53話 赤い魔剣
酔いそうなほどの人混みから、騒音と笑い声が聞こえてくる。
食器同士がぶつかり合う耳障りな音と酒に酔った酔っ払いたちの騒々しい声。一つ一つの要素を見れば不快なだけのはずなのに、まとめて遠くから見ると好ましく思えてくる。
ここは魔境に作られた都市リクマの酒場。一仕事終えて重くなった財布を軽くする冒険者御用達の酒場だ。冒険者ギルドの周辺には武具や薬草屋だけでなく酒場も多い激戦区だ。アレットもいつも通り午前の仕事が終わるといつも通り適当な酒場に入り昼食にする。
午後からもまた魔境に入るため酒は飲まない。というかお酒は好きではないので持ち歩いているお茶を出そうとして……店主に睨まれてしまう。持ち込みは不可のお店のようだ。
ジュースでも頼もう。
「見つけたぞ」
一人で昼食を食べていると、目の前に無断で座ってくる奴が来た。
「聞いたぞ?またお手柄らしいな。C級のくせに大したもんだ。さすがは【天弓】様だな」
天弓。魔境で強大な魔物に遭遇するとどこからともなく矢が飛来し敵わない魔物を仕留めてくれる。その守護者のような振る舞いを称えて神の住む天界を守る守護者に因んで呼ばれる名前だ。
ほとんどの冒険者はその正体は知らないが、冒険者ギルドからの発表で、冒険者ギルドのリクマ支部長から直々に依頼を受けて新人たちを手助けしていると認識されている。実際にアレットは依頼を受けて定期的に矢を放ち死にそうな冒険者たちを何人も助けている。
それで、それを知っているこいつはだれだ?そんな目で見ていると、相手もアレットが自分を知らないことに気が付いたようだ。
「スペルだスペル!何度目の自己紹介だこれは。私は三年前から何度名乗ればいいんだ!」
名前を名乗られてようやく思い出せた。
スペル。赤い髪に赤い魔剣、赤いドレスの様な鎧が特徴の剣士だ。三年前のアレットが荒れていた時期に娘を取り戻してくれと貴族から依頼を受けて助けに行ったら、自力で盗賊を切り殺して脱出していた暴れ娘だ。
その後実家を出奔してきたので当時アレットが率いていたクランに入れて、面倒を見ていたがクランが解散したのを機に分かれて、それ以来たびたび遭遇している。
「スペル……たしかクランを作ったと聞いたが、なんでこんなところに?」
「お!ま!え!がふらふらしているからだろうが!三日と同じところにいないせいでどれだけ探すのに苦労したと思っている!」
「いや知らないが」
それに長期間同じところに居ることもある。だいたい気分で居場所を決めているため三日で国三つ分移動することもあるが。
「それで本題だ。アレット、私のクランに入れ。もう私もA級冒険者になった。クランも百人を超え、メンバーの質も高い。必ずお前の夢の手助けになれるはずだ」
スペルは自信満々な顔をしてそういった。
A級冒険者。世界に五十人もいない、冒険者の最上位の階級だ。その力は人類の中でも最上位とされ、全力で剣を振るえば山が裂け海が割れ、個人でも国家規模の災害、パーティーを組めば復活した邪悪な神と戦うことも求められる。いわゆる英雄譚で語られる「姫との婚姻を認めよう」と言われることもある英雄たちだ。
なお、大国の大物貴族のお抱えや迷宮都市の最前線に集まっていることから、小国ではB級が最上位とも言われている。
そんなA級冒険者が何かに協力すれば、およそ叶わない夢などないだろう。
「断る。夢ならもう一応かなっている。」
しかしそれは、その者に夢があればの話だ。
「俺の夢はもうかなっている。故郷の再建は、もうできた。一応だがな。だから俺に構う必要はない。他の目標を見つけろ」
「なっ!?」
アレットの夢は故郷の再建。時代の流れと共に廃れ果て、最後には魔物に滅ぼされた研究船の再建だ。
その夢は、もう叶っている。一応と着いてしまうが妥協できる水準であり、もう生きる理由がない程度には目標が終わっているのだ。
アレットも隠していなかったこともあり、スペルは三年前にその夢を聞いていた。その夢の大きさからそうそう叶わないと思っていたが、それはアレットの力と人脈を知らなかったからだ。
「な、なら。次の夢は何かないのか?私はお前の力になりたくてクランを作ったのだ。自慢じゃないが、それこそ魔境を浄化して国おこし程度ならできる戦力を私は持っているぞ」
「それこそいらない。俺はそんなお前の戦力を全員倒せるくらいには強い。知っているだろう」
「なら金と情報はどうだ。うちのクランは傘下の組織に商会も保有している。上等な武器……はいらないだろうが、屋敷や最新のマジックアイテム、最新の情報をいち早く入手できるぞ」
「もっといらない。そういうのは俺の相棒が持ってきてくれるからな」
「あ、相棒!?いるのか!?三年前は居なかったはずだが」
「ああ。五年前に別れてから一度の会っていない」
スペルは頭を抱えている。比喩ではなく本当に両手を頭に手を当て背を丸めて抱え込んでいる。
A級冒険者ともなれば冒険者は自由であるという建前は通用せず、海千山千の商人や貴族から依頼を受け、腹芸の一つでも出来ないと食い物にされるはずだが。こいつはこんなに感情豊かで大丈夫なのだろうか。
「よしわかった。そう言うことなら仕方がない。だが私はお前が正当な評価を受けていなことが気に入らないんだ。お前は私よりも上に立つべきだ」
スペルは素早く立ち直り、臆面もなくそういった。アレットの目を真っ直ぐ見据え、疑うこともなく自分の言葉を真実だろ思っているようだ。
「……そう俺を評価してくれるのは嬉しいが、俺はもう隠居しているようなものだ。夢はもう叶っている以上、いつ死んでもいい。一応生きている間は夢の精度を向上させ続けるが、まあ、いつ死んでもいいんだ。だから俺は今のまま放浪するつもりだ」
「お前の意思を聞いているんじゃない。私はお前には私の上に立ってほしいから言っているんだ」
アレットは眉をひそめ気分を害した顔でスペルを見る。
その眼は迷惑なほど真っ直ぐで、言葉で言っても考えを変えないだろう。
よし。
無視しよう。
「おい。おい……おいってば!こっちを向けアレット!」
その後はアレットがスペルに反応することは無く。アレットは食事が終われば風のように逃げていった。
「団長あれが例の男ですかい?団長が固執するほどの強者には見えませんでしたが」
「それはあいつが実力を隠しているからだ。あいつは私より強い」
「はぁ……それじゃあ引き続き見張っておきますね」




