第11話 ボロ屋敷、父の魔法で蘇る
「おお……ここが我が家か」
王都の巨大な城門を抜け、整備された街道から外れて緑豊かな草原へと足を踏み入れる。
心地よい風が吹き抜ける中、メリアと手を繋ぎ、のんびりと歩くこと約十五分。
商業ギルドの担当者トーマスが言っていた通り、少し小高い丘の上に、その物件はポツンと建っていた。
俺は丘の頂上に辿り着き、目の前にそびえ立つ建物を見上げて、思わず感嘆とも呆れともつかない声を漏らした。
トーマスが廃屋同然で、ボロボロと表現していたが、それは決して誇張ではなかった。
木造二階建てのその家は、長年の風雨に晒されたせいで外壁の塗装は完全に剥げ落ち、黒ずんだ木肌がむき出しになっていた。
屋根には巨大な穴がいくつも空いており、今にも崩れ落ちそうだ。
窓ガラスは一枚残らず割れ、代わりに不気味なツタが家全体に絡みつき、まるで緑色の怪物に飲み込まれているようにすら見える。
おまけに、微かではあるが、スライムが這った跡の粘液や、ゴブリンの足跡らしきものまで周辺に見受けられた。
確かに、これでは普通の人間が住めるわけがない。
「ぱぱ! 新しいおうち!」
しかし、そんな大人の常識など、純真無垢な三歳児には関係ないらしい。
俺の足元で、新しく買った水色のワンピースを着たメリアが、ボロボロの幽霊屋敷を見て目をキラキラと輝かせながらはしゃいでいる。
小さな両手を挙げてピョンピョンと跳ねるその姿は、相変わらず破壊的なまでに愛らしい。
「そうだぞ、メリア。ここが今日から、俺とメリアの新しいお家だ」
「わぁーい! おっきい! お庭もいっぱいしゅごい!」
「だが、今のままじゃあ少し……いや、かなりボロボロだからな。お化け屋敷みたいで怖いだろう? だから、まずはこの家を最高に綺麗にリフォームしていかないとな」
俺が優しく頭を撫でながらそう言うと、メリアは「りふぉーむ?」と不思議そうに小首を傾げた。
「メリア、今からパパが魔法を使って、この家をピカピカの新しいお家にするんだ。危ないかもしれないから、少し離れたあの大きな木の下から、座って見ていてくれるか?」
「わかったー! パパ、がんばりぇー!」
メリアは素直にコクンと頷くと、丘の端にある大きな樫の木の木陰までトテトテと小走りで向かい、ちょこんと草の上に座り込んだ。
そして、小さな両手を口元に当てて、可愛い声援を送ってくれる。
……ふふっ。
ああ、力が湧いてくるぜ。
前世の社畜時代、上司からの理不尽な命令には殺意しか湧かなかった。
パーティー時代、ライズたちからの見下した言葉には、虚無感しか覚えなかった。
だが、愛娘からの純粋なエールは、俺の全身の細胞を歓喜で震わせ、やる気を限界のさらに向こう側へと引き上げてくれる。
「よぉーし、パパ、本気出しちゃうぞ!」
俺はバキバキと首と指の関節を鳴らし、ボロボロの廃屋に向き直った。
まずは、この長年蓄積された不快な汚れと、得体の知れない害虫どもの駆除からだ。
俺は両手を家の壁に向け、目を閉じて深く息を吸い込んだ。
体内の魔力回路を全開にし、大地から無尽蔵の魔素を汲み上げる。
「いくぞ……『広域浄化魔法』!!」
本来、この魔法は服の泥汚れを落とすとか、野営地の小さな範囲を清潔に保つ程度の、初級の支援魔法だ。
しかし、俺が規格外の魔力を注ぎ込み、範囲指定をこの丘の上の敷地全体にまで拡張した『エリア・クリーン』は、もはや戦略級の殲滅魔法に近い威力を発揮する。
カッ……!!
俺の手から放たれた純白の魔力の光が、瞬く間に家全体を、いや、庭の隅々に至るまでをドーム状に包み込んだ。
眩い閃光が丘の上を駆け抜け、光の波が物質の表面を舐めるように進んでいく。
シュイィィィィィィィン……!!
耳を劈くような高周波の音とともに、長年放置されていた空き家にこびりついていたホコリ、黒カビ、腐敗物、そして隙間に巣食っていた害虫どもが、光に触れた瞬間に原子レベルで分解され、チリとなって一瞬で消滅していく。
庭を覆い尽くしていた厄介な雑草や魔物が残した粘液も、一切合切が浄化の光に飲み込まれて消え去った。
光が収まり、ふわりと爽やかな風が吹き抜けた後には――見違えるように清潔になった家の姿があった。
ボロボロの木材や空いた穴はそのままなので物理的な損傷は直っていないが、家全体から漂っていた陰鬱な空気は完全に払拭され、まるで新築同様の輝きを取り戻していた。
「しゅごーい!! おうち、キラキラになったぁ!!」
遠くで見守っていたメリアが、立ち上がってパチパチと両手を叩きながら大歓声を上げている。
その笑顔を見た瞬間、俺の胸の奥で、カチリと何かのスイッチが入る音がした。
――もっと、メリアを喜ばせたい。
あんなに嬉しそうに笑ってくれるなら、俺はどんな労力だって惜しまない。
「ここからが本番だぞ、メリア! あっという間にお城みたいにしてやるからな!」
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