果樹園
個人での対応も可、複数人で組を作って探すのも可。
過去に在留していた生徒たちは割と慣れた風に教員たちの号令がかかってばらけ始めたのに対して、年齢も組み合わせもある程度レベルに合わせて組まれているだけの新入生たちはかなり出遅れた形で動き始めるのがほとんどだった。
それもなんとか取りあえず顔見知りで集まって、うろうろする程度のものになっているのだけれど。
この行事の唯一の救いは、結果が出せずともマイナスにならないことぐらいだろうか。
探す範疇は構内、ということだけれど実はこの学校の構内というの一癖あるのだ。
ルオンとエレンが、お互いにプレートとにらめっこしながら唸っているのが良い証拠。
「これって、私たちに入るなって言ってた森の方の区域も今回捜索可能範疇に入れられてるよね」
「散々エーテル使えない市民じゃ無理って言われてたところだよ。こんなの絶対いける人たちがそこからいろんなもの採取してくるに決まってるのに」
そりゃ、一応今回の行事にご活躍いただきたいメインの聖女様はエーテル使えるからなぁとプレートに触れながら、各箇所の立入禁止区域並びに捜索可能範疇の場所を改めて確認した。
ちなみに、先にあげた二人は早々に私のそばにやってきて一緒にやろうと声を掛けに来てくれた。本人達的には少し詳しい私に助けてほしいというのが本音だろうが、こちらも一人で参加するよりずっといいと思っていたのでお互いに利があるということであっさりチームは決まったわけである。
ほどほどに参加して、ほどほどの成果でが今回の目標だ。
学校や国など、自分たちの対抗できない者に何か期待するより、いっそ開き直って楽しむぐらいの根性でいった方が精神的に良いと判断した。
先生からもらった花の石を提出するのが一瞬頭を過ったが、ルオンの「それ金貨五十枚は越えてるよ」の言葉が私を冷静にさせた。絶対あかん目立ち方する。
「エーテルはともかく、いつもなら立入禁止区域になっているところも入れるんだし、無理ない程度に探索してみよ。アラン先生がエーテルが使えない生徒でも行ける範囲のリストを配ってくれてたし」
無茶をしないようにと早々に号令がかかる前に資料がアランから届いたのは今朝がたのことだ。
既存の登録されているもの、もしくはその情報を転送させるための操作をしていない限りプレートには情報は追加されないため、アランはおそらく大急ぎで作成した資料を紙で寮にいる生徒たちに配られるようにしてくれていた。
転写技術などないため、全て手書きだ。
アランも流石に自身の対応しているクラスか、エーテルの使えない生徒だけにこの対応をしてくれたのだと思うがとんでもない手間だったろうに。素直にありがたいと思いながらすぐに目を通す。
それをみただけでも十分わかる。エーテルの使えない生徒の行ける範疇は正直かなり限られていた。
だから、全員がこれは聖女のために催された行事なのだとすぐに理解し、一同それぞれ思うところはあれど、そんなことだろうと思ったわけだ。
「ユラなんか嬉しそうね」
「果樹園行ってもいいことになってるのよ。これだけ薬草の栽培にも力を入れているんだから、結構いろいろあるんじゃないかなって」
採取して来いって言ってんだから、食べれるものがあればラッキーぐらいに思っている。
「まさかの食い意地」
「ユラって……凄いよね」
前者はルオン、後者はエレンだ。
聖女じゃないが、この世界に純粋にすごくおいしいと感じられているものが今のところありのままの果物や、お茶類ぐらいなのだ。
前に作ってもらったサンドウィッチは凄く考えたもんだと感心したけれど、あれが準備出来るのもまた聖女の立場あっての物だろう。
メティが果物の乾燥のやり方、ドライフルーツの作り方を教えてくれたこともあって、いろいろ試して保存食を作りたいのが本音。
ちなみにさっきアランを捕まえて採取したものは個人利用可能か言質もとった。
良心の範囲で、とのことだ。どうやら薬草園も含めて果樹園の管理はアランだったらしい。
精々女三人が楽しむ程度の量だし、さっき言っていたようにエーテルが使える生徒はおそらく森に行くだろうし、それ以外の生徒は無難に授業で習った薬草などを採取しに行くだろう。
「どらいふるーつ?だっけ、ユラがくれたやつ美味しいもんね。私蜜付けにしたのしか食べたことなかったから新鮮だった」
「私たちの町でもあんなのないよ。あれ作ってるのユラだけだもん」
保存の仕方を塩漬けか蜜付けか香辛料付けにする三択がメインの世界だもんな……と遠い目をしながら、初めて作った時の試行錯誤を思い出す。メティには感謝しかない。
そんなわけで一部やる気になって聖女様や国の偉い人達にいいとこ見せようとしている上級市民と、その取り巻き達と、成果が良ければ報酬がもらえると評価されることを目的にしている中級市民、諦めている下級市民たちの中で割と私たちはワクワクしながら方向性を決めたわけだった。
敷地は広く、鐘塔を中心に円形に広がっている。
東西南北の感覚で言うなら、北側に校舎があり西側に先ほどの話の森がある。また西側には一つ門がありその森を沿って馬車などで走れば国の中心部の都内に繋がる。南側に薬草園や植物園、果樹園があり、東側が各中級や下級市民の住む町と繋がっているという形状だ。
薬草園はやや南東寄りにあり、果樹園はその反対の南西寄りだ。
果実に興味がある生徒はどうみても私たちだけで、歩いていけば行くほど人混みが少なくなっていったので私がさらに興奮し始めているのを二人がみて呆れていたのには気付かないふりをした。
「一応言っとくけど、果実も貴重なものあるんだからね」
「堅果とかのことでしょ。それまだ青くて採取できない時期だよ」
う、と詰まった私に、その辺の知識はルオンの方が一枚上手だ。
エレンももうこの掛け合いに慣れてきたのか、二人とも凄いよと言いながら笑っている。
帰りにちゃんと薬草園によって、最悪それらしいものも目星をつけているからと伝えると、その用意周到さがもうユラらしいと背中を叩かれた。
お墨付きだぞ、アランにも聞いたらそれは他の生徒は多分気付かないでしょうねって言ってたんだから。
「その目星付けてるのってなに?」
「根っこ」
根?と二人が同時に首を傾げた。
これは元々もしかして、と思ってメティとクリアに昨晩聞いておいたら敷地内に存在していると教えてもらったものだ。カンニングじゃない。決してカンニングではない。
「昔ね、根っこも薬になるって聞いたことがあったの。育つのにも土を選ぶらしいんだけれど、ここ色んな種類の薬草はあるし、近くに森もある。小さいけれど水路もあるし」
色んな食材の臭み消しなどを考えた時に山葵を思い出していたのだ。
かつて幼い頃はあの辛みがダメだったのに成長するにつれてないと物足りなくなるのだから人間の味覚って不思議だよね。
あと聖女と一緒に回った時のあの蒲公英に似た花をみて、漢方で扱われていた蒲公英根がその辺を考えるきっかけになっていた。
蒲公英珈琲出来ないかなって考えたなんて言ったらまた食い意地って言われるだろうから、そこは黙っておく。
水流沿いに行けば、地面は緩いがいくつか採取できる薬草もあるとこっそりアランはそれも教えてくれた。
果樹園は森に近く、また崖も近いので気を付けるようにすることと、採取したものは食べる前に一度持ってくるように言われた。万が一、毒などの見分けがつかないと困るからと言われたのでそこは勉強がてら甘えることとする。
貴女なら大丈夫でしょうが、他の生徒と揉めないように気を付けてと言われたのが気になったけれど。
ほとんどいないって言ったの先生なのに何を言っているんだろうかと首を傾げながら、応と帰していたのだけれど。
そうこうしている間に、大きな植え込みを抜けるとまだ緑色の若い状態だとわかるものの、柿に似た実をたくさんつけた木が出迎えてくれた。
思わず嬉しくなって、頬が緩んで三人の歓声が零れる。
「あら!」
「あら?」
敷地に入って、女性の声がしたので三人で声の方向を見るとなぜか聖女がいた。
何故か!聖女がいる!
「へ!?」
エレンのひっくり返った声が響き、聖女の周りの取り巻き達まで一気にこっちに注目した。
やめろ、なんでこんなところに事の中心人物がいるんだ。
「ユラじゃない!嬉しい、こんな所で会えるだなんて!」
「いやほんとこんなところで会えるだなんて驚きましたぁ……」
取り巻きの視線が痛すぎて、流石の私も空気を呼んで彼女に敬語で話す。
取り巻きの人数はざっと数えても十人はいる。その中から走ってこっちに掛けてくるんだから、視線が痛いこと痛いこと。
敬語で話す私に気付いて、苦笑しながらなんかごめんねと言ってくるんだからやっぱりこの子の性格は悪くはない。
ここで敬語を外せとか言い出していたら本気で距離を取らないといけないところだった。
「ユラも果物を?」
「ええ、こちらの方は入ったことがなかったので」
楽しかった気持ちが一気に急降下した。
そして理解したのが、なるほど似た味覚を持っているのだから考えることは一緒かもしれないという可能性に気付かなかったのが落ち度だと。
そうだよねぇ、この地域に入れるようになったのは彼女も一緒だし、マシに食べれる美味しいものあるかもって思ったら見たくなるよね……同じ考えするよね。
まさか、と思って取り巻きの様子を窺ってみたら口をそろえて聖女を褒め称えるばかりだ。
「果樹園に行きたいとおっしゃるだなんて、流石ですわ」
「他の生徒たちが皆森に向かう中でこんなことを思いつくだなんて、やはり聖女様は素晴らしいですね」
困った顔で笑っているが多分聖女本人これ気付いていないのである。
この行事が自分のために行われていると、多分本気で気付いていない。
ここでアランが言っていた言葉を思い出した。
経緯は謎だが、多分あの男聖女が果樹園に行くことを知っていたのだろう。
できればそのことを先に教えておいてほしかった。
ちらりといつものように彼女のそばに控えているエンヴィーを見たが、いつも通りの済ました顔だ。ここでも授業の参加に関しては口を出さない方針のまま。
彼の立場からすると、各方面を納得させるために珍しい鉱石の一つでも探してこさせるように言ってきた国の連中がいただろうに、あくまで聖女の意思を最優先させたらしい。
「聖女様?こちらの生徒たちはお知り合いですの?」
「ええ、ユラには前の授業で助けてもらいました」
へぇ……と彼女の視界に入らない範疇で、まぁお嬢様然として笑う目の数々の怖いこと。
愛想笑いで、聖女様とご一緒できる機会があって身に余る光栄でしたとニコニコ笑い返すしかない。
肝が据わったところのあるルオンは、何も余計なことは言わずに一緒に合わせて微笑んでるし、エレンはエレンで聖女に見惚れてまだぽーっとしてるし。
果樹園も広い、早々に距離を取れば取り巻き連中にこれ以上睨まれることはないし、私の目的は未熟な実ではなく採取できる実だ。食べたい。食欲に勝る欲は今のところない。
どうせ聖女以外のお嬢様お坊ちゃま連中は、生の果物を彼女が欲している意味なんて分かりもしないだろうから収穫することもほとんどないだろう。
見惚れているエレンには悪いが、聖女とは適当に挨拶を済ませて距離を取るに限る、と笑顔満開でではと言った瞬間だった。
くん、と袖を引かれた感触に振り向く。知っている?可愛いってね、同性にも効果あるんだよ。
「ねぇ……ユラ、一緒に回ってくれない?」
この聖女、まじもんの天然の人たらしだわ。




