マルチドールの花
目が覚めて視界に入った景色は白く清潔な天井だった。天井に描かれたエーテル補強の文様を見て、医務室だと分かる。
エンヴィーが瞬きをすると、すぐそばに見知った気配が寄ってきた。部下のルーランだ。
「目が覚めましたか」
「聖女様は無事か」
「……第一声がそれですか。聖女様もご無事ですよ」
懐に感じた痛みで、頭に掛かっていた靄も消し飛ぶ。手で押さえながら、己に掛けられた駆け布を外し、身を起こす。
生徒と同じ制服を着た部下はそれをちらりと見るだけで、水差しを取りに行き器に入れて俺に差し出してくれたので有難く乾きと砂埃を感じる喉を潤した。
「どれぐらい意識を失っていた」
「鐘二つ分です。最も救出するのに昼を超えていましたから、現在は夕刻です。医者は副隊長のエーテル切れが昏倒していた一番の原因だろうと言っていましたが身体の調子はどうですか」
「打ち身などの痛み以外は頗るいい。意識を失う前に歌が聞こえた。聖女様は歌われたのか」
ルーランが頷き肯定したのをみて流石に溜息を零さずにはいられなかった。
俺のために歌わせてしまうとは。とはいえ、情けない話だがあの歌声が聞こえたので俺ももう大丈夫だと意識が途切れてしまったんだが。
傷は聖女の力のおかげかふさがっている。
「聖女を呼んだ男子生徒を捕えて確認したところ、”マルチドール”の種を2粒持っていました」
「与えたのは親か」
「はい。すぐに変わった花が咲くので、折を見て聖女様へお見せして差し上げろと言われていたそうですが、その特徴は知らないと一点張りでした」
返した器を受け取りながら、もう一杯いるかと尋ねられたので首を振って断る。
不思議と身体にエーテルがいつもより満ちている。これが聖女の力だと同行するようになってから何度か経験しているが、今回はいつもより多い。おそらく心配させてしまったせいだろう。
あの女性は、そういう人だ。
あの竪穴の中に急成長し、存在感を増していた毒々しい花を”マルチドールの花”という。
金貨ほどの粒の大きさの種は、エーテルを込めて割って地面に撒いてやるだけで周りのありとあらゆるエーテルを吸収し、成長する。当然こんなものが自然界で生まれていたなら世界はあの花で満ちていただろうが、あの花はこの数年の間に国の中で一部見掛けるようになったばかりの物だ。一部の裏社会でそれが流通しつつある。
聖女がこの世界に来る前に部隊で救助を求めてきた村へ出向していた際に、荒れ狂ったその村では至る所に咲いており、先行隊が全員倒れたほどの凶悪さ。倒れ込んだ人と甘ったるい匂い、あと数刻遅ければおそらくあれは人にも寄生していたのではないかというのが調べた研究所の人間の返答だった。
少ない情報の中で分かっていることは、燃やして根から殺すしか今のところ対処法がわかっていないことと、自然物ではないこと、他の植物の傍に植えるとその植物に寄生し、暴力性を増して作用すること。
今回の蔓がいい例だ。太陽を求める自然のエーテルの力を、吸引するための力に変えて花は毒々しく成長していた。
「穴から聞こえた爆発音を聞き、救助を待っていられないと聖女様が歌われたため今回の騒ぎは周知され、行事自体も見送りになりました。今は別の護衛が生徒に混ざって聖女様についています」
「分かった」
あんなものが、たかだが未成年の手に渡り、こんなにも容易く使われている事実に辟易する。今回の狙いは、聖女か、俺かと考えて――――聖女だとたどり着く。
「その生徒は取り押さえて、親の一族を調べ上げろ。間違いなくあの蔓はあの場でもっとも力のある聖女を狙っていた。……あの時、一緒に落ちた女の生徒は無事か」
「無事です。副隊長のような怪我もなく、意識もはっきりしていましたのでそのまま寮に帰しました」
「そうか」
彼女には下級市民にみられるようにエーテルがほとんど感じられなかった。
あの花の不思議なところは、エーテルを持っているものにだけ影響が大きく、そのため中級や上級市民たちの裏社会にみ出回っている代物だった。
まさかエーテルの塊ともいえる神の花の石をそんな市民が持っているとは思わなかったが。
「あのマルチドールの花はどうなった」
「それが……こちらが確認した際には枯れていました。聖女の力の影響かと思ったのですが、副隊長はその瞬間をご覧でしたか」
「いや……」
自身が気を失う瞬間を思い返してみたが、あの生徒が花に何か言っていた気はするがその後の記憶は不明瞭だ。ただ落ちた瞼が重く、俺を守ろうとしている歌が優しく包んでくれたことだけははっきり覚えている。
もし彼女の歌があの花を枯らす作用を持っているなら、これこそどこから始まったのかわからないあの毒花をどうにかできる兆しになるかもしれない。
「まだ確証の持てるものではないので、周りには伏せておけ」
「かしこまりました」
俺の方は問題ないから、聖女の警護に戻る様に行ったときに扉を叩く音が聞こえる。
入ることを了承すると、文句を言ってやりたいと思っていた人間がへらりと笑って入ってきた。アランだ。
「やぁ意識が無事に戻ったようでなにより」
「お前……」
「?お二人は顔見知りですか」
俺の出生を知っているルーランが首を傾げて入ってきたアランと俺を見比べる。
腐れ縁と言ってもいい。学生の頃お互いこの学び舎にいたのだが、気付いたらこいつの趣味に振り回されていたと頭を抱えた。
植物薬学云々とありとあらゆる学生で出来る、バレない程度のことをやる度にエーテルが足りないから寄越せと言われていた気がする。
気づいたら一番一緒の時間を過ごしたのもこいつだったし、一番明け透けなく話が出来るのもこいつになっていたのだが今はそんなことは二の次だ。
「お前、なんてものを生徒に渡してるんだ。それもよりにもよってエーテルを扱えない下級市民に」
「ユラから聞いた。随分な目にあったみたいだね、ほんと怪我が大したことなかったみたいでよかったよ」
「俺がそばにいなかったらあの子はあのまま死んでたぞ」
「あれを持ち歩くとは思ってなかったんだよ」
これだから、上級市民出は金銭感覚が可笑しい時がある。
きっとあの生徒も受け取った後にあの花の石の持つ価値を知って、簡単な施錠しかされていない寮の部屋に置きっぱなしにするのはまずいと思ったんだろう。至ってまともな感覚だ。
俺だってあのでかさのものを貰ったら、しばらく置き場所に悩むだろう。
「マルチドールの花だっけ?前にも相談に来てたよね」
「お前から見てもあれは人工物で間違いないと思うか」
「だろうね。植物たちは相手を捕食して奪うことはするけれど、吸収して貯め込むことを目的にはしない。まぁそれが種になったり繁殖に続いてるなら、食物連鎖の一部だと仮定したかもしれないけれど、あれはそうじゃないんだろう」
「一部、村で採取されている跡があった。あれは採取している途中で、俺達が来るのが分かって致し方なく引き上げた後だ」
まるで茸の収穫をするように、土から引き上げられている跡がいくつもあった。
それは村の端から順に引き抜かれており、明らかに人の手で行われていた。
「結局人間が一番怖いんだよね」
横に置いていた椅子を引っ張ってきて、寝台にいる俺の横に座る。
昔から周りに何かと心無い攻撃を受けて、医療室で治療を受けている俺を笑ってまた怪我が治ったら採取に付き合えと見舞い来たのはいつだってこいつだった。
「俺も聞きたいことあってきたんだけど」
「なんだ」
「蔓が狙ってたのって、本当に聖女だったの?」
は?と首を傾げて意味をもう一度尋ねるが、見間違いとかではないかと再度聞いてくるのでその場を俺より見ていただろうルーランに視線をやる。
「私が見た限りでも、蔓は聖女様にめがけてきていました。それに気づいた女生徒がとっさに彼女を庇っていたように思います」
「そう……」
「なにかあるのかアラン」
いつだってこいつが引っかかるのは何かある時だ。しかし、それを聞くと腕を組みながらなんでもないと笑う。
気づいていないだろうが、腕を組みながら否定している時のお前は、絶対何か考えている時なんだがな。
「結局彼女にあげたあの石、どうなったの?あの子に聞いてもいや…とかいって答えてくれなかったんだけれど」
「ああ、囮にするのに俺が投げた。割れたし花に食われただろうな」
「投げた」
「投げた」
あんな貴重なものをぶん投げるなんてとどん引きした顔をしてきたが、あんなものをただの生徒に渡していたこいつにも責任がある。
あれがなければ彼女はあんな怖い思いもしなかっただろう。精々狙われたのはエーテル扱える俺だけで済んだ可能性だってある。
この筋肉バカ、と悪態を吐かれたがこちらからすると薬草バカとしか返すつもりはない。
「そもそもなんであんな高級なものを渡したんだ、プロポーズでもあるまい」
「そりゃ、彼女があれを作った本人だったからね」
「は?」
「本人が気付いているか知らないけれど、あの子にはエーテルがあると俺は踏んでるよ」
そのころ、ちょうど寮ではルオンとエレンに大層心配されたユラがくしゅん、とくしゃみを漏らしていた。




