採取
果樹園というだけあって、その場所は名前や種類、味こそ全くわからないものばかりだが人によって手入れされた土の香りや、熟しているのが分かるほどの芳醇な香りが胸いっぱいに広がる場所があったりと、数歩進むごとに景色が変わっていって目移りしてばかりだった。
「聖女様、あちらの実はとても真っ赤で美味しそうですわ」
「本当ですね……あら、でも鳥が隣と木の実は食べているのにあの木の実を全く食べていないです。なら食べない方がいいのかも」
嬉々として聖女の取り巻き達が彼女の気を引こうとしているのが分かるが、割と冷静に目的を失わずに彼女は一つ一つ状況を判断しながら採取のための観察をしていたので、少し感心する。
彼女の言うようにあの実には毒素があり、人が口にすると死にはしないが舌先から痺れが生じて腹痛・下痢を起こすものである。
もしかしたら干し柿みたいに加工したら食べれるのかも……と思いながら、取りあえず波風を立てないようにその場は見送った。
いまここで私が採取したら、聖女が取らなかったのに貴方が取るなんてと周りがうるさそうだ。
私たちは、聖女からの同行の要望に対してアイコンタクトを取ってこれは避けられないと判断して同行することとなった。予定外も予定外、こんなにぞろぞろと連れ立って、しかも空気の悪い中で参加する羽目になるとは。
「やだ、地面が緩んで……靴が汚れますわ」
朝方に水を撒かれているらしく、当然地面は綺麗な状態ではない。それでもある程度舗装されている状態だから足元に気を付けてあるけば十分支給されている靴で歩ける程度で気になるのは泥跳ね位。
質のいい革靴だから、泥も乾けば落ちるので戻ったら乾いた布などで拭えば十分問題ない程度なんだけれど、歩き慣れていないお嬢様などは辛そうだ。
エレンも歩き慣れていない様子だったが、好奇心が勝ったらしくて不満を言うことはなかったんだけれど、聖女目的の彼女たちはそうもいかないだろう。
「エンヴィー様にお任せして、聖女様はこちらにお待ちになっては?お召し物まで汚れてしまいますわ」
「それは勉強になりませんから。彼には私が危ない目に合わない限りは手を出さないように頼んでいます」
今だから分かるが、この果樹園には一帯防護壁のようなものが組まれており、恐らく森からの獣などが入らないようにしていたり、一定時間になると水が散布される仕組みになっていたりエーテル機によって自動管理されるようなっている。
だが、当然受粉などのための虫まで遮られることはないため、彼女たちは耳元近くに飛んできた虫や、小さな生き物たちに小さな悲鳴を度々上げる。
別に苦手なことを馬鹿にしたいわけではないが、ここまで来たなら気合入れてきなさいな……。森に行っても虫はいるしあっちは動物もいただろうけれど。
「やはり私が虫よけのエーテル機を作動させますわ」
「駄目ですよ、ここの植物たちはこの虫たちに助けられているんですから邪魔してはいけません。アラン先生にも危険な虫は聞いていますし、こちらから攻撃しない限り向こうから何かしてくることは滅多にないそうですよ」
「でも……」
気になってこっそりエレンにそんなエーテル機あるの?と聞いてみたら、上級市民などは獣避けや虫避けのものを従者が使用しているのが当たり前らしい。発動させたらおそらくこの一帯の虫などはしばらく近寄れなくなるそう。
そんな便利なものが……と思ったが、あくまで従者がいる位の人たちだから、私も両親と大事な会合などに行くときに使うけれど普段は気軽に使用できないという。
色んな格差があったもんだ。
しかし聖女がにこにこ笑いながら、周りにいる取り巻き達を一刀両断していく様子はいっそ見ていて気持ちは良い。
本人達的には付き合いたくないのだろうが、親から何か言われているのだろうかひきつった顔でそうですよねと何とか付いていこうとする姿はいっそ涙ぐましい。
すでに何度か無理をしなくていいと彼女たちに声を掛けた聖女に、無理だなんてとんでもないといった矢先やっぱりこんな汚れるの無理ですなんて口が裂けても言えないんだろう。
私なら苛立っていい加減離れてくれと言いそうなのに聖女本人はニコニコしながらそうですかしか言わないのがまた彼女たちも引けない理由だろう。
思ったより環境に混乱して取り巻きがこちらに嫌味を言ってくる余裕はなさそうなので、今のうちに少し彼女たちから離れたところに見えていた緋色の実に近寄る。
小さな粒が親指位のサイズにギュッと詰まった、木苺のような実だ。
この実は実家の近くの森でも見られたのだが、実がなる時期が違う。ルオンもそれに気づいたのだろう、二人で嬉々として採取して、いくつかその場で摘まんでみた。私たちがこれまで食べたそれの中で一番甘い。
「あ、ずるい二人とも」
「これならそのまま食べれるよ、エレンもどうぞ」
エーテルってのはこういうところにも影響されるのかと空を見上げた。
少し歩いているととてもよくわかるのだけれど、敷地内にはいってからじんわりと暑いのだ。
まるで見えないビニールハウスにでもなっているかのようだ。
季節に関わらず採取できるようになっているというのは、ますます興奮してくる。しかもその量が一つ一つ多く質もいいだなんて最高じゃないか。
後ろで聞こえる虫や泥への悲鳴さえなければ。
「私お皿に乗ったのは食べたことあるけれど、こんな風に取って食べるの初めて」
「あらお嬢様はお嫌でした?」
「ううん!すごく楽しい!」
魚が調理された状態のものをみて、魚が切り身のまま海を泳いでいると思っている人が一定数いたり、野菜がそのまま土から生えていると思っている人がいたのは前の世界でもいたなと思い出す。
知ってみたら当然そんなことはなくて、実際にどんなふうに生っているのかなんてわからないものもあるぐらいに世の中は便利になっていた。
あちらでも例えば魚を釣る、果物狩りをするなんてのはイベントごととしても楽しまれていたことだ。汚れなどを気にしなければとても楽しめるし、いい経験になる。
準備してくれる人がいてこそのものにはなるのだけれど。
それから見覚えのある木の実や、全く見たことのない果実をいくつか三人で見ていった。
偶に聖女が私たちがつまみ食いしているのをみて、嬉々として覗き込んできたので分けてあげたりしたが、当然他の人達はそれをみて青ざめていたのだった。
彼女たちの目の前であのサンドウィッチを立ちながら食べたらどんな顔をするのか見てみたくなった。聖女様がつくったサンドウィッチならはしたないと思っても手づかみで食べるんだろうか。
いくつか持ち帰れる程度はこんなもんかと、三人で確認しあっていたら昼前の鐘が鳴る。
もう一度鳴れば食堂が開くだろう。
「ユラたちは昼食はどうする予定?」
「一度戻ろうかと。採取したものを一度アラン先生に視てもらって判別しても貰いたいですし」
息も絶え絶えな面子と、ほくほくした顔をしている私たちの顔は極端だ。
私たちからしたら楽しい時間はあっという間だったが彼女たちにとっては苦行だったろう。まざった取り巻きの男子生徒も辟易した顔をしているのだから、お育ちが見える。
大きめの布を四つ角を縛って巾着状にして収穫物はまとめてある。木苺のような柔らかい小さな実はつぶれそうなので分けてエレン達と分担して持つことにしていた。
メティやクリアに食用に向くか聞ければ早かったんだけれど、皆に囲まれている中で話しかけるわけにもいかない。茸の判別ほど危ないものではないだろうと思いたいので、食べれるものが多いと良いなと思う。
食べれるものが分かれば追加でまた採取に来るか、そのまま課題に沿ったものを探しに行こうと思っていると伝えるとではここでお別れですねと彼女は頷いた。
意外だ、てっきりずっと一緒に行こうと言われると思っていた。
「課題は課題だもの。お互いにそれぞれ頑張らなくちゃ。果樹園は元々来てみたかったところにユラが来て、きっとユラなら色々調べてからきてるだろうなって思ったから教えてもらえたら嬉しいなって」
ね、正解だったと笑う彼女に私も流石に笑った。
いくつかそのまま食べれるものだと分かっているものを教えてあげたらとても嬉しそうに彼女はいくつか取って、手持ちの籠に入れていっていた。
「また助けてもらったお礼しなくちゃ」
「それはこちらの方です、この間はごちそう様でした」
周りに聞こえるとわざわざ配慮してエンヴィーに運ばせた意味が無くなってしまうから、小さな声でお礼をいうのは許してほしい。
とてもおいしくて、ルオンと分けて食べさせてもらったと伝えると嬉しそうに彼女は他の人には手づかみで食べるだなんてって言われてたんだけれど、喜んでもらえたならよかったとはにかむ。
まぁ育った環境が違うしなぁとそれには苦笑いするしかない。
そんな時に少し離れた場所から、聖女様と呼ぶ声が響いた。
取り巻きの内の一人の男子生徒だ。森よりの茂った場所から叫んでおり、その子がいうには変わった花があるという。
最後に一緒に見に行こう、と言われて無理に断る理由もなかったので付き合うことにした。
この判断が後に後悔することになるんだけれど。
エレン達には持っていたものを一時預けて私だけ行くと伝えた。
荷物も多かったし、慣れない道を歩いてルオンはともかくエレンは疲れただろう。
察したルオンが頷いて受け取ってくれたので、すぐに戻ると声を掛けて聖女と呼ばれた場所へと向かう。
他の取り巻きの人たちも疲れていたのか、さっきの男子生徒以外のほとんどが彼女を見送る形になっていた。彼女に付き合って一緒に来たのはエンヴィーと一人の女子生徒だけ。
そういえば、この女子生徒は全く愚痴ることなく聖女にずっとついてきていたな、と気が付く。
お嬢様と言えど、いろんな人もいるんだろう。
「どちらですか?」
「こちらです」
森の端に近い、覆い茂った木が日差しを遮ってくれている。
人の手の掛かっていない木は私たちより大きな大きさで、彼のいう場所はその奥だという。
丁度、果樹園のエーテル機の防護壁の境目だと気付いたのは私だけではなかったらしく、エンヴィーが先を行く彼女を引き留めようとした。
――――苦しい。と声が聞こえた。
「うわぁ!」
「っ!?」
大量の蔓が、襲い掛かってきたと思った瞬間にそのすべてが聖女に向かってくる。
その蔦が彼女を捕まえようとした瞬間、ギリギリのところで手を伸ばし彼女の腕を引いた。
引っ張るかたちで彼女の身体をエンヴィーに向かって投げたつもりだったのだが、彼女の代わりに蔓にまかれた状態で見えた視界からは、身体が浮かされて青空が一瞬見えただけだ。
そうして、例の場面に戻るわけである。




