アルヴィエ
近寄ってきた私の気配に気づいたアランが、立ち止まったままのこちらを向いてどうしたかと尋ねてきた。
どうしたって、いまとんでもないことをうちの子がいいまして……。
耳に付けたままのクリアに気付かれたくないので、汗をぬぐうフリをして外してポケットにしまう。
「て、天気がいいなぁって空を見てました」
「は?」
普段そんなことを言わないのを知っている彼は少し怪訝そうな顔をして、肯定はしてくれるもののそれ以上突っ込んでくることはなかった。
私が抱えた洗い終わった道具を受け取るために手を伸ばしてくれたので、そのまま引き渡す。
あんなことを聞いたばかりだから、さっきまで普通にしか見えなかったアルヴィエからの視線が気になる。
勿論、彼女は私がクリアからそんなことを聞かされているなんて思いもしていないだろうから、何も言ってくることはない。
「今日はここまでで結構です。助かりました」
「……ほ、かに何か手伝うことあればやりますよ?」
「?」
だからなんだかこのままアルヴィエと二人きりになるのが微妙な気持ちになって、慌ててアランを引き留める。いつもは言われたままに終わるのに私が食いつくから、アランはますます首を傾げた。
止めて。真相は分からないけれど、状況が分からないままで二人きりはちょっと。
「では、せっかくですし昼食を一緒に済ませますか。彼女も色々知りたいこともあるようですので、食事しながらお答えしましょう」
「わぁ本当ですか!」
「わーうれしいー……」
職員も昼食は良く学生と混じり食堂で取る。無論、外食も可能だが学生は外出届が必要だ。
研究にのめり込み、食事は必要最低限の付き合いでしか外に取りに行かないという彼は、恐らく今日も外に出るつもりはないだろう。
研究の内容を時間を気にせず話すなら他の客の出入りを気にする外食より、構内の食堂で食べた方がマシだ。
普段の講義の時と違って注文してから作られるので、少々時間はかかるだろうが話をしているうちに作ってもらえるだろうし。
そのままたわいのない話をしながら、道具を片付けて着替えた後に彼の研究室で合流するという流れで食堂に行くことになったので、いったん寮に戻るまでの道のりをアルヴィエと動揺を隠しながら歩き、部屋に着いたら急ぎ着替えて研究室へと向かう。
研究室に飛びこんで、アランを探すと着替え終わった彼が資料を見ながら慌てた様子の私に驚いて顔を上げたところだった。
「さっきから本当になんなんです。君ちょっと変ですよ」
「い、いやぁ……さっきアラン先生、アルヴィエとなに話してたのかなぁって気になって」
「別に大した話はしていませんよ。先日のマルチドールの特性について詳しく教えてほしいと聞かれたので答えていただけです」
特性がまだはっきりと分かっていないから、渡した資料以上のものは分かっていないといって話は終わったんですが。
彼女が来るにもまだ時間があるでしょうから、掛けて待っていればよいのではと言われて素直に座る。
「エーテルの特徴は説明しなかったんですか」
「あれは一応、貴女は実物を見て被害にあったから説明した方が良いと個人的に判断して伝えただけで、必要以上に恐怖をあおる、ましてやエーテルの機微を感じる取ることが出来ない下級市民の生徒に説明しても難しいだけでしょう」
「た、確かに……」
あれから構内では見つかっておらず、事の発端になった学生からは残りの種も全て回収済み。
知識の一つとして覚えておくようにしてもらうのが、生徒にとっては十全だろうということらしい。
まぁあとは私にはエーテルを使う力があると思っているからだとも思うが。
「つまり、前見せてもらった秘匿の資料は……」
「言わなくても君賢いでしょ」
みせるなってことね。
まぁそれはいい。それとは別にクリアに言われてから気になっていたことがあった。
「急いで戻ったのはもうひとつあって、前に先生に彼女も連れてきていいかと言った時にあの生徒が?って言ってたじゃないですか。あれ気になっちゃって」
「ああ、よく覚えていましたね」
「ちょっと気になることがあって」
かといって、彼女が私を殺そうとしてるらしいんですよねーなんてそんな馬鹿正直に聞けるほど、私も子供じゃない。
クリアのことを信用はしているが、信頼まではまだいっていない。そもそも根拠がないのだ。
そんな時に思い出したのはあのアランの反応。私はたいしてアルヴィエのことを知らなかったのだが、アランは教師だからか彼女のことを知っている風な言いぶりだった。
「気になるって?」
「女同士って色々あるんですよ」
困った時は笑顔で押し切る。これに限る。
呆れた顔をされたが、生徒同士のいざこざか何かだと思ったのだろう。それが悪かったのか、大したことではないから気にすることはないと流される。
隠されると尚気になるのだけれどと、ノックが飛び込んできた。アルヴィエだ。
「君たち生徒は余計なことを考えないで、今必要な学習を、学びたいことを学ぶことこそを優先すべきだ。大人の都合になんて振り回されることないんですよ」
軽く、アランは私の頭を叩きながら扉にアルヴィエを迎えに向かった。
大人の都合?と、はたりと気付いたがその後はアルヴィエの質問に答えたり、補強の説明をしたりでお昼の時間も一通り終わってしまった。
楽しそうに真剣な顔をして矢次に質問をするアルヴィエは、数度とは言えど図書館で一緒に勉強をした表情と一緒だった。
真面目で、楽しそうで、真剣で。
「アルヴィエ……」
「なあにユラ?」
「なにか私にできることある?」
だから、つい絆されたわけじゃないけれど、避けているのが馬鹿らしくなって、そんな風に寮へ戻る道中にそんな風に話しかけてしまった。
「え……」
「いや、その……折角仲良くなれた同じ市民級の、同じ年頃の女同士だから」
前を数歩先に進んだアルヴィエが立ち止まり、振り返る。
その瞳は翡翠の色だった。
「なぁに、もうユラのこと怖いなんて言わないよ」
不思議そうに笑うアルヴィエが嘘をついている気もしない。
でも、ほんの一瞬一呼吸空いたように見えたのは私が意識しすぎているからかもしれない。
手を伸ばせばすぐ触れられる距離なのに、私はどうするのが正解なのか分からなくなっていた。なぜ、クリアが彼女が私を殺そうとしているのかとか、彼女が何を考えているのかとか、アランが大人の都合と言ったのはなんなのかとか。
「そか……」
「もしかして私がアラン先生に話していたの聞いてたの?」
すぐにアルヴィエがなんのことを言っているのか分かる。今朝の二人が私が道具を洗いに行っている間に少し妙な雰囲気になっていた時のことだ。
苦笑しながら、なんでもないことだったのと笑うアルヴィエは首を振る。
わざと黙っていると、アルヴィエは私から視線を外して前に進むのでそれを追いかけるしかない。
「マルチドールの花を見たことがある様な気がするっていったの。でも、うちの実家の周りだって話をしたらそれは可能性としてあり得ないって言われちゃった」
「あり得ない?」
「そ、あり得ない。ああ、これってエーテル関係なんだってわかっちゃった。いつだってそう、中級の人も上級の人たちもみんな関係ないっていうときはエーテル関係のことばかり」
「そうなんだ……」
「ユラはあんまり言われたりしたことない?」
実際のところこの学校に入るまで全く聞いたことがなかった。それを答えると、へぇと驚かれる。
ルオンも同様だと伝えると、地域差なのかなと羨ましそうに言われて逆にこちらが驚いた。
追いついて、横並びになって彼女の表情が見える。人懐っこい顔の表情が、少し沈ん見えた。
「いいなぁ、私そればっかり気にしてきたの」
「エーテルがなくても、生きていけるじゃない」
私よりずっと運動神経のいいアルヴィエ。あんだけ体力も柔軟性もあれば下級で働き口はいくらでも見つかるだろう。
私のような周りとの関係を避けるタイプと比べても、彼女の人柄を好ましいと思う人は多いはず。
そう思って返したけれどそれは彼女に伝わらなかったらしく、彼女は足を止めることなく進む。
「生きていけるけれど、置いて行かれた気分ばっかりだった」
彼女は微笑まない。
でも黙った空気に気付いて、すぐに「私たちはがむしゃらにやれることしないとだめだもんね」といつものように私に笑いかけてきた。
それは、明らかに空元気の笑みだった。




