで、次はメリアの空腹を満たしてやることにした。
しかし、夜の宿で手持ちの食料といえば、冒険者用のガチガチに硬い携帯口糧、干し肉や黒パンくらいしかない。
こんな石のように硬い食べ物では、三歳児の小さな歯が立つわけがなかった。
「かたい……」
黒パンをかじろうとしたメリアが、涙目で訴えてくる。
「ごめんごめん、ちょっと待ってな」
俺は迷わず、かつてパーティーで雑用として使っていた魔法を発動させた。
『物質軟化魔法』と、精密な『温度操作魔法』。
これらを無駄に極限まで並列駆動させ、黒パンと干し肉に魔力を注ぎ込む。
すると、みるみるうちに硬いパンはフワフワになり、肉の旨味が溶け出した超絶品で温かいスープパンが完成した。
「ほら、食べてみな」
木のスプーンで冷ましつつ、メリアの小さな口に運んでやる。
モグモグと口を動かしたメリアの青色の瞳が、パァンと大きく見開かれた。
「おいちい!」
「そうかそうか、いっぱい食べろよ」
その満面の笑みと舌足らずな感想に、俺の胸はかつてないほどの達成感で満たされた。
パーティーといたときも、皆メリアみたいに美味しく食べてくれていたのに、どこで変わってしまったんだかな。
俺はそんなことを思い出していると、メリアが食事を食べ終える。
食事が終わると、次はお風呂だ。
安宿の共同浴場にお湯を張ったものの、メリアは大きなお風呂の水面を怖がってしまい、俺の首にしがみついて離れなかった。
「こわい……おみず、こわい」
「大丈夫だよ。ほら、見てみ」
俺は『水魔法』と『光魔法』を合成し、指先からフワフワと生み出す。
それは、キラキラと七色に光り輝く、温かいシャボン玉だ。
「わぁ……っ!」
空中に浮かぶ光の玉に、メリアは目を輝かせて手を伸ばす。
シャボン玉に夢中になって遊んでいる間に、俺はそっとメリアをお湯に浸からせ、綺麗に汚れを洗い流すことに成功した。
そして寝かしつけの時間。
俺の清潔なシャツをダボダボの寝巻き代わりに着せ、ベッドに潜り込ませたが、メリアはまだ少し不安そうに俺の服の裾を握っている。
「パパ、えほん……よんで?」
「絵本か……ええと」
あいにく、そんな子供向けの本は持っていない。
俺がポーチから取り出したのは、手持ちの古い本――難解な魔法書だった。
俺はそれを広げ、なるべく優しい声色を作って、適当に物語をでっち上げながら絵本代わりに読み聞かせた。
「むかしむかし、あるところに光の精霊がいてな……」
ちんぷんかんぷんな内容だったはずだが、俺の低く穏やかな声が心地よかったのか、メリアはすぐにスヤスヤと可愛らしい寝息を立て始めた。
俺はそっと魔導書を閉じると、小さな体に布団をかけ直し、そのまま添い寝する。
俺の人生は散々だった。
だが、この寝顔を守れるのなら、悪くない。
そんなことを思いながら、俺も静かに目を閉じた。
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