果実酒
ごろりと手のひら位のトマトみたいな見た目の黄色の果実。
ぷるりとした果汁がはじけそうなほどの果実は、スモモのように艶やかな赤。
小さなブルーベリーのような大きさの木の実は、緑色なのに香りが凄く甘くていい。
見ているだけでもなんだかワクワクするそれを私たちは囲んで、先生に教わった内容を復習していた。
「こっちはそのまま食べられるって。この赤いのは……」
「加熱して果汁を薬溶液に足して、いろいろ加工してやれば防火用の塗料に使えるらしいよ。あ、あとこっちのは観賞用だって。これは染め剤になるんだって」
麻袋から取り出して、部屋でひとつずつ出しながらルオンとエレンに一緒に収穫物を確認する。
濃い蒼い色をした木の実が綺麗で取ってきたのが、まさか食用で、食べられそうだなと思っていたものが食用じゃなかったとは。
感覚で口にしていたら危なかったなと思いながら、ひとつずつ蔕の状態や茎の色、実の硬さなどを比べる。
「食べられないのって、干して塩漬けしたりしたら食べれるようになったりしないのかな」
「……なにそれ、美味しくなさそう」
「ユラって偶に作ったの見せてくれるけれど、何してるか全然わかんないのよね」
日本の保存食の王様、梅干を否定された。
ま、普通の人は干して漬けてなんて工程思いつきもしないだろうし、梅もそのまま生で食べたら毒だっていうのは過去に食べた人がいたからで……思えば思うほど日本人の食への意欲ってすごいよね。
蒟蒻なんて何を考えたらあんな工程を踏んででも食べてやろうと思ったんだろ。
「煮込んだら野菜も苦みが飛ぶ奴あるじゃない。毒素も抜けるかなって」
舌先に乗せて、しびれた瞬間に駄目だこりゃって吐き出すことばっかだったけれど。
メティが色々教えてくれるから、試しみたいことは沢山あるのだけれど。ちなみにメティに梅干しの作り方を説明したら理解は示してくれたものの、貪欲ですわねぇ……とすごく呆れた声をされた。
生の声で彼女から呆れた声をされたのは初めてだったので、ちょっとショックだった。
「へんなとこ勇気あるんだから。だから今日みたいな目に合うんだよ」
「あれはとっさに」
「蔓に引っ張られて行って地面の中に埋まっていった幼馴染の姿を見た私の気持ちわかる??」
「ご、ごめん……」
本気で心配させたことは分かっているので、ここは素直に謝った。
あれから、穴から引き上げてもらうことが出来、無事に二人とも再会できた。泥だらけになっている私に服が汚れるのに目もくれず、二人とも泣きながら抱き着いてきてくれたので、私も思わずじわりと泣きそうになった。流石にちょっと死を意識もしたので怖かったのを思い出す。
あとは想像以上に騒ぎになっていたようで、かなりの教員が集まり、引き上げられたエンヴィーは担架で運ばれて、私はアランに状況の説明と状態の確認をされてからやっと解放された。
生徒達には事故があった為、行事を急遽中止することになった旨と寮に戻る様に指示が入っていたのだが、あの聖女の歌は拡張機などなくとも構内の全ての生徒に聞こえていたらしく、聖女に関わる何かがあったのだと誰もがまた興奮気味に騒ぎを広めていた。
教師たちに連れて行かれた聖女が、後ろ髪惹かれるように私を見て何か言いたそうにしていたのを苦笑して見送るしかなかったのはどうしようもない。
あの状況で私から話しかけるわけにもいかなかったし、彼女は気を失ったままのエンヴィーのことも気になっていた。私のことは気にせずに、とせめて伝えられたらよかったんだけれど。
アランからこれから竪穴と周りの状況の調査に入るから、部屋に戻ってまた指示を待つように言われ、体調に異変があればすぐに言うように念押しをされて見送られた。
ちなみに、状況を説明した際にあの貰った赤いお高いお高い石の説明もせざるを得なかったんだけれど、投げて壁に当たって割れていたような音がした気がしますとは言えなくて、混乱してエンヴィー様にお預けした後よく覚えてないですで誤魔化した。
いや、多分誤魔化せてないけれどあんなものを貰って暫くで割りましたとはちょっと言えなかった。貰ったものだから別に遠慮することないんだけれど。
今回のことで気になることもあったが、この場でなにか推測をしても始まらない。クリアとメティに聞けばいくつか分かることもあるかもしれないが、心配をかけて泣かせてしまった二人を前に放置するなんてことは出来ない。
意識して、そんなことより収穫物は無事かといつものペースで二人に尋ねてやっと二人がぶれないなぁと笑ってくれたのだから。
「さっきから気になってたんだけれど、ユラ、先生から何貰ってたの?」
「ん?行事もなくなったし、採ってきたのはそのまま好きにして構わないって言われたからアラン先生に良いもの貰ってきたんだよね」
「なにそれ」
「酒」
少し両手でもって大きいぐらい、日本で言うなら一升瓶の半分ぐらいの大きさの瓶に入った液体をちゃぷりと揺らして鳴らす。良い音だ。
ねじ式の栓ではなく、コルク式なので蓋を開けてやるとふわりと甘い酒の匂いがした。
この世界に度数を測るすべはないのだけれど、度数はなかなか高いものをくれたらしい。
「なにするの?」
「果実酒を作ろうと思って。これなら加熱処理とかいらないし、部屋で出来るから」
流石に消毒した瓶もアランに頼んで用意してもらった。
割と今のクラス分けをされる前に雑談で話していた時に興味を持たれていたので、今回採取したものを無駄にしたくないので実験で出来ないかと相談したところ、二つ返事で乗ってきてくれた。
まぁ、一緒に飲ませることが条件ではあったんだけれど。
「本当は氷砂糖があればいいんだけれど、流石にねぇそれは準備が難しい」
この世界でお目に掛かったことがない。
「コオリザトウ?」
「糖の塊の結晶。それがあると果汁が上手く染み込んでくれて美味しいのよ。エレンの地域じゃまだ十八歳はお酒駄目だった?」
「ううん、十六から飲んでいいよ」
じゃ出来たら一緒に試飲しようねと笑って、作るための瓶を開けた。菌が付かないようにアランの研究室で消毒させてもらった後清潔な布を借りてそのまま持ってきた。
今回使う果実は、実家の近くでも採れて実はすでに何度か作ったことのある木苺のような果実だ。
こちらも室内に持ってくる前に他の採取した果実と一緒に洗浄している。水分をきっちり拭って、用意済み。
氷砂糖はなかったが、蜂……ではない虫が採取して家庭で食べられているという蜜も分けてもらえたので、これで木苺の皮が薄いからなんとかなると願いたい。
「実に対して、大体六割ぐらい……七割にしとこうかな、甘い方が好きだし。と一緒に瓶に入れて、と」
「これだけ?」
「蜜を入れてるから、たまに振ってやる必要はあるけれど基本はこれだけ」
「美味しいの?」
「美味しくなるのを祈るのよ」
こんな質のいい度数の高い酒も、蜜も、果実も滅多に手に入るものじゃないし、材料提供者は乗り気だったので試してみる機会を逃すつもりはない。
これが上手くいくなら、実家でもいくつか試してみてもいいと思っている。
「早ければ三十日位だけれど……もっと漬け込んだらまろやかになるかなぁ……美味しくなると良いなぁ……」
失敗したら梅の実に変わりそうなものをメティに見繕ってもらおう。
今回例の騒ぎでそっちを探している暇がなかったのだ。個人的に甘いのも辛いのも好きだが、甘いのをちびちび女友達と喋りながら呑むのも好きだった。
「ユラ、もしかして今日収穫したやつ何かしらしようとしてる?」
「勿論」
二人とお開きした後、食べれないと言われたものもどうにかして美味しくいただけないかメティに聞く気満々だ
「私、ルオンが言ってたのやっとわかった気がする」
「え、何」
「大変な時でもいつも食べることを考えられるユラは、強いって言ってたのよ」
食い意地張ってるってことで馬鹿にしてる?とルオンを見たら、溜息をつかれながら褒めてるんだと言われた。
全然褒められた気がしない。
「食べ物に対して無頓着なのかと思ったら、昔からなんか一人でこそこそやってたよね」
「そりゃ、食べられることは有難いけれど、出来れば美味しく食べたいじゃない」
「加工しよう、って考えは分かるんだけれど、なんか私たちと違うのよねぇ」
そりゃ別の知識が一応あるからとは言えず、口を噤む。
でもルオンからしたらいつものことなのだろう。だから、笑ってくれた。
「ほんと、死んじゃったかと思ったのにいつも通りにするから、もうすっかり安心しちゃった。いいよ、付き合ってあげる。今日はなんたってユラ大活躍だったんだから」
ちくり、と胸を指すものに気付かないふりをした。
彼女の言っている大活躍は、あくまで聖女を助けたことであって私がエーテルを使ったことではないからだ。
私の状態を彼女に言うつもりはないし、私も明らかに能力があると分かっていても彼女との付き合いを変えるつもりもない。
この世界にそんな能力で崇められるのは聖女だけでいい。
私は、自分の大事なものだけ守れたらいい。
「ありがと」
「勿論、美味しくなかったら承知しないんだから」
どうしよう、次梅干しみたいなの作りたいんだけれど甘党のルオンの口に合う気がしない。




