クリアの隠し事
アランから渡された鎌を持って木を登る。梯子があるとはいえそれ以上の高さは木登りをしなければ届かず、しかし太い幹はどれだけ私がよじ登り持たれても揺れもしなかった。
硬い筋がたまにあるものの、割と柔らかい茎ばかりだったため日に近い分暑さは増すが、力はほとんどいらなかった。
女だから、という理由でしなくていいですよと言ってくれるような先生ではない。緩やかに汗の流れる頬を涼しい風が吹いてくれたので、息を吐いて木の幹に少し凭れ掛かりながら下を覗き込んだ。
アルヴィエがすでに切り落とした残骸を纏めて括っているところだった。
さきほどまでは彼女がここに登って切り落とした分だ。
「びっくりするぐらいアルヴィエって運動神経いいのよねぇ……」
猿か猫か、と思わずするすると登っていった彼女をみて零してしまったのは私だけでなくアランもだった。
服装はお互い汚れてもいいように実家で当たり前に来ていた服を着ていたのだけれど、彼女も普段の制服とは違い似たようなつぎはぎの服で現れた。
しかし彼女の顔立ちや喋り方をみて、勝手におとなしそうな印象だったのにこれがどうだ。
私も悪い方じゃないと思っていたが、彼女と比べると雲泥の差だ。
私が小休憩をはさんで、見下ろしていたのに気づいたんだろう。彼女と目が合って笑いかけられる。
「だいぶ短くなったね。そろそろいいかなぁ」
「どうだろ」
お互い声を張り上げていたから当然アランにも聞こえた。彼は数歩後ろに下がり木の全体を見たら満足そうにうなずいて、残りの箇所を指示してそこさえ終われば構わないと言ってくれた。
終わりが見えているなら、あとひと踏ん張りだ。
「代わろうか?」
「大丈夫、ほとんどアルヴィエがしてくれたから残りはやるよ」
「わかった」
どんどん切り落としてくれと心強い声を掛けられたので、気合を入れて手を伸ばした。
ちなみに万が一落下してもアランがエーテルを使って保護してくれることになっているので、高さに慣れてしまえば意外といい運動だ。
木の枝の先にある葉がばさばさと揺れるが、二太刀ほどで簡単に枝は落ちた。
残りも切り落として、腰に付けた鎌入れに仕舞って梯子を下りた。
「お疲れ様」
「ありがとう」
「思ったより早く終わりましたね、ありがとうございました」
枝を一緒に纏めているアランが手を貸してくれたので有難く借りて、凝り切った腰と肩を伸ばすととても良い音が鳴る。
今回の仕事は完全に体力仕事ばかりらしい。
切っていると分からなかったが、纏めてみるとかなりの量になっていたので縛ったものは何度か運ばないといけない様子だ。
二つぐらいならまとめて一度で運べそうだから、と数えていたらアランがそれはしないでよいと言ってくれる。切ることに配慮はいるが、処分は学校内に配置されているエーテル機にまかせてかまわないのだそうだ。
「あとは燃やすだけなのと、例のマルチドールの特性もありますから不要物は全て処分するように言われているんですよ」
折り切って見上げた木は、私たちの背よりも遥かに大きく日差しを遮ってくれる。たまに枝を払ってやらないとその重さで枝が落ちて、これからなる実に影響があるのだとか。
「おかげで本格的に暑くなる前に間に合って助かりました。これから白い花が咲いて、実がなるんですがこれが手入れをしているかしていないかで出来が違う」
「もしかしてトレーニの実ですか?」
「そうです。この木は土地柄関係なく生えていますから見たことありましたか?」
孤児院で、と答えたアルヴィエに私は驚いて振り返った。孤児院出だったとは初めて聞いた。
「孤児院の後ろに生えていたの。こんな立派じゃなかったけれど、この木に咲いた花の蜜をいつもお八つに吸っていたわ。そうね、手のひらより少し小さいぐらいで……」
星のような形をして、花肉は分厚いらしい。ツツジみたいだな。
しかし実がなっているのは彼女も見たことがないらしく、アランがあとで資料をくれると言ってきてくれる。
勤勉なアルヴィエはそれを聞いてとても嬉しそうだ。
一通りの工具を洗い、片付けたら今日のところはひと段落となる。
アランに片づけを頼まれた私は、アルヴィエの分も受け取ってまとめて洗い場へと向かった。アルヴィエにはないか別のことを頼みたいらしい。
二人から離れて、クリアを耳に装着して話しかけるとちょっと聞きたいことがあると言われる。
『姉さん、こないだ誰かに覗かれてたの気付いてた?』
「こないだ?いつ?」
『池のエーテルに探し物頼んだ時。その時僕近くにいなかったから知らなかったけれど、さっき庭の周りの連中が教えてくれた』
「気付いてなかった……誰?」
女生徒で、以前エンヴィーと一緒に竪穴に落ちた際に聖女を守った人間だったという。
例のエンヴィーの部下がなんで?と首をかしげるも、クリアも分からないと困った声をしている。彼が悩むのも珍しい。
道具を洗う手を停めずにどうしたのかと聞くと唸った後に多分だけどと前置きをする。
『監視されてるんだと思うけど』
「監視ぃ?」
『邪魔なら潰せるけれど、それしちゃうと姉さん逆に困っちゃうでしょ』
「また物騒な。なんでだろ、エーテルの件でかな」
生徒に混ざって聖女についている護衛がいるのは知ってはいるが、その生徒の見た目や名前までは私も知らない。
後でメティに出してもらうよ、と言ってきたので頼んでおく。
アランとエンヴィーが繋がっているのは分かったが、監視される意味がよくわからない。
池のエーテルに頼んだ時も、こちらとの距離があったからあれだけで私がエーテルを従わせたなんてことにはすぐに繋がらないだろう。
『やっぱり常に僕かメティを連れ歩くべきだ。今日みたいに現地のエーテルたちに聞かないと知らないことが会った時に何もしてあげられない』
「普通何もないわよ……多分」
この間食堂でわざとらしく中級生徒にカップに入れていた水を机の上に零されたなんていうのは、間違っても言わない方がよさそうだ。
こんな小さなことにまで過保護な二人が都度都度反応してあれするこれするなんて言っていたら、それを窘めるこちらの身が持たない。
『姉さん、言っとくけど僕は情報収集がそんなに得意じゃないけれど、メティはそうじゃないからね』
「ぐ」
『メティはありとあらゆるエーテルと繋がってる。今回のも言わなかったのは多分姉さんを不安にさせたくなかったのと、何かあったら姉さんにバレないように何とかすればいいって考えてるだけだから』
以前、アランが推薦をしたのに下級の生徒が中心のクラスに配属されていたのは彼女が裏で操作したらしいことを言っていたな……と思い出す。
中級や上級なんかに混ざったら肩身も狭いし、やりにくい。私の目的はこの学校でのし上がることではなく、今後の基礎知識や社会知識、生活に使える勉強が出来ればと言う程度だ。
だからそのあたりを汲み取ったメティに何も言うことはなかったのだけれど。
「その辺、メティにも言わないとね」
『?』
「言ってくれて構わないって。私を思いやってくれているのが分かるからあまり言わなかったけれど、別に私そこまで子供じゃないから」
分からないことは多いけれど、考える力がないわけじゃない。
それこそ身に掛かることならば、知っておかないといざとなった時に対応できない。
洗い終わった道具を軽く持って滴る水滴を振り払う。あとは天気のよさのおかげで数刻もすれば十分乾くだろう。
『全部?』
「ぜんぶ」
知った分をどう処理するかは私次第だ。
一度に詰め込まれると流石にパンクするだろうが、知るだけならばなんとかなる。二人の説明は割と分かりやすいし、きっとわかるように教えてくれる。
唸るクリアに、溜息を返した。
短い付き合いではあるのだけれど、この子も私に隠していることがあることぐらい気付いている。
『本当に聞くの……?僕らでどうにかしようって思ってたんだけれど』
「?なに?なにかあるの?」
『ううーん』
随分と溜めるじゃないか。なにを隠してんだと思いながら戻るとアランとアルヴィエが二人で何か真剣な表情で話している。
雰囲気がさっきまでと違っていたので、思わず一瞬足を止めた。
『例えばあのアルヴィエって子が姉さんのこと殺そうとしてるとか?』
そういうことはもっと早く言え。




