毒
メティがいうには、この世の物のそれが何なのか、何をもたらすのかと言った知能や知識は全てと言っていいほど把握しているがそれに何かして別の目的のために加工するなどというのは人間がすることばかりのため、すぐにわからないという。
『例えば刃物が切るための道具だと知って分かっていても、それを人に向けている”人”と結果を見て初めて「殺すためだった」もしくは「殺そうとしているんだな」とやっと分かるのですわ』
毒が身体に入っている、といわれてドキリとして胸に手を当てたが、今のマスターには影響はありませんとあっさり言われてしまった。
今の?と首を傾げると「エーテルを内側に閉じ込めていたのが幸い致しましたわね」とのこと。
よく分からないなりにひとまずほっと息を吐きながら、ルオンや他の生徒たちや先生たちの様子を振り返ってみたが何に違和感もなかった。いったい毒とは何のことを指しているのか。
『周りのエーテルから話を聞いて知っていたのですが、アラン様の手伝いの際に彼女が彼に話していた内容は幼少期に彼とお会いになっていたのか、講師の立場を利用してエンヴィー様と会うことは出来ないのかということと、マルチドールの花の特性と使用方法についてでした。マスターは盗み聞きするような形は嫌がるかと思って黙っていたのですが……』
メティの声にはわずかに後悔が滲む。
だがこれまであまり深堀せず聞き流してきたこちらにだって責はある。
「いまさらでしょ。あの花の使用方法?そんな話をしていたの」
『アラン様は検討もつかないと言われていましたが、実際確認されて報告が上がっているのはエーテルの使用のある地域の貴族の家や村に種を植え付け、生き物に寄生させることでその周囲の人間の物も含むエーテルを吸収させているようです。その吸収力が人の生命を奪うほどの凶悪さになっており、また吸収した花を誰かが採取しているようです。』
「溜めたエーテルを収穫している人間がいるわけね」
前に視た実物のマルチドールの花と、あの時のエンヴィーの焦った様子。
恐らく考えている以上に凶悪なのだろう。あの時に最初は視界にも入らなかった花が植物とエンヴィーのエーテルを吸収して瞬く間に大きくなり、その存在を主張させていた。
種を植えたタイミングが何時なのか知らないが、恐らくエーテルを持った人間がそばに寄れば数刻もしないうちにそのエーテルを奪うのだろう。
『収穫された後の花をどのように扱っているのか、花のエーテルは分からずとも他のエーテルなら当然私は繋がっておりますから分かるのですが、それを何故そうするのかが分からなかったのです』
『僕が分かったのは悪意だけ。人間の感情って、エーテルで結構わかるんだよ』
――――アルヴィエが私のことを殺そうとしている。
――――エーテルを内側に閉じ込めていて幸い。
――――アランに、使用方法を確認していた。
「アルヴィエは、あの花を使って何かしたの?」
エーテルを扱えない娘だったはずだ。
彼らの理論でいくなら、生命力はエーテルと置き換えても相違ないというがそれを力として扱えるのは上級市民から中級市民ばかりで、下級市民の人間はごく稀に才に恵まれて生まれたもののみ。
実際に彼女は扱えなくて、だからあんな自嘲気味だったはずなのだ。
『花を加工し、その花の溜め込んだエーテルを扱えば、エーテルを扱えない人間でも扱うことが可能です』
『あの花は、エーテルが使えない人間がエーテルを使うために作られたんだと思えば意味は分かるよ』
あるところから搾取して、ない所へ。
なるほどなんて人間らしい。
「彼女は何をしたの」
『彼女が加工しているところは見つけられませんでした。ただ加工されたものを同じ部屋の寮の人間にこれはエーテルを扱える人間からエーテルを奪うことが出来る方法だと命令されて実行してたようで』
それは粉末状の物になっているという。
しかしここのところ一緒にいるが、そんなものを彼女が手にしていたところを見た覚えもないし、皆に仕込まれたというならかなりの量のはずだ。
食事に入れるにも無理があるし、全員なんてもってのほかだ。一体どうやって?
『冷気ですわ』
「冷気?……部屋の温度を下げてるエーテル機?」
今朝教室で見た空気上の中に浮かぶ霧を思い出した。
思い出しはしたが、そんな霧は白っぽいものであの花の独特の色はしていなかったはず。そもそもそんな色をしていたら流石に私に限らず誰もが違和感を覚えて調べていただろう。
そこでやっと気が付いた。最近私もエーテルの影響で色が変わるものを見たじゃないか。
「あの冷気、もしかしてエーテルを吸ったら色が変わる様になってるの?」
『ええ。池のエーテルとは先日会われましたよね。色は緑でしたでしょう』
池のエーテルが輝いて懐くように光っていたのは薄緑色の光。
『あの冷気の……マスターの言葉で言うなら”えあこん”のエーテル機の仕組みは、池の水のエーテルで冷やされた空気を運ぶんですわ。あそこの池は特にエーテルを貯蔵していて冷たくなっていますから』
「エーテルって温度あるの?」
『水は冷たく、炎は暑く、風は優しく、緑は強く』
『この世界の創立の謂れさ。姉さんもエーテルのない生活でも聞いたことはあるだろう』
なんかあったような気がするが……いまはそこは重要ではない。
つまり、冷気を使って人間の身体に毒を運んでいた?
空気のあの霧に乗せて?
その霧は――――池から来ている。
「まさか池にあの花の粉末が撒かれているの?でも、ただのエーテルを吸収する花の粉末を身体に入れたからって何か起こるわけじゃ」
『池の膨大なエーテルをさらに吸って、それを人間の体に吸収させたら……それは明らかに人間の保有できるエーテルを越えてしまいますわ』
「でもさっき私がエーテルを隠しているから大丈夫って言ってたじゃない。仮に身体の中に予定外のエーテルが入ったからと言って、それは体外に出せば……」
一瞬、間が空いた。メティはおそらく私のために分かる様に色んな情報を集めたらしい。
クリアはおそらくこの場はメティに任せた方がいいのだろうと判断して何も言わない。いつもはふざけることの多いはずの彼が黙っているのだから、こちらだって本当はまずいことだってなんとなく察しはついていた。
『エーテルを扱えるもの、というのはエーテルを体内に溜めて置ける人間のことを指すのですわ』
「うん」
『例外はマスターのようなエーテルから寄ってくる存在と、聖女のように自分のエーテルを他人にエーテルを与えられる存在です。今回は説明から省きますわね』
彼女の説明が始まると同時に光の粒が集まって、白い鳥の形を模した。
両手を差し出すと一度羽ばたきをして、重さのないまま私の手のひらに乗る。
『聖女の説明を参考に言えばエーテルを扱える人間というのは体内からそれを出すためには手順が必要だということです。それこそ彼女のように他人に与えられるようなものではない。下級市民は溜めてはおけない体質と真反対ですわね』
「そもそもエーテルは”体内に溜まるもの”?」
『生きていく中で成長やけがを治すために使われはしますがそれは下級市民も同じ。なので上級市民や中級市民は下級市民より老いにくく、怪我をしても治りやすい』
何度かすれ違った上級市民たちの肌艶や髪質の違いにまさかそんな理由があったなんて、とあんぐりと開いた口が閉じられない。
てっきり美容法とか化粧品とか、手入れのレベルが違うんだと思ってた。
装飾品は流石に関係ないだろうけれど。
「でもそれだけ考えたら……エーテルが体内に入ってくるって悪いことじゃない気がするけれど」
『マスターは一度聖女の歌でエーテルを受けてしまったからそのような勘違いが生まれているのですが、先にも言ったように普通エーテルを他人に与えられるというのは特殊なんです』
他人のエーテルなんて普通身体に入ったら死にますわよ、と初めて聞いた話にさらに口が開いてしまう。
「え……そうなの?」
『ああ、やはりマスターはそこからでしたわね』
黒い色のエーテルがふわりと舞って、手のひらの鳥に吸い込まれていく。
白い鳥と黒が混ざって、まだらで……綺麗ではない。
『ましてや誰の物とも知れない多数のエーテルを吸い込んだ花、そんなものが体内に入ったら下級市民のようにいらないエーテルは受け流す体質でもない限り、身体に取り込まれてどうなるかなんて考えるまでもありませんわ』
無情に言い放ったメティは、ただ淡々と私にそう告げた。
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