52話 天弓
北風が吹き抜ける山々。その山頂でアレットは弓を構えていた。
「今日は鳥にするか」
アレットはその辺の武器屋で購入した凡庸な弓に、同じく凡庸な矢を番えていた。目標が居るのは空中。距離にして一キロだろうか。通常な人間には見えない距離にいる獲物を、並外れた肉体と魔術で強化した視力ではっきりと捉えている。
「【照準:加速】」
短く呪文のトリガーを唱えると、矢の少し先に二つの円が出現する。円の中心には矢一本がギリギリ通れる大きさのもう一つの円がある。アレットは二つの円を通過するように矢を放つ。
放たれた矢は二つの円を通過した瞬間一気に加速。二つの円同士を結ぶ延長線上、すなわち目標地点に一瞬で到達する。一キロ程度離れているが、その距離を一瞬でゼロにし獲物を貫く。
「あたり」
矢が頭部に命中し脳を一撃で破壊する。そのことに動揺した他の鳥たちが逃げる前に、淡々と連射し仕留めていく。数にして十五。群れの半分を仕留めたところで、矢のお尻部分に繋げていた魔力の糸を巻き取るように回収すると、矢と共に仕留めた獲物がアレットの手元に飛来する。
全長一メートル程度の大型の鳥であり、雷を帯電しているサンダーバードというランク3の魔物だ。生物としての物理強度は通常の大型の鳥と同程度だが、魔術ではない魔物としての生体能力で雷を放つ魔物で、時には熊さえ電撃で殺し捕食する危険な魔物だ。
それが十五体。全て頭部を破壊して仕留めたためサンダーバードは非常に綺麗な死体である。肉は全て食用に回し、骨は武器に加工、臓器や目玉は錬金術の触媒にできる。売却して金銭に変えてもアレットが個人で消費しても十分な戦果だろう。
「これで戦果は十分だろうし、あとは適当に魔物を狩るか」
今度は地上に目を向けると、魔物の皮と鱗を使った鎧を身に着けた冒険者たちが見える。ゴブリンやコボルトといった小型の魔物の群れと戦っている。弱い魔物だが、冒険者たちも駆け出しなのか一進一退の戦いだ。鉄の剣を持った剣士が切り込み、木製の大きな盾を構えた重戦士が魔物を押しとどめ、枝の様な杖を持った魔術師が風の刃を定期的に放つ。
危なっかしくも魔物を全滅させた彼らは、周囲の樹々に寄りかかって休息をとる。剣士と重戦士は切り傷や打撲を受け負傷しているようだが、魔術が小瓶を渡し中身を飲み干すとみるみるうちに傷が回復していく。効果から考えてポーションだろうか。
彼らが気を抜いた時、周囲から無数の石が投げ込まれる。
突然の事態に混乱していると、小柄な魔物がまとわりつくように飛び掛かっていく。攻撃ではなく拘束が目的なのだろうか。我に返った冒険者たちが必死に藻掻くが魔物は人間よりも身体能力に優れているため苦戦している。防具が丈夫であるため死なないだろうが、振りほどくには時間がかかるだろう。
冒険者たちが焦っていると、地面を揺らしながら中型の魔物が嗤いながら姿を見せた。オーガ。鬼とも呼ばれるランク3の魔物である。知能は非常に低い反面肉体性能に優れ、全力の一撃がまともに当たればランク4の魔物すら殺せる魔物であり、当然駆け出しの冒険者では絶対に勝てない。
「あれだけは仕留めるか」
アレットは展開したままの円を操作し、オーガに狙いを付ける。最も安価な矢を番え、矢にねじりを加えて貫通力を増幅する。魔力を消費して放つ武技ではなく、弓術の技能である
余裕の表れのようにゆっくり歩くオーガに、同じくゆっくり丁寧に狙いを定め、放つ。音にも迫る速さで着弾。矢は砕け散ったか、矢が砕け散るほどの衝撃だ。卓越した腕力と優れた弓術の腕により放たれた、弓術の【螺旋撃ち】の様な一撃でオーガは胴体を粉砕され絶命する。
呆然としていた冒険者たちははっと我に返り、同じく呆然としていた魔物たちは仕留めていく。仕留め終わるとオーガの死体を回収し、冒険者ギルドの出張視点まで撤収し始めた。
それを見届けたアレットも視線を外し、次の標的を探し始めた。
アレットが現在拠点を置いている街、コーススレイン王国の王都サレム。そこから北に三キロ程度進むとたどり着く横に広い山脈だ。標高は最高で千メートル。生き物がほとんど住んでいない岩肌がむき出しになった山脈で、動植物はおろか獣系の魔物すらいない。例外的に岩を素材にしたゴーレムの様な食事を必要としない魔物がまばらにいる程度の何もない土の塊の様な山だ。
しかしそんな山脈の向こう側には魔境と化した広大な密林が広がっている。
もともとこのコーススレイン王国は広大な農地だったが、五年前に王都のすぐそばに魔境と山脈ができたことで事情が変わった。
急速に拡大する魔境を抑えるために多くの冒険者が魔境に挑み、素材を持ち帰る。持ち帰った素材を目当てに商人が集まり金も動き、さらに他国からも冒険者や傭兵、商人や吟遊詩人が集まる。
王都だけでは人を受け入れきれなかったために、山脈の魔境側に新しいリクマという街が生まれ、賑わいはとどまることがなかった。
嬉しいことに魔境は山脈に近いほど弱い魔物が出現するため、駆け出しの冒険者も多く生まれる。その一方では悪いことに魔境の中心部では国家規模の災害と言われるランク10以上の魔物が出現する世界で最も危険な魔境と化している。しかし討伐したときのリターンも大きいため高位の冒険者も集まる。
魔境と人間社会の距離が近いことを生かして、魔境の内部にも冒険者ギルドの出張所を設置することで安全な拠点を邪魔になる荷物の解消もできるようなサポートまでは居るようになった。
いまでは迷宮都市と呼ばれる都市にも匹敵するほどの魔物産業が発達している。
「ただいまー。晩御飯できてるか?」
「ええ。今日は私が当番ですからね、今日こそ私を見直すことになると予言してあげましょう!」
そんな大賑わいなことはさておきて、アレットは今でも王侯貴族や商人たちが政治闘争を繰り広げており物理的には安全な王都サレムに帰還した。
現在はサレムの一般的な住宅街で一軒家を借りており、一階建ての平屋。広間一つ部屋三つ風呂トイレ厨房倉庫付きでお値段は月に五万シス。一シスはだいたい一円に相当するので破格の安さと見て借り受けた家だ。
……実際はこの世界は地球よりも武具や芸術品、貴族街の屋敷のほうが遥かに相場が高いため、一般的な住宅街にある時点で値段が下がるため、相場通りの値段だったが。
「さあ見てみなさい私が作った料理を!天才とは何をやっても天才だということを思い知りなさい!」
「お前の天才は自称だから関係ないと思うぞ。料理は旨そうだが………うんうまい」
「やったぁ!」
「跳ねるな」
ぴょんぴょん飛び跳ねている少女を椅子に座らせて、食事に移る。
少女の名前はミア。天才の名をほしいままにする魔術師でありB級冒険者。予言者の一族の出身でマイナーな神と宗教を信仰する変人である。たしか十七歳なのでアレットの一つ下である。
そんな天才の少女だが金銭感覚、というより俗世に疎く、欲しいマジックアイテムを購入するために全財産をはたいてしまい、食費が無いため野草を食べたり川で魚を捕まえているところを見てしまいアレットが拾ったのである。
「あの時は驚いたな。普通の衣服を着たままで川に素潜りしていたんだから」
「あー……あれは私にとっても黒歴史ですねぇ。せめて着替えるべきでした」
「いや普通に店で買おうな?」
「お金がないのだから仕方ありません。人間は水と野草、野生の魚があれば生きていけるのです」
「間違ってないけどそれは最終手段だぞ。家賃はとらないでやるから、しっかり人間らしく人間社会に沿って生活しなさい」
「……がんばりまーす」
「よろしい。あとおかわり」
「おかわりするほど美味しかったですか!?しかたないですねぇ!」
ミアは嬉しそうに厨房に駆けていった。




