試飲会
エンヴィーから貰ったペンを取って、紙に文字を書く。隣にはルオンも楽しそうな顔をしながら私が書くそれを覗き込んで、ニヤ付いた顔を隠さないでいた。
「ねぇそれ私も書いていい?」
「いいよ、インク垂れないように気を付けてね」
アランにエーテルの力が見つかってしまったこともあったので、今回は全くエーテルを込めないように書いたから私が書いてもルオンが書いても色は同じだろう。
手のひらより少し小さい紙に短いながらに書いたそれを二人で見て、しっかりと乾かした後に二度折った。これならきっと見つかることはない。
「いいね、ワクワクする。紙とインクはなかなか手に入らないけれど、こんなのなら何度でもしたいな」
私が、前の人生で学生だった頃によくやった手法だ。
携帯とか、まだ手になかったころは先生の目を盗んで、小さくあった手紙を投げたりみんなで回したりしたのが懐かしい。
しっかりと折りたたんだそれを、両手の中に含んで小さく声をそれに声を掛ける。彼女が無事に読んでくれますようにと呟いて。
このインクにエーテル保有の結晶が入っているなら、私たちのこの願いを聞いてくれるかもしれない。
「おまじない?」
「そう。秘密の女子会だから」
まぁ、アラン先生の研究室で例の作った果実酒を試飲会をするから今度上手く休みの日に研究室に来てねという手紙だから、厳密には男性が1人混じった女子会だけど。
アランに許可を取っているというより、例の果樹酒の出来を聞かれて、出来はよさそうだけれど一緒に作った中級市民の友人と一緒に飲める状況にない旨を伝えたところ、アランが自分を利用したらよいと言ってくれたから実施が決まったもの。
前に作った果実酒の色は、果肉の色と混じってとてもきれいな朱色に染まっていた。
「来てくれるかな」
「来れなくても、残しておいてまた次の機会にしたらいい。それが無理ならまた作ればいい、そうでしょ?」
「そうだね」
そうして私たちは次の日の講義、これもアランが校外にでてする講義があるからその時に上手くすれ違って渡せばいいと教えてくれた。
文字に関しては聖女と違って彼女は中級なので一通りのものが読めるので問題ない。
そう言って教えてもらったように、手紙をうまくすれ違った時にエレンのポケットに忍ばせることは無事に成功した。
触れた感触で私がなにか仕込んだことは分かったのだろう、ちらりと私を見て驚いた顔をした彼女に声を掛けられる前に立ち去った。
その後渡せたかと聞いてきたルオンに満面の笑みで返す。お互いに拳をぶつけて、成功を喜んだ。それをみてアランが笑っていたことは気付かなかったのだけれど。
そうして彼女は無事に私たちが書いた手紙を見て、次の休みの日に私たちが待つ研究室にやってきた。
少し、照れくさそうな顔をしながら。
「びっくりしたよ!こんなお呼び出し私生まれて初めて」
そう言いながらも渡した小さな手紙を掲げた彼女が嬉しそうで私たちも嬉しくなる。
「手紙っていうんだって」
「文字で誰かに伝えるって、通知書とか法的なものしかみたことなかったからこんな使い方しているの初めて見たよ。おかげで誰にもバレずにこれたんだけれど」
「誰とも会わなかった?」
うん、お昼時間なのにここまで誰とも会わずに来れたの。神様が味方してくれたのかも笑いながらカップを用意している私たちに合流した。
エーテルはどうやら私たちの味方をしてくれたようだ。
「ユラ、酒には蜜を入れたと言っていましたね。なら甘いですか」
「初めて作ったのでなんとも。香りは……」
ひょっこりと奥の部屋からアランが顔を出す。カップなどを用意してくれたのも彼だ。しっかり彼も数に入っているので、個数は四つ。
聞かれて酒瓶の蓋を開けるとポン、と良い音と馨しい香りが広がる。
思わず全員の口からおお、と明るい声が広がった。味はまだ分からないが、香りは満点だ。
「ユラとルオンはともかく、エレンは部屋に戻った時に飲酒がバレないようにしないといけませんね。僕が昔よく飲んでいた酔い隠しの薬を作ってあげましょう」
「酔い隠し?」
「昔学生時代にはよく朝方まで飲んでいまして。教師たちが厳しいので、酒が抜けていない状態で授業に参加していることがバレると懲罰房行でね」
心底楽しそうに彼は笑っているが、それ一体何歳の頃なのかとかどれぐらい吞んでいたのかとか聞いてはいけないと私たちは分かり、乾いた笑いで返す。
苦みはないし、顔色もしばらくしたら分からない程度に戻るから今日は楽しみなさいと一つの皿を出しだしてきた。
上に乗ったのは、発酵食の香りに似た固形物。
チーズに似た香りだ。
「乳製品でね、僕の実家の領土内で作られているものなんです。保存がきいて酒に合いますからご相伴させてもらうお礼に」
「材料なんてほとんど先生に準備してもらったのに」
「こんな酒の加工は初めてなので。果物を入れるなんて考えもしませんでしたよ」
失敗してるかもしれないぞ、と困った顔で笑った私を見て何故か更に嬉しそうな顔をされた。
小さなナイフで彼はそれを一口サイズに切りながら、失敗もまた一興だという。
「新しいことはどんなことでも失敗ありきです。新しいことは、なんだって楽しい」
そんなことを言いながら「体調崩しても、薬を作ってあげますからね」と彼は今日一番の満面だ。
ルオンとエレンが縋る様な顔をして私を見てくる。いや、いきなり一気に吞まないで今日は軽く飲んでみるだけのつもりだから。味が悪そうならすぐ止めるから。
あと、実はこの場では間違えても言えないけれど、クリアとメティが味については保証してくれていた。完全に裏技も裏技。
『作った人が作った人なんだから、エーテルが全部味方して美味しくなってるに決まってる』とのことらしい。
エレン達が一人で作ったりしたときに味が違うことになるのは、気温とかそんなので誤魔化すしかないだろうとそれを二人に言われたときには溜息を吐くしかなかった。
「それでユラ、どうやって吞むつもりで?」
「乳割で」
「乳?」
朝食の際で部屋で飲みたいのでと分けてもらった乳が入ったポットを差し出す。白いポットで透過性はなかったから中身が何なのか分からなかったのだろう。
四人が酒と割って飲む分には充分な量で、酒がダメならだめで乳に前の残りの蜜を入れて飲んだらいい。
「おや、そのままで飲むのかと思っていました」
「ルオンがお酒飲むの初めてなんですよ。甘いのが好きだからそれなら軽く試して吞めるんじゃないかと」
「えへへ、私多分酒強いと思うんですけれどねー」
ルオンの両親が酒に強いのは私もよく知っていた。彼女の血縁者はほぼ酒飲みだったので、本人も呑める機会を楽しみにしていたのだ。
彼女の誕生日は実は昨日だったので。
「え、ルオン昨日誕生日だったの?」
「そうなの。だから一緒に飲めるよ」
お祝いが準備出来なかったとエレンが凹む様子を見て、ルオンが今日一緒に過ごせるのが一番だと本心から喜んで笑いかけた。
きっと本音だろう。ここのところ、本当に会える日が少なくなっていたから。
「なるほど、君はこのために酒を仕込んでいたんですね」
「はい。私の誕生日にも、ルオンは贈り物をしてくれたので。無事に集まれて本当に良かった」
首を動かすと、高めに括った髪が揺れる。髪と一緒にきっと綺麗な髪紐も可愛く揺れていることだろう。
私にこの髪紐を送ってくれたのはルオンだった。
―――金の糸を見た時にユラの瞳のこと思い出したの。
彼女はとても器用で、糸を編み込んでミサンガのような太さのある柄の編み込まれたものを作ってくれた。その中に一本品よく混じっているのは金の糸。
金の糸は糸自体に色が付いていて、特殊な繭からしか採取出来ないものだと自慢げに教えてくれた。
貴重なものだろう、高かっただろうと慌てた私の反応が嬉しくてしょうがなかったらしい彼女は、その表情と想い出でもう値段に代えられないものだからと、私の髪を結ってくれた。
私の、大事な一番の友達。
「私も友達の大事な記念日に、大事な想い出を作りたかったんです」
私より賑やかなことが好きな彼女のことだから、初めて飲める酒は誰かと一緒が嬉しいだろう。
酒瓶を持って、私のために美味しくなってくれたらしいエーテルにありがとうと呟いたら、小さな泡がぷくりぷくりと朱色の液体の中を踊った。
『楽しい時間を』
私の名前を呼んで、早くと急かすルオンにはいはいと駆け寄った。
今日ばかりは日ごろのことを忘れて楽しい一日を、と心から願って。
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