↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
食堂娘の神様革命  作者: 春樹
PR
26/43

呼び出し

 

 いつだったかクリアが、ユラならこの世の全てを書き換えられると言ってきたことがあった。あの時には言われた意味がよく分からなかったし、何が理由で私に敬意を示してくれるのかもわからないけれど、受け流していた。

 今も言われても受け流すけれど、身体の中に尽きることなく存在しているエーテルの力が何なのか、あの時と違った気持ちで不思議には思っている。


 収穫した残りの果物を、ペティナイフで皮を剥き食べるには少し薄めにカットする。この程度の厚さなら温かいお茶に浮かべて飲めば味わい深く楽しむことが出来るだろう。


 ナイフは父が持たせてくれたのもので、握りの部分は年季が入った木製だが刃の部分は非常に鋭利で切り口も綺麗だ。定期的に手入れをして研いでいたのを持たせてくれたときに見せながら教えてくれた。

 折り畳み式で飾りもないが、上手に使いこめば一生ものだ。

 これを持たせてくれた父の気持ちはどういったものなのか、それを言われることはなかったけれど。


「刃物は使いようによってはとても便利な道具だけれど、使う人の気持ちによっては凶器になるんだよ……か」


 きっと、私の中に眠るこの力はまさしくそれだ。

 私はそれが凶器になることを望まない。


 三人分のお茶と、切った果物をカップに入れて湧きたった香りが鼻をくすぐる。

 紅茶とは違うそれは、ハーブティとも言えなくて、でもルオンも私も気に入って飲んでいるものだ。

 きっとエレンも気に入ってくれるだろう。


「ユラユラユラユラっ!!!」

「うわっ」


 ポットとカップを借りて、お湯も貰うために食堂の給湯室に来ていたら部屋で待っていたはずのルオンが息を切らせながら走ってやってきた。

 ほとんどの生徒が騒ぎで部屋に戻っていたため、給湯室には誰もいない。

 相変わらず私は掃除機能のあるエーテル機に集られてたけれど。いっそ開き直って、懐いてきた猫か犬ぐらいに考えるようになってきていた。

 って、違う違う。そうじゃない。


「なに?どうしたの……?」


 いきなり来たルオンは周りの様子を窺いながら、人がいないのを確認しつつ、私に近寄って声を顰めながら私の腕を掴んできた。


「エンヴィー様!エンヴィー様があんたを呼び出してるのよ!」

「なんで?」

「知らないわよ!今日の騒ぎのことでなんかあったんじゃないの?」

「ええ……」


 あの人は聖女の護衛筆頭だろう。そんな私のことを気にするなら、誰かは知らないが学生たちに紛れ込ませていたらしい部下かなにかに聞きに来させればいい。あの人がわざわざ直接呼び出すとは何事だ。

 少し遅れてやってきたエレンも、早くいくべきだと頬を肩を上下にさせながら私を急かしてくる。

 そんな、慌てんでも。


「アラン先生の研究所の方に来てくれって」

「でもお茶が……」


 せっかく美味しくできたんじゃないかと思っていたのにとお盆を持ったまま少し肩を落とすと思いがけない声が飛んできた。


「じゃあ、それは僕らでいただきましょうか。いいかな?」


 たいして広くない生徒用に作られている給湯室に、さらにやってきたのはアランだ。

 良いかと尋ねた先は、エレンとルオンの二人で、当然断ることのできない彼女のたちは勢いよく頷きながらどうぞと叫ぶ。

 ルオンはともかくエレンは私のことを見捨てたな。


「僕がエンヴィーに頼まれて君を呼びに来たんだ。僕なら寮母に頼んで女性専用の寮内を少し歩いていてもさほど騒ぎにならないから」

「そうだったんですか」

「悪いね、あんな後で疲れているだろうに」

「いえ」


 さらっと私の手から三人分のお茶の載ったお盆を浚い、にっこりと笑いつつせっかく楽しんでいたのにごめんねと給湯室の出口へとアランが向かうので、その背中を追いかける。

 髪こそ長いから表情が見えにくいが、顔はかなりいい男だ。ちょっとほほ笑まれた二人の顔が赤い。

 あんまり喜んでない私は何となくアラン先生の顔を見ても、警戒心の方が高まるんだけれど。


 ここからアランの研究室までは少し歩く。とはいえ紅茶が酷く冷めるほどではない。

 心配をかけた二人に振る舞おうと思っていたものが、まさかこんなことになろうとは。


「二人は、君と同郷ですか」

「エレンはそうですが、ルオンは違います。この学校に来てから仲良くなりました」

「へぇ……名前がこちらの地域の系統だったのでどういう組み合わせかと思っていたんですが」

「名前?」


 名前がなんだ?


「僕はアラン、あのお二人はエレンとルオンでしょう?気づきませんか」

「……音が、似ていますね」

「そう。まぁ音がというかこの土地柄で生まれた人の名前は生まれた地域の階級に関わらず、最後に萎ませる音を付けることが多い。そういう意味では君だけ違うんですけれど」


 二音、というのは珍しいんです。この辺の地域ではあまりつけられない名前なので、ご両親はこだわりがあったのかもしれないですねと言われた。

 名前の由来なら昔聞いた覚えがある。


「母方の親がこの辺の地域の出ではないんです。産まれた時にはまだそちらの地域にいたので、そこで縁起のいい名前をと付けてもらったそうで」

「へぇ、意味は?」

「”光あれ”」

「それは良い。素敵だね」


 祈る様な名前だと初めて聞いた時は、なんだかちょっと照れ臭かった。

 今はいない祖母が、産まれて次の日に考えてくれたうちの一つらしい。寒い冬の中、雪に囲まれて皆が冬ごもりをする中で私は産まれ、名付けられた。


「このあたりの地域は子供の名前に意味を持たせることは少ない。あまり言葉に意味はないと思っているからね」

「?でも薬草学の時に花の別名を教えてくださいましたよね」

「あれは他の地域で生まれたものだよ。もともとこの地域は植物栽培もそこまで発達していなくて、どちらかというとエーテル機の製造の方に力を入れていますから」


 たまたま通りかかった生徒が先生に気付いて会釈するので、先生も笑顔でもう遅いからそろそろ部屋に戻る様にと促して別れる。

 夕飯後の時間だ、教員たちは一部騒ぎの件でまだ働いているようだが。

 夕暮れが空の端にまだ少し見えて、赤毛のアランの毛先が輝く。光が当たると、金色に見える。


 言われてみれば、少ないながらも何人か仲良くなった生徒の名前の多くの発音が似ていることに気が付いた。とはいえ、交友関係を広げているルオンと違って私のそれは片手で足りるほどの人数。

 実家の周りだって、おばちゃんおじちゃん、おねえちゃん、お兄ちゃんと呼ぶことの方が多かったし、名前の音を意識することなんて言われてみるまでなかった。


 ふむ、と思いながら名付けた時のクリアとメティがとても喜んでいたのを思い出す。もしかしたらその辺、関係あるのかな。ない可能性も高そうだけれど。あの二人、なんでも私がしたことを大層なことのように言う癖あるし。


 さ、ついたとエスコートされて入った部屋には、話の通りエンヴィーがソファに掛けて待っていた。

 私が来たことに気付いた彼は立ち上がって、会釈する。


「待ってください、私はそんな風に礼をしていただけるような立場ではありません」

「聖女を先に守ってくれたことの礼を言わなければと思っていた」

「守っていただいたのはこちらです」


 本来はこちらから礼を持って会いに行くべくだったのだが、恐らくそれは困らせるだろうと思いこのような呼び出しになってしまってすまないとまた深く頭を下げてくる。

 やめろ、たまたま手が届いただけで距離が近ければ彼が先に動いていたはずだ。


「この場は階級も気にせず、どうか気楽にしてほしい」

「ははは……」


 そんな無茶な。


 二人が揃って会釈しあう様な状態になってしまって、アランが二人とも立ってないで座った座ったとお盆をテーブルに置いてカップをそれぞれの前に置く。

 これはと首を傾げたエンヴィーが疑問に思ったのはおそらく浮かんだその果物だ。


「果物茶です、私が作ったんですがお口に合わなければ召し上がらずにそのまま残していただいて……」

「いや、いただこう。以前のものも美味しかった」


 へ?と間抜けな声を出してしまったら、アランがなにそれ?と彼に尋ねる。

 どうやら聖女にと彼に預けたあれはしっかり彼も飲んだらしい。それもそうか、毒見も必要だろうしな。


「僕も飲みたいなそれ……。ユラ、ないんですか?」


 いきなり呼び出してそのまま給湯室から連れてきた人間が何を言ってるんだ。

 ございません、と首を振るとひどく残念そうな顔をされるが、ないものはない。それを見てふん、と鼻で笑うエンヴィーがいたので驚いた。

 随分と気さくな関係なんだな……二人は知り合いか。


「聖女様が飲まれた時、本当にうれしそうにされて懐かしいとおっしゃっていたがあれは君の故郷のものか」

「いえ、個人的な趣味で作ったもののうちの一つです。よろしければ作り方をお教えします」

「それは有難いが……俺で出来るものか」

「難しくはないです。お忙しいと思いますが、私が作って持っていくわけにもいかないでしょう」


 あの取り巻きは、行事に限らず基本的にいつもいると言っていい。

 私が下級市民の出だと分かっているから、その意を汲んでくれたらしい彼も後で教えてくれとまた頭を下げてくる。

 無口で真顔なのは変わらないが、結構見た目以上に気真面目らしい。

 アランはアランで、マイペースにお茶をすすっている。一口飲んで、おおと喜んでいたので口に合ったようだ。


「それで、ご用件というのは……お茶のことじゃないですよね」

「勿論。礼もあるが、あの俺が投げさせてもらった石の件だ。埋め合わせすると約束したので」

「あんな状況なんですから、そんなの……」

「金貨で返せばいいか」

「絶対やめてください!!!!」


 わらしべ長者って話どころではない。あんなもののそんな大金、学校で持ち歩くことも出来ないし、実家に戻ったら隠しきれずに両親から間違いなく何があったんだと言われる。

 そもそもあれは貰い物で、しかもアランがその場のノリでくれただけのものだ。


「先生からたまたまいただいただけのものです、それよりも私はあの場で守ってもらっていただけなのでこちらがお礼をしなければいけない側の立場でしょう」

「それは当然だ。君は市民で、俺は国営軍の人間だ。守られるのも守るのも当然のことだったのだから」


 言いたいことは分かるが、こういうときこんなに堅物でよく今まで周りの悪い連中に足元を掬われずに済んでいるものだ。普通、自分より下の位の人間がやったことなんて適当に流すだろうに。


「あ、そうそう。明日は果樹園の調査も含めて教員以外は授業も休みになる、ボロボロになった制服は追加で明日中に支給されるから安心してくださいね」

「すみません、助かります」


 寮母さんに相談したら、ちょっと先生に確認するわと言われていたのだ。これで安心して授業に参加できる。

 エンヴィーがお茶を口にしないので、もしかしたら私が飲むのを待っているのかもしれない。

 アランが先に飲んでいるので毒見も何もないだろうが、私も一口飲むことにした。

 よかった、ちゃんと美味しい。

 林檎みたいな見た目の果物なのに、オレンジのようなさっぱりした甘みと香りだったのでお茶と会うんじゃないかと思って試してみたがとても相性がいい。


「君は衣服に興味があるのか」

「いいえ、私は下級市民なのでまともな服がないんです。この学校で過ごすのは支給いただいたものでしか駄目なくらい」

「変わらないんだな、下級の町は……」

「いらっしゃったことがあるんですか」


 こいつは下級の出だよ、と個人情報をあっさり言ってしまうアランに、肘鉄が入った。潰れた。


「生まれはそうだが、縁あって国営軍に。幻滅しただろう」

「え?」

「国営軍は上級が八割、中級市民の出が二割だ。俺の出生は伏せられている。話したければ周りに話しても構わないと言いたいところだが、今の立場上そうもいっていられないので伏せておいてもらえると助かる」

「言いませんよ、言っても誰も信じないと思います」


 話はウソではないだろうが、あれだけ女生徒からも男生徒からも持て囃されている彼のことだ。憧れの王子様の存在のように見られている彼が下級市民から出ているなんて、想像すらしたこともないだろう。

 苦笑した私に、そうかとエンヴィーは少し目元を細めた。表情が少し変わるだけで、本当に雰囲気が変わる人だ。


「俺もいただこう……ああ、本当に美味いな。茶に果物を入れようと思ったことはなかった」

「男性には甘いかもしれません」

「男だから甘味を取らないというものではないさ」


 しかしこれは確かに女性に受けそうだと、彼は二口目を飲む。

 友だちと飲むつもりの軽いものが、顔のいい位の高い男二人に飲まれるってのはなんだか居たたまれない。何とも言えない表情を隠すため、私も飲みながらカップで顔を隠した。


「話を戻すが、欲しいものなどないのか」

「特に思いつきませんし、支給いただいたもので生活も事足りています」

「装飾品とか宝石類は」

「装飾品ではないですが今回ので少々凝りました。綺麗なものでも安易に貰うものではないですね」


 これを聞いて、アランは腹を抱えて笑い出す。驚くほど遠慮がない時がある、と今日も酒を分けてくれないかと言った時に楽しそうにしていたから悪い気にはさせていないのだろう。

 それが分かっているからこちらも遠慮がないのだ。


「困っていることなどは」

「困って……あ」

「なんだ」


 いやいや、と思いながら首を振る。

 さらになんだと食いつかれたので、手を振って何でもないと言ったのだけれど私が零した声は聞き逃してもらえなかったらしい。

 アランが面白そうに、逆に酒代を請求されたくなかったら早く言うことだとくつくつと笑う。エンヴィーが呆れた顔で、その酒代も俺が持とうと言ってきた。

 このままほおっておくと、何でも手当たり次第に俺が持つとか言いそうなほどのくそ真面目さだ。


「困ってるわけじゃないんですけれど……欲しいものが一つ」


 俺に用意できるものなら、と言ってくれた彼にきっと貴方なら用意できることを私は知っている。


「それは……」



 ※※※※※


 アランの研究室から聖女のいる部屋へと向かいながら、エンヴィーは受け取った小さな小包と「それ」をつぶさないように大事に抱えていた。


 あの後、彼女の求めるものを俺が部屋に取りに行っている間に、彼女は彼女で慌てて部屋に戻っていくつかの作ったらしい茶葉と乾燥させた果物を持ってきた。

 そのまま食べてもいいが、乾燥させた果物は酒やお茶に入れても美味しいのだという。意外とおとなしい顔をして、酒豪なのかと思っていたら、実家が食堂を営んでいるから食べ物に興味があるだけだと否定してきていた。

 アランに酒を強請っている時点で、酒好きなのは間違いなさそうだが。


 酒に狂うというというタイプではなさそうだから、楽しむ程度に飲むのは良いだろう。

 かつて、下級市民として暮らしていたころの泥に汚れながら働いた後に一緒にいた皆と飲んだ酒の美味さを思い出す。あれは美味かった。


「おかえりなさい」

「ああ戻った。騒がせて悪かったな」


 ルーランが迎えてくれて、聖女様の状況を聞くと疲れて今日はもう眠ったという。先ほどまで教員たちや他の群の人間が来て、彼女に何をしたのかと群がっていたはずだ、疲れないわけがない。

 軍の人間は彼女の歌に”マルチドールの花”を枯らす能力があるのではないかと考えているため必死だろう。


「先ほどのは一体……」

「竪穴で世話になった生徒に礼をな」

「?礼ですか……ですがあれは金品などではなかったですよね」


 彼女、ユラが欲しがったのはなんて事のない代物だった。


「これのためさ」


 彼女が部屋に取りに行ったものと一緒に添えられたのは一つの手紙。

 小さいながらも上質なその紙は俺が彼女に与えたものだ。

 彼女が欲しがったのはあの時聖女が送った食事と一緒についてたこの用紙で、インクとペンに関しては、俺が勝手に手持ちのものを一緒に贈った。


 書かれた文字はかなり簡易的なもので、お礼の書かれた一文。

 これは彼女が文字を掛けないのではなくて、まだ文字を読みなれていない聖女のために配慮されたものなのだろうと、アランから聞いていた彼女の優秀さからもわかる。


「そんなものを欲しがるだなんて、珍しい」

「礼自体も嫌がられたがな」

「貴方の立場で礼をする方が稀有なんです」


 彼女のいる寝室に男の俺が入るわけにはいかないので、ルーランにそれを預ける。

 部屋に入れているのも彼女が聖女だからだ。必要以上に女性の部屋に入り込む、ましてやこんな夜分に長いするわけにはいかない。

 俺が一番信を置いている部下だ。決して他のものに触れさせることなく、必ず朝にでも彼女に渡してくれるだろう。


 だから、こちらの意図をしっかりと酌んでくれた彼女は優しく笑いながら確かにと受け止めてくれる。

 結局俺も、ルーランも聖女にほだされているところがあるのだ。


「きっとこれは彼女に必要なものだろう」


 ――――ありがとう、と綺麗な字の書かれたそれを、きっと喜ばない彼女ではないのだから。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。