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夢の監獄  作者: 杜 妃湖
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鳴動

綾子はベッドに腰掛けて、ぼんやりと時計を眺めていた。チッ、チッ、と正確に時を刻む秒針。

二人の思い出の詰まったアンティークの鳩時計。


(擦り切れてしまいそう⸺)

手の内はきっとあの人にバレている。

その中で泳がされている自分。

水曜、金曜と抱かれるたびに囁かれる「愛してる」の言葉。未だ消えぬ首の痣。その全てが本物なのだ。それが庇護、献身、管理、支配、所有のどれに相当するとしても。

(本当は…答えなんて求めなければよかったのではないかしら⸺)

否。歯車は回りだしてしまったのだ。それも綾子自身の決断で。


ふう、とため息をつくと綾子はスマートフォンを手に先日柊からもらったメモを取り出し聖マリアンナこども園に電話をかけようとした、刹那⸺。

着信があった。

知らない番号。

ぴく、と取るべきか取らざるべきか迷う。

市外局番からかけられている。取るべきだろう。

「もしもし…?」と恐る恐るゆっくりと話しかける。

「早乙女綾子さん、でお間違いはないでしょうか?」

電話の相手は全く知らない男性だった。

「はい、そうですが⸺」

綾子がそう答えると男性は続ける。

「こちらは秀峰会総合病院です。どうか落ち着いて聞いてください。ご主人が勤務先で倒れられ、搬送されて来ました。自発呼吸はありますが意識レベルが低下しています。直ぐに来ていただきたいのですが可能でしょうか」

(あの人が⸺倒れた…?)

ゾワッと全身に鳥肌が立つ。目の前がクラクラと歪み、真っ暗な闇に落とされていくような感覚。


「早乙女さん?聞こえてますか?」

電話の先の男性の声で我に返る。

「き、聞こえてます…それで…主人は…」

振り絞るようにやっと言葉を発すると電話先の男性は答える。

「いま、処置を受けています。どうやら倒れたときに頭を打ったようで、脳波の測定と心電図、その他諸々の検査に回されるようです。とにかく急いできていただきたい。どうか気をしっかり持ってください。」

そう言うと電話は切れた。


(嘘…嘘よ…だって今朝笑って行ってきますって…それに頭を打ったって…)


綾子は震える手でスマートフォンを操作し、タクシーを呼ぶ。

10分もしないでタクシーは到着した。

「秀峰会総合病院まで。できるだけ急いでください。」

綾子はタクシーの中でカタカタと小さく震えることしかできなかった。



時間にして30分ほどだろうか。

タクシーは都内有数の大病院、秀峰会総合病院に到着した。

「お釣りは結構です」と一万円札を強引に運転手に握らせると綾子は受付まで走る。ツン、と鼻孔に広がる消毒液の匂いに涙が滲みそうになる。


「あの…っ!先程連絡を頂いて…主人が運び込まれたって…」

受付の女性事務員は淡々と「お名前をよろしいでしょうか」と答える。

綾子は苛立ちを覚えながら「早乙女です。主人の名は隆弘。わたしは妻です。」とやや早口に告げる。

「少々お待ちください」

事務員は緩慢な手つきで内線をかける。

(この…っ!あの人が危ないかもしれないのに、何なのその鈍さは。)

思わずキッと睨みつける綾子には目もくれず、事務員は来館証の札を札を手渡すと「西棟6階、607号室です」と淡々と答えた。

「…ッ、どうも!!」とややひったくるように来館証を受け取ると綾子はエレベーターに向かって走り出す。後ろから「院内では走りませんように〜」と声をかけられたが綾子の耳には届いていない。

エレベーターに乗り込むと綾子は震える指先で6Fを選択する。

(神様…)祈るように目を瞑る。

(あの人は何も、何も悪くありません。全ての罰は私が受けます。ですから⸺)


綾子の思いとは裏腹に、エレベーターはゆっくりと上昇して行った。


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