第18話 瘴気の森へ突入
轟音を置き去りにし、俺はただひたすらに前を向いて大地を蹴り続けていた。
「ハァッ……! ハァッ……!」
肺が焼け焦げそうなほど熱い。
だが、足を止めることなど万に一つもあり得なかった。
俺の全身の血管には、常人なら一瞬で肉体が破裂するほどの高密度な魔力が濁流のように駆け巡っている。
自身に幾重にも重ね掛けした『超・身体強化』
さらに『筋力上昇』『敏捷極大化』『疲労無効』といったありとあらゆるバフ魔法を限界突破で発動させ、俺の肉体は物理法則を完全に無視した音速の弾丸と化していた。
王都から離れた魔境まで、通常であれば馬車を乗り継ぎしないといけない、途方もない道のりだ。
だが、今の俺には数時間あれば十分だった。
一歩踏み込むたびに強固な岩盤がクレーターのように陥没し、凄まじい衝撃波が背後の木々をなぎ倒していく。
風の壁を魔力障壁で強引に引き裂きながら、俺は走りながらふと、己のこれまでの人生を思考の片隅で振り返っていた。
思えば、俺の人生は前世からずっと散々なものだった。
日本のブラック企業で、来る日も来る日も終わりの見えない業務に追われ、上司から罵倒され、誰からも感謝されることなく、ただ会社の歯車としてすり減っていく毎日。
そして最後は、パソコンの画面を見つめたまま過労で心臓が止まり、誰にも看取られることなく孤独に死んだ。
次に目を覚ました時、俺は真っ白でどこまでも続く不思議な空間に立っていた。
目の前には、神々しい光を放つ美しい女神が微笑んでいた。
『あなたは元の世界で、あまりにも報われない、過酷な一生を終えました。その魂を憐れみ、あなたには剣と魔法の異世界で新しい人生を歩んでもらいます。これは私からの贈り物……この力で、今度こそ幸せを掴んでください』
そう言って女神が授けてくれたのが、他者の能力を引き上げる『支援スキル』だった。
だが、異世界に転生した俺を待っていたのは、女神が言うようなバラ色の「幸せな人生」などでは決してなかった。
俺が目を覚ましたのは、王都の薄汚れたスラム街の裏路地。
俺は両親の顔も知らない「孤児」として転生してしまったのだ。
身寄りはなく、その日食べるパンの耳すら奪い合うようなスラムの過酷なサバイバル。
おまけに、俺が授かった『支援スキル』というのは、この力と魔法が支配する異世界においては、他人の後ろに隠れているだけの臆病者の力、自分では何もできない寄生虫の魔法として、徹底的に見下され、冷遇される不遇職だった。
親の庇護もなく、攻撃魔法も剣術の才能もない孤児が、どうやってこの残酷な世界で生き抜けばいいのか。
絶望しかけた俺は、しかし、前世の社畜時代に培った理不尽への耐性と、泥臭い生存本能だけで立ち上がった。
本来なら前衛の騎士や勇者にかけるべき支援魔法を、俺は自分自身の肉体にすべて注ぎ込んだ。
狂ったような魔力操作の訓練の末、支援魔法の出力を限界のその先まで引き上げる術を身につけた。
攻撃力十倍、防御力二十倍、超回復。
魔法のバフによって鋼鉄以上の硬度とドラゴンのような筋力を得た俺の拳は、凶悪な魔物すらも正面から打ち砕く、最強の物理兵器へと進化したのだ。
そうやって俺は、血反吐を吐くような努力でこの支援魔法を駆使し、凶悪な魔物とも渡り合い、パーティーに入ったんだが。
結局、雑用係として追放された――それでも俺は生き抜いてきた。
全ては無駄ではなかった。
あの地獄のような日々も、この力も、今日この日のためにあったのだ。
俺に温かい家族の温もりを教えてくれた、たった一人の愛する娘。メリアの命を救うために。
「見えたぞ……!」
思考を切り裂き、俺は鋭い視線を前方へ向けた。
青空が広がっていた平原の景色が唐突に途切れ、太陽の光すらも遮断するような、どす黒く淀んだ巨大な森が姿を現した。
絶対危険領域――魔境『迷いの森』だ。
俺は速度を一切緩めることなく、その禍々しい森の中へと弾丸のように突入した。
森に入った瞬間、皮膚を焼くような強烈な不快感が全身を襲う。
「チッ……ひどい瘴気だな」
視界を数十メートル先までしか許さない、紫色の濃密な瘴気。
普通の人間なら数分呼吸をしただけで肺が腐り落ち、血を吐いて死に至る猛毒の霧だ。
俺は瞬時に『全状態異常無効化』と『毒素浄化』の支援魔法を自身に展開し、瘴気の影響を完全に遮断する。
だが、魔境の本当の恐ろしさは毒だけではなかった。
複雑に捻じれ、意思を持っているかのようにうごめく巨大な樹木の根。
底なしの毒沼。
天地が狂ったかのように入り組んだ複雑怪奇な地形が、侵入者の方向感覚を容赦なく奪っていく。
俺は走りながら、脳内で極大の『広域探知』を展開した。
だが、魔境特有の濃密な瘴気と、周囲の植物が放つ異常な魔力がノイズとなり、探知魔法がうまく機能しない。
いくら魔法の扱いに長けた俺であっても、お目当ての『光草』の正確な群生地がすぐには分からないのだ。
「くそっ……!」
ギリッ、と奥歯が砕けそうなほど強く噛み締める。
視界の端に、ベッドの上で高熱に魘され、泣きそうに顔を歪めていたメリアの姿がフラッシュバックする。
時間が惜しい。
一分一秒でも早く特効薬の材料を見つけて帰らなければ、あの小さな命の灯火が消えてしまうかもしれないのだ。
「メリアが待ってるのに……こんな所で足踏みしてる暇はないんだよ!!」
俺が苛立ちとともに叫んだその時だった。
『ゴルァァァァァァァッ!!!』
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