第17話 迷いの森へ
俺は医師の言葉に耳を疑い、一体何を言っているのかすぐには理解ができなかった。
魔力の暴走。
それは、己の許容量を超えた強大な魔力を宿した者が、感情の昂りや体調不良によって体内の魔力制御を失い、自らの肉体を内側から焼き尽くしてしまう恐ろしい現象だ。
だが、メリアはまだたったの三歳だぞ?
この小さな体に、暴走するほどの魔力があるというのか?
いや、そもそもそんな特殊な病状だなんて。
俺が完全に混乱していると、医師が慎重に言葉を選びながら口を開く。
「ええ。彼女の体の中には、信じられないほどかなりの魔力が宿されている。だが、まだ体が幼すぎるため、その強大な魔力を器である肉体が制御出来ていないようだ。……お父さん。この子のスキルや、何か昔、変わったことはなかったですか?」
医師に真っ直ぐな目で聞かれて、俺は言葉に詰まり、ひどく困惑してしまう。
何せ、俺自身、まだあの雨の路地裏でメリアと出会ってから、そこまで月日が経過していないのだ。
それに、メリアがどういう家系に生まれ、なぜ捨てられたのかという過去も、一切聞いていなかった。
よく考えたら、子供を育てる上で、そして命を守る上で、ものすごい重要なことだったのに。
俺はただ、メリアが辛い過去を思い出して悲しむのではないかと思って、あえて聞かなかったんだが……それが裏目に出てしまった。
「……スキルとか、その辺の事情は、実は分からなくて……」
俺は拳を強く握り込み、懺悔するように真実を告げた。
「実は、メリアが雨の日に路地裏で捨てられていたのを、私が拾ったんです。だから、実の親のことも、血筋も分からない……」
「……そうでしたか」
俺の告白を聞いて、医師はわずかに目を見開いたが、すぐに納得したように深く息を吐いた。
「この子は、おそらく何らかの高位なスキルか、あるいは特別な血筋を持っている可能性があります。内包している魔力の量が、三歳の子供としては異常すぎる。器から溢れ出した魔力が熱となって、今、彼女の命を削っている状態だ」
そう言って、医師は手を顎に添え、苦渋の表情を浮かべた。
魔力がこのまま暴発してしまえば、メリアの小さな体は耐えきれず、死んでしまう。
その冷酷な事実が、鋭い刃のように俺の胸に突き刺さった。
「この魔力暴走を抑える薬はないんですか!? メリアは、一体どうなってしまうんです!?」
俺が喉の奥から悲痛な声を張り出すと、医師は目を伏せ、本当に困ったような、そして申し訳なさそうな顔つきで口を開いた。
「……実は……薬がないんです。いや、正確には、この魔力暴走を抑える特効薬を作るための『材料』が不足していまして」
「材料……!?」
「ええ。材料の『光草』さえあれば……私がすぐに成分を抽出して特効薬に精製できるのだが……」
医師は無念そうに首を横に振った。
「光草は、極めて特殊な環境下でしか育たない希少な薬草です。あれは、王都から離れた、危険な『迷いの森』の奥深くにしか生えていない。一流の冒険者パーティーに依頼を出したとしても、数日はかかる。……とてもじゃないが、メリアちゃんの体力が、それまでもたない……!」
今日、いや、今夜が山だろう。
医師の目はそう物語っていた。
普通の人間なら、ここで絶望して泣き崩れるしかない宣告だ。
迷いの森といえば、凶悪な魔物がうごめく地獄。
仮に今すぐギルドに駆け込んで大金を積んだとしても、上級冒険者出ない限り、数時間で取ってこられる者などこの世界に存在しない。
――だが、俺ならできる。
「……材料さえあれば、いいんだな?」
「え?」
俺の声は、先ほどまでのうろたえた響きから一変していた。
底冷えするような、絶対零度の静けさ。
感情のすべてが「メリアを救う」という一点のみに収束し、俺の中で、冒険者時代の――いや、それ以上の『スイッチ』が完全に切り替わったのだ。
「俺が、採ってくる」
淡々と告げた俺の言葉に、医師はポカンと口を開けた。
「な、何を言っているんだあんた!? 迷いの森だぞ!? いくらあんたが屈強な体格をしているとはいえ、たった一人で行って生きて帰れる場所じゃない!」
「誰が何と言おうと、俺がメリアを助ける。絶対にだ」
そう言い切った瞬間、診療所の空気が張り詰めた。
医師はなおも何か言おうとしていたが、俺の目を見た途端、その言葉を飲み込む。
たぶん、伝わったのだろう。
口先だけの覚悟じゃない。
命を懸けてでも娘を救う――その決意が。
やがて医師は、観念したように小さく頷いた。
「……分かりました。では、こちらもメリアさんの熱が少しでも下がるよう、できる限りの処置をしておきます」
「ありがとうございます」
俺はそう言って、ベッドで苦しそうに息をするメリアの元へ身を屈めた。
熱い、小さな手を俺の大きな手で優しく包み込む。
「メリア。パパが、絶対にお薬を持って帰ってくるからな。だから、ちょっとだけここで待っててくれ。いい子にしてるんだぞ」
意識があるのかは分からない。
だが、メリアの小さな指が、俺の親指を微かに握り返してくれた気がした。
俺は一度だけその手をギュッと握りしめると、決然と立ち上がり、振り返ることなく診療所の扉へと向かった。
扉を開け放ち、まだ朝霧の残る王都の石畳に足を踏み出す。
目指すは、迷いの森。
「……『超・身体強化』、最高出力」
俺の全身の魔力回路が、かつてないほどの凶悪な出力を上げて脈動を始める。
世界一可愛い娘の命がかかっているのだ。
立ち塞がる魔物はすべて、一瞬で塵に変えてやる。
ダンッ!!
王都の強固な石畳がクレーターのように陥没し、凄まじい衝撃波が周囲の霧を吹き飛ばした。
俺の体は、音を置き去りにした一筋の弾丸となり、光草の眠る迷いの森へと向けて一直線に空を切り裂いていった。
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