落とし物
講義のあと、アルビィエを今度手伝いに連れて来ても構わないか、と講堂を後にするアランを追いかけて相談したところ怪訝な顔をされながらもすぐに了承の返事がもらえた。
事情を話してもアランの表情は変わらず、人手が欲しそうな様子はいつも見られたから喜ばれるかと思っていたのだけれど、もしや都合が悪かっただろうか。
「ああ、違いますよ。でもあの生徒がねぇ……」
いつも質問にも明快に答えてくれたり、何をするにもあまり言い澱むことがなかった彼だったので珍しさを覚える。迷惑じゃなければ、とりあえずはまぁいいのだけれど。
暫く上の空だったところ、まぁいいかと何か自分で解決したらしいし。
「僕の方は構いませんが、いいんですか?」
「え?」
「次頼んでいたの、植栽の剪定ですけれど」
エーテル機を使うと影響があるので、人の手で一つ一つ剪定しなければいけないものがあるから手伝ってくれと言われていたのを思い出す。
梯子を使って多少の高さを登らなければいけないと説明を受けたものの、実家でも二階建ての屋根の上などの補修を父と一緒にしていたりしたのだ。ある程度の力仕事はなれている。
勉強がしたいのだと言ったアルヴィエを誘ってすでに何度か図書室で一緒に机に向かったことがあるのだけれど、どう見ても彼女は運動が得意そうではなかった。文系も文系だ。
私が休みを返上して付き合っているアランの手伝いがどんなものなのかと聞かれて、先生から色んなことを教えてもらえている話をすると興味津々で食いついてきたので、アルヴィエも一緒に参加できないか聞いておくと約束したのだ。
決して私のエーテルへの探りを誤魔化すためではない。
あれから、徐々にアランが保管していた私が採取した薬草のほとんどはゆっくりと枯れていった。
不思議そうにそれの観察を続けていたアランだが、遅くはなったが他のものと同様に枯れたそれに興味がなくなったわけではなく、今度はそれの加工を始めたらしい。
残念ながら、その加工は全て期待したものにはならないと思うけれど。
アランの仕事の手伝いが始まってしばらくしたころ、メティに言われたことがある。
『厳密には私たちには死という概念はないのですわ』
「でも枯れたりするよね」
『人の言葉で言うなら確かにそれは死なのですが、私たちの考え方は”還る”と言った方が伝わりますわね』
「”還る”……?どこに?」
『母なる処へ』
宗教や常識の違いなのか、そもそもこの世界はそういった仕組みになっているのかまで分からなかった。
『以前にあの花に操られている紫の子をマスターは助けたでしょう。ああいう状態を、死ぬと言うかもしれませんが』
「ううん?違いがわからないな」
『己の生き方を生きる、ありのままで。それがエーテルの生き方です。己の生き方をあのように変えられてしまうのはもはや殺されているも同然ということ。還れなくなった、とでもいうべきでしょう』
「それは嫌なの?」
『ええとても。話は戻りますが、マスターの手によって採取された草花たちは一時的にマスターの力を得て、己の生命力が伸びましたがそれでマスターが困っているのも分かったのでしょう。喜んで還ると、そう言っておりました』
採取しただけで生命力って伸びるもんなのかと腕を組んで考えてみたもののよくわからず、クリアが『傷を治たりするのを手当っていうだろ。姉さんの場合、治すための道具がいらないってだけさ』とやれやれと言って私に教えてくれる。
はんどぱわー……と、自分の両手を見たがさっぱりだ。
とはいえ、彼らが言っていたように草花たちが枯れ始めたことをアランが言ってきたので、分からないふりをしておいた。草花たちには心の中でお礼を唱えながら。
不思議な現象がなかったことにはならないことと、人手が欲しいのは変わらないので引き続き手伝いの仕事は頼まれたのだけれど。
そんなこんなで、昼食時にアルヴィエに声を掛けて次の手伝いの内容を説明したら、一瞬ぴくりと眉が動いた気がした。
ん?と首を傾げた私に、何でもないと笑いながら問題ないと彼女は言う。
「忘れたの?私も下級市民よ、力仕事は家族の手伝いでいくらでもしてきたわ。上手かどうかの保証はしないけれど」
「じゃあ決まりね、今度の休み三度目の鐘の時間からだから、その前に私の部屋の前で待ち合わせしよう」
「わかった、ありがとう」
アルヴィエを呼ぶ声が彼女の後ろの方から聞こえる。
気の強そうな女性が、目じりを立てながら私を睨んできていた。やっぱりあれが例の彼女の同居人だ。
同じ部屋の妹分を別の女に取られて心配しているという顔のそれではない。自分に従わない女に自分に従っていた女が持っていかれた方の怒りの顔だ。
他の下級生徒が何人かアルヴィエも含めて固まって去っていく。
中級の生徒たちとすれ違った時に、にらみ合っていた様子に見えたのは気のせいではないだろう。
前まで他の生徒たちと同じように食堂に食事をとりに来ていた聖女がこなくなった途端に露骨になり始めるのだから、怖いものだ。
「聖女様本当に表立ってみなくなったよね」
「講義は受けてるらしいよ。ただ、受けたらこれまでは自由だったのが、すぐに寮に送られるようになって、食事も寮で」
情報はアランから。
取り巻きの生徒たちが食事に同席することもなく、他に迷惑を掛けるわけにはいかないからとわがままを言うことなく指示に従って籠っているそうだ。
それに伴って、男性で会ったエンヴィーが部屋こそ違えど同じ建物内にいて他の隊員たちと交互に警備に当たっているのだとか。
「その分の上級市民の鬱憤が今にも破裂しそうだけれど……」
「親から色々接触するように言われているのに、何も出来ないからでしょうね」
今日の昼食は芋を小麦のようなものと練り合わせて作ったらしい団子が入った野菜スープだ。
これで食事まで聖女が表に出なくなった影響を受けていたら私も本気で凹んだけれど、今日も今日とて実家と比べたら何倍も美味しいので有難くいただいている。
しかしスープの加工がなぁ……ここに肉類の出汁を入れてやったらもっと美味いんだろうな。
「でもユラも気を付けてね。こないだ隣の部屋の子泣いて帰ってきたから」
「なんかあったの?」
「中級市民の人の前に物を落としてしまったらしいんだけれど、それが亡くなったお母さんの首飾りだったんだって。それを汚いっていって中庭にある池に放り込まれたって」
陰湿というか……理由もなくただ階級だけでそれをやっているなら、本当に子供じみている。
「池ってあそこ?見つかってないの?」
「そう、頑張って探したらしいけどあの広さじゃない?昨日遅くまで探して、皆に諦めるように言われて泣きながら戻ってきたのよ」
食堂の窓の講師の隙間から見えた池はいつ見ても綺麗だが深さはかなりあるはずだ。
探せないほどの距離を放り込んだなら、かなり力強く投げられたのだ。夕方にそれが起こったのならどれだけ水が透過性があったとしても、あっという間に日が暮れて見えなくなってしまっていただろう。
塔の光があったとしても、池の底まで照らすのは難しい。
「ふぅん……」
「めずらしい。気になるの?」
「なんか、私の評価が悪いらしいから?いまのこの学校の雰囲気に生きていくためには好感度上げないとダメかなって?」
そこまで言ったらルオンが楽しそうに笑いだした。ここのところのあるルオンの笑いどころ、大体私の不幸な点に偏ってる気がする。
前までならルオンも他の生徒と話したり、昼授業前の小休憩でお茶を飲んだりしていたのだけれどここのところはそうもいかない。お互いに食べ終わった皿を返し、その池を見に行くことになった。
風が吹くと少し暑くなってきた熱気も、水面のおかげでか少し涼しい。
ここの池には柵などはなく、人工的に岩が囲っておりたまにそこに腰掛けて休んでいる生徒がいる時もある。人との会話が減ったここのところの状況では、そんなところで交流を深めている生徒もめっきり減ったけれど。
キラキラと風に揺れて光る水面が綺麗だ。
「冷たっ」
ルオンが指先を池に入れて、泳がせる。ある程度したら慣れてきて気持ちよくなってきたのか、手のひらを入れてその冷たさを味わっていた。
私も真似して手を入れてみる。確かに気持ちがいい。
気持ちがいいが、人が入るにはまだまだ冷たい。どこまで探したのか分からないがこんな冷たい池に足を入れて探したんではきっと冷えてしまっただろうにと先に話していた生徒を思い返す。
満足したらしいルオンが立ち上がって、池の周りを軽く周り歩き始めたのを見送って触れた水面へと話しかける。
「ねぇ昨日女性が探していた落とし物知ってる?」
ぐるり、と手の周りの水面が揺れた。
どうかと思ったが、無事に会話は出来そうだ。
「持ち主の大事なものらしいの。運んでくれる?」
私の頼みに答えるように指先を優しく水が撫でていって、なんだかくすぐったい。
小さな魚が指先をくすぐっているみたいだ。悪意はない、好意的な反応にほっとした。
その証拠に、水面が大きく波打った瞬間に銀色の鈍い光が水の中で輝いた。
するりと物体が指先に引っかかる感触を逃さないに握りしめる。
鎖だ。掴んだ瞬間に重さを感じられたので引き上げた。
鉄のようなものを削って加工された花の首飾り。商品として出せるほどのものではないけれど、作り手が一生懸命削ったのだと分かる武骨さが逆に好ましい。
「ありがとう」
楽しそうな小さな薄緑色の光の渦が、くるくると水面を踊った。
嬉しくなって笑う私に合わせてさらに踊る。
腕を伸ばして離れたところを探していたルオンにこれじゃないかと叫ぶ。酷く驚いたルオンが全力で駆けてきて凄い凄いと飛び跳ねた。
きっと喜ぶだろうと二人ですぐに届けることにした私たちは木陰からこちらを覗いている人がいたなんて気が付かなった。




