お茶会
鐘塔の以前来た時と変わっているのはその周りにいる人の数だろう。
お昼時でも変わらずほんのりと白く発光しているそれは、以前とは全く異なった神々しさがあって、ぱらぱらと休みのデートコースに使われてしまっているのが分かるカップル率の多さだ。
多さと言っても三組程度が距離を置いていつからか置かれたベンチに腰掛けたり、鐘塔を見上げたりしているだけなんだけど。
「弱ったな……これじゃ入れない」
入口の扉はかなり大きく、もし人がその前に立ったら目立つし、前の無人の状態と違ってどうやってこそこそはいろうとしても誰かしらには気付かれてしまう距離だ。
逢いたいと思ってくれているだろうし、私もあれからどうなったのか気になっていたから来たのだけれどこれでは。
『前とは違うんだ、声を掛ければ向こうが招いてくれるさ』
「声って……」
おじゃまします?とか言えばいいのかと言った瞬間に、身体が一瞬浮いた。
悲鳴を上げる暇もなかった。内臓が上にぐっと上がって、急に感じた重力にうっかり舌を噛みそうになって身体のバランスを整える。
「て、てれぽーと……」
『なにそれ』
『ごめんなさい、驚かせてしまいましたか』
冷めたクリアの声に対して、おろおろとする声は成人の男性のそれだ。
いや、中性的といわれたらそうかもしれないけれど……と聞こえた声を振り返ると、その場所もそこにいるのも最後に会ったあの鐘の子……いや、子じゃないわ、でかいわ。
前がバタバタしてたから、頭の中の認識がこんがらがってる。
『御機嫌麗しゅう、お会いできるのを心待ちにしておりました』
「うん、元気そうでなによりよ」
この瞬間移動をしたのがクリアだったら嫌味の一つも言っていたけれど、あの弱った姿を見ているせいで、なんとなく叱れない気分だ。
申し訳なさそうにして既に反省した顔をされている人にどうして怒れようか。まぁ、人じゃないんだろうけれど。
前と違い、私よりはるかに身長の高い彼?彼女は、私が笑顔だったのをみてこぼれんほどに笑みを浮かべる。見た目は大人なのに、なんだか精神はまだあの時のあの子を思い出す。
可愛い、が先に勝ってしまった。
『ああもう、姉さんの悪い癖だよ』
「なによ」
『顔のいい男には靡かないくせに、可愛いもの、弱いもの、押しが強いものにはすぐ絆される』
「誰でも彼でも靡いてるわけじゃないわよ」
相手は選んでるし、自分に対して好意的だと分かっているものにだけだ。そんな無節操じゃない。
それに前見た時の顔色と全然違うのだ、純粋に安心した。あの時はいまにも折れてしまいそうな儚さがあったのに、今は神々しさも増すことながら、落ち着きがあるというか、この人の周りだけまるでゆっくりとした時間が流れているような錯覚が産まれそうな、安心感がある。
「あの後大丈夫だった?私、まっすぐ寮に帰って、噂位しか聞いてなかったの。変な調査とか実験とかさせられてない?」
『?』
「え?なんか私変なこと言った?」
私が心配したことを捲し立てると、なんのことだろうときょとりと首を傾げられる。
てっきり鐘塔が力を戻して、そのあと調査が入ったって聞いたから色んな先生や研究員にあれやこれやと調べられたりしたんじゃないかって思っていたんだけれど。
その疑問には、一緒に連れてきていたメティがプレートから声を出して答えてくれた。
『人で鐘のこの姿の状態に会えるのは、恐らくマスターと例の聖女ぐらいですわ』
「え、そなの」
『勿論、見せようとすれば見せることはできますが基本的に私たちは、自分たちから人に関わろうとはしませんもの。なので感受性の違いですわね。この世界の人というのはそこまで容量が大きくありませんの。彼らの目に見えたのはただ発光するエーテルの満ちた鐘の姿だけですわ。それに、こんな内部に入ってくることができるのはまずおりません』
と、いうことは聖女には会ったのか。
『ええ、聖女という人にはお会いいたしました。豪傑な女性でしたな』
「ご、豪傑?」
『過去の聖女を見ることはありましたが、話したのは久方ぶりで……あれを豪傑と言わずなんといえばよいか……』
「そうなんだ……」
私もそこまであの子とのこと知っているわけじゃないから何か否定できるわけじゃないんだけれど、彼らからの印象で新しい表現を聞いたので驚く。
割とおとなしい印象の方が強いんだけれど、何かやったのかしら。
『総じて聖女になりえる人柄というのは、似てはおりますけれどもその中でも』
筆頭だってか。めちゃくちゃいうやん。
『なので、私も無理に隠れようとせずお会いいたしました。会わないことも出来たんですが』
「何か言いたいことがあったの?」
『聖女になる必要はないと、そう伝えたのです』
答えた声は、酷く落ち着いていた。
あの時と違って見上げないと目が合わないので、上を見るとあの綺麗な金の瞳が私を見下ろしている。
この世界の人間からすると凄いことを言ってしまってないか、と冷や汗が出た。
「どういうこと……?」
『私たちには貴女がいる、この世界にはそれだけで十分です。人が人に振り回される必要などない』
「それそのまま彼女に言ったの?」
『いいえ、貴方はご自身の存在を隠されていた。それを不利にするようなことは私たちにはできません。しかし、言葉足らずとも彼女はこちらの意図している意味がわかっているようでした』
「……」
『だからこそ、聖女なのでしょう。この世界の状態を、この世界の人間とは別の視線で見ることが出来る』
それこそが、エーテルなどより最も強い力なのだと、彼は教えてくれる。
『この世界の求めるものに対しては出来ることは少ないが、求めてくれて助けてくれる人の助けにはなりたいのでそれに聖女という肩書がいるなら、それで構わないと』
それは言いそうだと、納得してしまった。
あの瞳の力の強さ、特別な色をしていない茶色の明るい彼女の眼を思い出す。
「貴方は、聖女を気に入ってるのね」
『貴女の次にですよ』
思わず、噴き出してしまった。私に敬意を払う謎の力がしっかり働いている。
人間に何かをしないと言いながら、好意的なものには好意的なもので返すエーテルがほとんどだ。細い指先で私の頬を包むと、伏せた瞳で私に頭を下げてきた。
『分けていただいた力ですが、時にあの娘の助けに使わせていただくための許しが欲しい』
「違うわ」
『え……』
「私が返しただけの力よ。もともと私のものではなかった」
最初から私に力なんてない。
いつも誰かから分けてもらっているものばかりだ。
心と体は両親や親族から。
学校教育や衣食は聖女から。
知恵や能力は先生から。
自分の力の扱い方はメティやクリアから。
「この世界の生きる元気をくれたのは貴方だったから、返した後、その力で貴方がしたいことがあるならそれは貴方の自由でしょ」
包んでくれている手を包み返す。
『いつ何時も貴女を傷つけないこと、貴女を損なわないこと、心よりお誓い申し上げる』
「おおげさ」
聖女様だもん、私だって絆されちゃったんだから否定できるわけもない。
『これだからマスターは』
『姉さんだもん、しょうがない』
はたと思い出して本来の目的を思い出す。ごそごそとポケットを漁り、その紙の包みを取りだして彼の目の前に差し出した。
それが何なのか分からない彼は、それを一瞥した後私の目的がわからないのだろう、困ったように私に視線を向けてくる。そんな顔しなくても別に虐めたりしない。
来る前にメティに可能だと聞いていたから持ってきていたのだ。
「私そんなことより、貴方と茶飲み友達になりたくてきたのよ。ねぇ?ティーポットとカップは用意できる?」
これが今の私に出来る精一杯のあの時のお礼だ。
身の丈にあったものとなると、私はこんなもの位しか用意できなくて、私はこの程度の人間である。
ぽかん、としたまま動かないとで、もう一度急かすと瞬きを繰り返した後、是と答えて彼が手を叩くと不思議も不思議、一面、真っ白な世界だったのに急に草原と青空、ティーセットが現れる。
流石、とほめると、何とも言いにくそうな表情をされた。
嬉しいけど素直に喜べない、みたいな。
『全く……なんて御方だ』
「私難しいことは考えないことにしてるの。今は貴方と仲良くなりたいなって思ったから」
マスターとか、姉さんとか、神様とか、そんなの全て取っ払ってしまいたいのが本音だ。
エーテルを知って世界は確かに変わったけれど、それは別に私が偉くなったわけでも、相手が変わったわけでもない。
相手のことを知る面が増えたってだけなんだから。
「貴方からもエーテルのこととか教えてよ。どうにもメティもクリアも教えてくれても、私を煽ててばっかりで要領を得なくて。わかんないことばっかりだし」
この世界の最初に生まれた鐘なんて、きっと沢山のことを知っている。
私はそれを知って、自分の生きるために必要なことなら得たいだけで、それを使って何か偉業を成し遂げるつもりも成し遂げられる自信もない。
「どの子に言っても、友達になりたいっていってるのに断られるのよ」
『それはそうでしょうとも』
「逃がさないわよ、初めての人型なんだから」
沢山の声が聞こえるようになったけれど、その気持ちがあまりにまっすぐに伝わってくるっていうのは偶に酷く怖いのだ。
表情のある状態でいてくれるなら、こちらも会話のしようがある。
『ずるいですわ、私もマスターのお茶飲みたいのに』
『早く実体化させてほしいなぁ』
「あー聞こえない聞こえない」
やっと目の前に参考になりそうなのがきたんだから、それはこれからの目標だ。
どれだけ実体化してくれといわれてもピンとこなかったのが、やっと目の前の実物みて理解し始めたんだから。
『私で、よろしいので……?』
「貴方が良いの。付き合って」
御意、と返事は硬かったけれど、まぁもうこれは諦めよう。
だって嬉しそうに笑ってるんだもの、だったら私も笑うしかないじゃない。
それからというもの、たまに寮の部屋の窓に白い小さな鳥がお茶のお誘いに飛んでくることになったのは言うまでもない。




