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食堂娘の神様革命  作者: 春樹
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仕事終わり

 



 私たち生徒に配布されているプレートはエーテル機で、講義で使う資料や写真などがそれによって表示される。テキスト替わりみたいなもので、講義時間以外にも中身を確認することは出来るがよほど勤勉な学生か、授業に間に合わないと焦っている生徒が見ているぐらい。

 生徒側からは入力は出来ず、あくまで受信のみ。だから、追加でほしいものがあった場合は教師に頼むのが主流となっていた。


「こちらの資料をあげましょう」

「ありがとうございます」


 教師側は発信も編集も可能なので、追加資料や修正をする教師は非常に頻繁にその情報を改定して生徒たちにエーテルを通じて各生徒の持っているプレートを操作することが可能となっている。


 前から気になっていたそれはメティに言ったらエーテルを通しておそらく探って拾ってきてくれるのだけれど、はたと思いついてもしかしたらアランなら持っているかもしれないと尋ねてみたらあっさりと承諾してもらえた。


 頼んだのは例の竪穴の中で会ったあのグロテスクな花の資料。

 あの花のことを見たことも聞いたこともないのは、当然知らない知識はまだまだ五万とあるのだからあり得るとして、胸の中で嫌な気分になった想いが黒い靄になって心の中に残っていたのがどうしても拭えなかった。


「あれ、先生……なんかこれ秘匿ってなってますけど」

「そうですね」

「いや……これ生徒に渡したら駄目だったやつじゃ……」

「そうですね」

「わざとですね……?」

「そうですね」


 この人は……。

 多分ちょっとズレているのだ。今に始まった話でもないと短いながらにすでに理解しつつあるアランの性格に溜息をついて、何かを言うのは諦めて有難く貰ったその資料に目を通す。

 仮名でつけられたあの花の名前は”マルチドール”。

 色は多色ではなく、あの時見たあのピンクの一色のみらしい。あまり詳しいことは載っておらず、見た目、大きさ、あの時嗅いだ独特の甘ったるい臭い、他人のエーテルを喰らい、貯蓄すること。

 素手で触ると被れて爛れるため、対処法は現在燃やす方法しか見つかっていないとのこと。


「繁殖地とか分かっていないんですね」

「見つかったのはここ最近のことですから。まだ研究中なんですよ」

「あんなに危険なのに?」

「滅多にみつかることがないものでね。今回の騒ぎはそれも理由だ」


 資料の中には花の種の絵も入っており、見た目はただの植物の種だ。色だけはその花の色に似ている。


「原因となり捕えられた生徒から今回はまだ発芽もしていない種が採取出来たので、軍の研究所の連中も報告を待っていられずこの学園に来たのが昨日の晩でしたから、今日の午後は実験も兼ねているんでしょう」

「実験?」

「聖女様の歌の効果の、ね。今回状況確認をした際に枯れていた状態を確認できたということで、聖女の歌が作用したのではないかと推測されているんです」


 僕も呼び出しされているので、このあと向かわなければいけないんですがと酷く億劫そうに肩を揺らしたアランは、眼鏡をはずして目頭をもみ込む。

 もしかしたら色々調べるために夜遅くまで仕事していたのかもしれない。


「お疲れなら今日の作業、別日にされたらよかったのに」

「次の休みは休みで別のことを頼みたいんですよ。それに今日やっておかないと、植物の成長は早いので」


 次の休みに何を頼むつもりだろうか、と遠い目をしてしまう。いやいいのよ、休みの予定は図書館か植物園に入り浸っているって伝えていたから、小遣い稼ぎさせてもらえるならなんでも……。


「聖女の力って、本人の生命力を削るって聞いたことがあるんですがそんな簡単に歌って大丈夫なんですか」

「そのあたりは傍に着いたあの副隊長が上手く調整しているはずですよ」

「どういうことですか?」

「彼の特技は実は独特でねぇ」


 アランに頼まれて持ってきていた手製の茶葉でお茶を入れ、彼に差し出す。

 待ってました、と嬉しそうに笑う彼は、お茶を香りをまずはゆっくりと嗅ぎ、口をつける。様になっている姿はやはり育ちの良さだろう。

 そこらへんの野草から作った茶葉とは思えないほど優雅な飲み方をされているが、お値段はプライスレス。

 この間の酒と瓶を借りた礼にもなっているから、飲みたいと言われて異を唱えさせてもらえる権利はなかったのだけれど。


「ま、友人の隠していることを話すような趣味はないんで、それは内緒ですけれど」

「秘匿資料はみせてるのに?」

「それは大したもんじゃないでしょ」


 多分大したもんだと思うのだけれど、この人の中では天秤にかけるほどのものでもないのだろう。

 あのエンヴィーが割と信用できる人間だろうことは私も知ってはいたので、無理に聞き出そうというつもりもない。ましては他人から聞き出すようなつもりもない。


「さ、こちらが今日の報酬です」

「ありがとうござい………多くないですか?」

「そうなんですか?何分、そのあたりの料金の加減がわからないもので」


 一瞬考えて、うーんと唸って、よしと決心して有難く頂戴した。

 もともとほいほい高級なものでも渡す人だ、前に貰ったあの石の値と比べたら良心的だ。高すぎない意味で。

 それに貰えるものは貰っておく主義でもある。それで痛い目をみたんだろ、というのは言わないお約束だ。

 私の顔を見て考えたことはバレたらしく、可笑しそうに笑われる。


「金はあるだけあれば困りませんからね」

「前のようにほいほい高級品を渡されるのはもうごめんですけれど」

「おや残念」


 君の結婚する相手は苦労しそうですね、といらん心配までしてくるので、ニコニコしながら余計なお世話だと言葉をぐっと堪えた。一応先生、一応年上。


「そろそろ食堂に行けば昼食も用意してもらえているでしょう。今日は本当にありがとうございました」

「いえ、私も勉強になりました」

「そう?それならよかった」


 本当に人としての倫理は置いておくとして、教師としてはとても良い人なのだ。

 草引きをしている合間も、私が視線を止めた植物があれば詳しく教えてくれた。食用に出来るものに興味があるのも分かってくれていたので、いくつか分けてもくれた。


「ちなみに生でマルチドールの花を見た感想はいかがでしたか」

「感想と言われましても」

「人の持った印象ってのは大事です。直感と言ってもいい、特に女性はそのあたり感覚が鋭いですから」


 プレートに映った花の絵を見る。

 眼を閉じてみたら絵よりも繊細に見たばかりのあの花を思い出せる。


「無機質、だったかなと。だからなんだか怖かったです」

「無機質ですか」

「おかしいですよね、植物なのに」


 気持ち悪かった、怖かった。普通なら凍り付くほど強張って動かなくなるところなのに、何故か私は堪らなく嫌になって怒りが勝ってしまったのだけれど。


「いえ、とても良い勘ですね」

「?」


 なんでもありませんと言いながら、アランは私の肩を持ちくるりと回されて背中を押す。


「次もしこの花と会っても近寄らないように。君にもし本当にエーテルを扱える力があるのなら、君もこの花の犠牲になってもおかしくはない。今分かる対処法は燃やすことのみ。君、炎の呪文の使い方なんて知らないでしょう」

「はい」

「今後、この花の発生が酷くなったら生徒に教えることもあるでしょうが……十分練習もせずつけた身に余る力は、自分を傷つける。とにかく接触しないようにするのが一番ですね」


 彼に会釈して、また授業でと別れて私は部屋へと戻る。


 本当は知識と経験が足りていない生徒に手に余る呪文を教えたくはないのだろう。

 彼の言いたいことも分かる。この世界の理は、人間が作った社会とエーテルによって成り立っている。

 エーテルは産まれ持った才能に近く、大きくはそれは血統によって保障されたものと、たまたま奇跡的に保有して産まれ持ってきたものとに分かれる。

 聖女のようなイレギュラーは、特殊な環境や作用によって呼び出されたもので自然発生するものではない。


 その理論でいくなら、扱えるようになったとはいえ、私の人間離れした力の根源はなんなのか分からないままだ。

 恐らく私のような人間が生まれた理由はあるのだろう。それを教えてくれる人はいないけれど。


 吹き抜けになっている通路を歩くと、優しい風とお昼を告げる鐘が鳴り響いた。

 呼ばれた気がして、鐘の塔を見ると白い鳥たちがやってくる。


「あら……」


 肩に乗りすり寄ってくれる鳥や、私の服の裾をついばみながら引っ張ってくる鳥たち。

 今日の午後が空いているのがどうやらバレているらしい。

 約束だったもんね、また会うって。


「あとで必ず会いに行くよ」


 ぴちりぴちりと、嬉しそうに鳥たちは鳴いて私の上を数回回って飛び立っていった。そうと決まればお昼を食べて、逢いに行こう。



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