植物園の手入れ
与えられたのは軍手と藁で編まれた帽子。あとは両手で持てるぐらいの笊。
数少ない休みの日にアランに呼び出されて私は植物園に来ていた。どうせくるならあの時半端にしかみれなかった果実園が良かったのにと高く上った日を見上げる。
結論から言うと、アランに働かないかと言われて彼が管理する植物園の雑草引きに来ている。なんでやねん。
「雑草といえどまぁ草花なのでそれぞれにも種類があるんですが、ここは授業や研究で使う用の栽培地なので必要なもの以外が育たれると困るんですね。草を刈るエーテル機もあるんですが、あれにはどれを刈ってはだめなのかの分別が付かないので」
「それで人力……」
「丁度暖かくなってきたので、そろそろ手入れしないとと思っていたんですが誰かの影響を受けてか、例年より酷く……いえ、元気にどれも育っているもので」
要は私のせいで雑草も育ったので手入れを手伝えということらしい。
午後からは国の調査隊がきて聖女が襲われた果樹園を更に調べるので立ち会いがあるらしく、午前中までにこれを終わらせたいのだという。
彼の目的曰くは働けと言ったからにはそれだけではないらしく、研究室の整理や講義の準備なども手伝ってほしいらしい。
上級の生徒は当然手伝うなんて発想はなく、中級の生徒にいつも手伝ってもらっていたそうだが、今年の生徒は下級市民の学生が混ざっているせいで中級の人間からするとそんなことは下級がいるのだからそちらにやらせろという反応だったらしい。
「言いたいことは分からないでもないんですが、下級の生徒はまず文字の習得がほとんど間に合っていない。そんな生徒に講義の資料を振り分けてくれと頼んだところで内容がわからないでしょう」
布地の厚いエプロンをつけて、一緒にしゃがみ込みながら草を引く。残しておいてほしいと頼まれたものは事前に聞いていたので、特に迷うことなく作業を進めながら雑談も同時にできた。
引き抜いた草は笊にどんどんと溜まっていき、後で焼却所があるのでそちらに運ぶらしい。
真夏日のような暑さではないものの、動いた分だけ汗は流れた。不思議と悪い気分ではない。
「その点、君は扱いやすい。文字も中級市民程度には読めていて植物にも興味がある。なぜ君が植物のエーテルに影響を与えているのかはわかりませんが、なにその内わかるでしょう」
「そうですね……」
ぐい、と額に流れた汗をぬぐって立ち上がりながら背筋を伸ばす。凝り固まった筋肉が悲鳴をあげたけれど、見渡した様子だと朝から初めて終わったのは半分ぐらいだろうか。
少しお手洗いに行ってくるとアランに声を掛けて、校舎の方へと向かう。
『なるほどねぇ、そういう捉え方をされたわけだ。姉さんもしくじったね』
うるさい、と声には出さずに指で耳に隠したクリアがいるそれをこつこつと叩く。
いて、なんて声がしたけれど痛みなんてないのは百も承知だ。
帽子をかぶって作業すると聞いていたので、髪に隠してでも彼を連れてきたのはなんてことない。アラン先生にバレたかもしれないと相談したら、取りあえず面と向かってみてみたいと言ってきたからだ。
メティは他のエーテル機と繋がることが出来るので、状況はすでに把握しており、彼女が先におそらく大丈夫だろうと言っていたのを聞いて、彼も気になったらしい。
しかししくじったねという割に聞こえてくる声は軽かった。
『あの教師はどうやら姉さんの力を植物や生き物にだけ影響するものだと考えているんだね』
「違うの?」
『違わないけれど、ちょっと違う』
お手洗いだと言ったのはクリアと話すためのウソだったのだが誰かに視られても困るので、お手洗いにはそのまま向かい、帰りにアランと一緒に飲む用の飲み水を貰ってこよう。
これだけ続けて作業をすれば嫌でも脱水症状になりかねない。
『人の言う生き物と、実際の生き物は範囲が違うんだ』
「……具体的には?」
『この世のものは全て生きていると思ったらいいし、その全てに姉さんは影響がある』
「聞くんじゃなかった」
ものだと思っていたものが意志をもって動き始めたらそれはホラーでしょ。
『鐘の子だってそうだったじゃないか』
「だってあれは人型で」
『ねえさんと話すためだけに人型になっただけだよ。目に見えるものがすべてじゃないさ』
給湯室により、貸出用のポットを取り出した。
この校舎も上水が整っており、レバーを上げてやるだけで水が蛇口から出てくる。この蛇口自体がエーテル機で、水の汚れなどを取り除いてくれているらしく、そのまま真水で飲んで構わない。
手の汚れを落とすために、流れ出てきた水で泥を流す。動いた身体にその水は気持ちが良かった。
『ねえさんが望むなら、その水だって刃物に変わる』
両手を器にして、溜まった水を見る。
それは隆線を描きながら、太陽の光を反射する水の花になった。
気を抜けばあっという間にただの水として流れ落ちる。
『ま、あの教師の様子だとバレたというか、別に全部わかってるわけじゃないし僕も大丈夫だと思うよ。まさか姉さんのエーテルが想像しているようなものじゃないなんて、考えもつかないだろうし』
「なんか騙してる気分にもなってるのよね」
『嘘はついていない。それに、本当のことを言ったって禄なことにはならないって自分が一番分かってるから僕たちに相談したんだろう』
ちなみに望めばその水も、望んだ相手にだけ毒に変わることが出来るよという。
流石に頭を振って、それは望んでないし、危険性が薄いというならそれでいいと答えた。
二人が相談をした後、いろんなエーテルたちと一緒にアランのことを調べて判断してくれたことは分かっているのだから。
「あの人は私に、その力が不安なら一緒に考えようと言ってくれたのよ。善意でいてくれる人なら、私はそれを無碍にはしたくない」
『善意かどうかは微妙だけどねー。割と研究に没頭するタイプみたいだよ』
その答えは言われずとも予想がついていた。
試すためとはいえ、金銭に糸目をつけずにあんな花の石なんて高価なものをたかが下級市民にほいと渡して様子を見ていたのだ。私のことを試すつもりだったに違いない。
ポットに溜まった水と、カップを二つ拝借してお盆に乗せて運んだ。
幸い給湯室から植物園まで遠くはない。
「この間は身を護るためだったし、これからもそのためにはきっと私は使うのよ。でもね、この力で何かを従わせて好きに振る舞いたいってわけじゃないの」
だから、使い方を学べるのならそれに越したことはない。
彼に回りの人間には気付かれないようにしたいと伝えたら、下級市民の中で生きるこちらの気持ちもわかっていたらしく二つ返事だった。
『いいのそれで』
「いいのそれが」
そっかと明るい声でクリアは賛同してくれる。
聖女との縁が気付いたら出来ていたり、エンヴィーみたいな人と話すことになったり、こうやって先生に気を掛けてもらえたりなんてするものこの学校にいられる数年だけの話だ。
だったらだったで、いまを楽しむことに集中したいから、実家に戻った時に思い出話に出来る程度にしておけばいい。
私、聖女様のこと助けたんだよといったら、きっと両親は驚くだろうし、自慢の娘だと言ってくれるだろう。
じりじりと感じる聖女様の取り巻きの視線もあるけれど、若い子の感情の感情の浮き沈みなんて激しいんだからその時にはアランを通してエンヴィーに取り巻きの機嫌を取る様に言おう。
「おや」
「少し休憩したくて持ってきてしまいました」
「いただきましょう」
勝手に用意した飲み水をどういわれるかとも思ったが、どうやら喜んでもらえたらしい。
お互い数時間は作業に没頭していた。一度休まないと逆に効率も悪い。
石で出来た囲いの花壇にお互い腰かける。アランは被っていた帽子を脱いで、前髪を覆いあげたのでいままでまともに見たことのない彼の顔を初めてみることになる。
「うわ」
「なんですかうわって」
「分かってましたけれど本当に顔整ってますね。いつもそうしていたら生徒の受け良いのに」
いつもは目はほとんど髪でよく見えない。癖っ毛のせいもあってか、話しかけにくそうな雰囲気で見えるのに顔がきちんと見えるだけでこの差はなんだ。
勿体ない、と呟くといつもは丁寧な姿勢や応対をしてくれるのに、これまた初めて酷く辟易した顔をして溜息を疲れた。
「顔が良くて得するってのはありますけどね、それで生徒が勉強に熱心になってくれるわけでもない。無駄な交流を増やそうとする生徒が増えたって、いいことないですよ」
「私は好きですよその顔」
「おや、僕は僕で別に自分の顔が嫌いとは言っていませんよ。ただ余計な仕事が増えるだけで」
自覚があるから隠しているのだ、と持ってきていたらしい手拭いで汗をガシガシと拭う姿はいつもの研究かぶれの雰囲気と違って男らしさが見えた。
色んな苦労があったらしい。
「私普通でよかった」
「力は普通じゃないですけれどね」
「はははは」
顔面偏差値が平均値なのは否定してもらえなかったらしい。されたらされたでお世辞だと分かって辛いんでいいんですけれど。
「カップを」
「?」
言われるまま飲んでいたカップを差し出すと、小さく摘み取られた葉っぱを入れられた。
小さいのに、ほんのり酸味がさっぱりとした香りが切り口から広がる。
おお、ハーブだ。こちらでは何と呼ばれているのか知らないけれど。
「この薬草は栄養素を補う力を持っているので、農作業などをしている人たちはこうやって休憩の時に水に浮かべて飲むそうです」
「ほんとだ、香りだけじゃなくて味も」
レモン水に近い。疲れた時には酸っぱい味が身に染みる。
「受け売りですけどね。現場で使っている人の方が、僕なんかより名前なんか知らなくてもその使い方をよく知っている」
「へぇ」
「ちなみにこれを教えてくれたのは、あの副隊長さんですよ」
いまでも遠征などで飲むらしいけれど上級市民の隊員たちは雑草を水に入れるだなんてとほとんどの人が飲まなかったそうで、私はつい笑ってしまった。そんな程度で飲まないなんて、軍として大丈夫なのだろうか。
「彼はこれを一緒に飲むかどうかでまず相手を測るそうです。一緒に難地に行っても泥にまみれた水でも飲んでくれるかどうか図るために。こんなきれいな状態でもそんな異物一つがダメな人はまず自分の下にはつけたくないとか」
「美味しいのに」
「ほんとにね」
休憩に入ったのが分かったらしい鳥たちがいつもなら遠慮して寄ってこないのに、二羽ほど小さく鳴いてやってきて私の肩に止まる。
飲み水を強請る声が聞こえたので、手のひらに少し載せてやると仲良く飲み始めた。
アランがそれをみて感嘆の声を上げた。
「珍しい。警戒心の強い鳥なのに自分達からくるだなんて」
「よほど喉が渇いていたか、美味しそうに見えたんじゃないですか」
「人の手に乗っているのなんて初めて見た」
物珍しそうに近くで見る鳥に興味津々なアランは、その羽や瞳、足などを粒さに観察する。本当に滅多に見られないのだろう、見逃さないようにと必死な様子が分かったのでその手を差し出してあげた。
二羽は私の方を一度見て、私が頷くと数歩跳ねてアランへと近づいた。
「へ」
「触っていいそうですよ」
恐る恐ると差し出されたアランの手に、二羽飛び乗る。
くるくると鳴き、首を傾げながら彼と目を合わせる様子はとても愛くるしかった。
ただ茫然として、アランはそれを見つめ返す。まるで子供の用に呆けていたので少し笑うと、鐘塔から明るい綺麗な鐘の音が響いてきて、そのタイミングで二羽とも飛び立つ。
彼の手に残ったのは小さな蒼い羽の一本。
「驚いた……こんなの人生で初めてだ」
小さな命にこんなにも感動する、それが彼の研究者たる所以なのかもしれない。




