48話 圧倒的格上の敵
過去最長です
アレットの戦い方は思想がよく表れている。アレットは錬金術師であり戦士は本業ではなにため、勝てるならば何でもいいと考えている。拳で勝てないなら剣で、剣で勝てないなら銃で、それで無理なら相手より良質な武器を使う。
戦場を水辺に変えるのもその一環だ。勝つためには自分に有利な戦場で戦ったほうがいい。環境そのものを変化させることで有利に立ち回る。
そうやって相手との差を埋める。もしくは引き離すことがアレットの戦闘思想だ。
しかし、相手はそれで埋められる程度の格上ではなかった。
動作の起こりを感じさせない自然な剣術。自身に向けられてなお美しいと感じてしまう剣筋は、光が瞬いたとすら錯覚する。
そんな剣を向けられたアレットには、当然のように無数の切り傷が刻まれていた。
(めちゃくちゃ痛い)
アレットは体術で回避に徹するが、無意味とばかりにローレイアの切っ先はアレットの体をとらえる。紙一重で避けようにもローレイアの剣技はアレットには見切れず早く、真後ろに跳ねて逃げようにも踏み込みはアレットよりも早い。かろうじて腕を盾にすれば致命傷は避けられるという程度だ。単純にローレイアの武術の技量がアレットよりも高いために、当然の帰結としてアレットが負傷していく。
アレットは錬金術師であり弓術士である。格闘術は不得意な方だが、それでも格闘術で戦っているのには理由がある。
単純に、格闘術のほうが接近戦では有用だからだ。
この世界にいる達人たちは地球の達人たちよりも技量が高く、それこそ漫画やアニメに登場する人物たちのようなものだ。素手で岩を砕き、弓を持てば数キロ先の鳥さえ射抜く。
しかし当然向き不向きは存在する。拳で鋼鉄を粉砕できても空を飛ぶ鳥は殴ることができず、弓で空を飛ぶ鳥を射抜けても数メートル先の素人拳士にも殴り殺される場合もある。この辺りは地球と同じである。
厳密にいえばこの世界には武技が存在するため衝撃を飛ばしたり、矢で殴り殺すことも出来るが、接近戦では弓術よりも格闘術のほうが有効であることは間違いない。
ゆえにアレットが格闘術で対抗するのは理屈では正解なのだが、いかんせん技量が足りない。ローレイアの剣術スキルレベルは9でアレットの弓術スキルレベルは7。これならば弓の間合いでは対抗できるが、接近戦では確実に勝てない。
(格闘術のほうがまだましってだけで、このままだとじり貧だよな……えいやっ)
ローレイアがアレットの胴体を切り裂かんと横なぎに払ってきたので、アレットとそれを腕に食い込ませて受け止め、【虚実夢幻】を使用する。先ほど自分とローレイアを移動させたように空間を圧縮し、解き放つことで吹き飛ばす。
風属性魔術にも空気を圧縮し解放することで風の衝撃を発生させることができるが、あくまで強い風なので防ぐ方法はいくらでもある。しかし空間そのものを膨張させると空間属性魔術以外で防ぐことはできない。
正確に言えば、空間を踏みつけたり切り裂くような神域の達人でなければなすすべなく吹き飛ばされる。影響を及ぼす空間の規模で消費魔力が決まるため、こういった小規模の特殊な小技を活用するのが【虚実夢幻】の正しい使い方だとアレットは考えている。
肉を切らせて骨を断つ戦術だが、ローレイアはおとなしく吹き飛ばされ――止まった直後に地面が爆発したと見間違うような強烈な踏み込みで吹き飛ばされ距離を一瞬でゼロにする。
(やっぱ無理か)
幾度となく繰り返されてきたやり取りなので分かり切った結果だが、こうも桁違いの身体能力を見せつけられるとげんなりする。軽く百メートルは吹き飛ばしたはずなのだが。
アレットの格闘術のスキルレベルは3。これはC級冒険者のなりたて程度の腕前だ。一般的には食べていける最低減のレベルだろう。対してローレイアの剣術のスキルレベル9。これはA級冒険者に匹敵するため、小国の国一番よりも上である。
そのため当然のようにアレットは圧倒的に敗色が濃厚である。現に斬撃がアレットの全身を撫でまわし血だらけだ。
しかし、逆に言えば負傷する程度で済んでいる。
(持久戦なら勝てる……かな?)
アレットはパスファルに精霊を組み込む治療兼改造手術を施し、モアナにも実験に協力してもらううちに、自らにも改造を施すようになっていた。
それは魂で思考すること。言ってしまえば生霊化である。転生したことでアレットは魂の実在を実感として認識しているため、【虚実夢幻】で運用方法を探り続けた。結果今のジョブにジョブチェンジしたときに獲得した【霊体】スキルとも組み合わせ。アレットは自らの意識の次元を一つ上げることに成功した。
これによりアレットは自分を俯瞰的に認識できるようになった。具体的には地球でVRのゲームをプレイしているような感覚になり、自らの腕を切り落とされても不快感を覚える程度ですむ。加えて思考を魂で行っているため、首を落とされても腕と落とされる時と同じように平然と再生できるのだから、戦闘では非常に有利に立ち回れるだろう。
相手の致命傷を受けても再生し攻撃していれば、普通に考えていつかは勝てるだろう。
しかし、目の前の普通じゃない騎士には通用しなかった。
アレットの攻撃はすべて回避し、アレットの防御は全てすり抜け切り刻む。ふざけるな強すぎるぞと柄にもなく叫びたくなるほどの理不尽さだ。ゲームで言えば全てこちらの攻撃は全て失敗判定を受け相手の攻撃は全て防御貫通してくるようなものだ。ゲームならばコントローラーを放り出しているだろう。
しかし現実なので逃げるわけにはいかず、アレットはひたすら持久戦に持ち込むことにした。相手の魔力が切れるまで攻撃に耐え続けるという狂気の選択だが、幸いなことに相手の攻撃は全て斬撃だ。いくら切られようとも肉が消滅することは無いため、再生に使う魔力は肉を繋げる極小の魔力で済む。もしも相手が拳や槌で破壊してくる相手であればこうはいかなかっただろう。
(でもこいつ、全く消耗している様子がないんだが、まさか……)
しかし一時間近く耐え続けても、全く相手が疲れを見せずにアレットを切り刻み続けていることで恐ろしいことに気が付いた。
目の前の騎士は、魔力により強化は一切使用せずに、身体能力と純然たる剣術で全力の自分を圧倒しているのだと。
アレットには少なからず、自分は強いという自負があった。最強などとは思わないが、そこいらの兵士よりは強い。格上にも多少は食らいつける。そんな技術を少し身に着けた者が陥る傲慢な考えだ。
実際にアレットは八歳という信じがたいほどの若さ……幼さで街を壊滅させるような魔物を純粋な武術のみでも仕留める力が有るので、けっして思い上がりではない。しかしアレットには格上との対人戦闘の経験は圧倒的に不足していたのだ。
アレットの戦う力は魔物相手に身に着けたものであり、人間を相手にすることは想定していない。基本的には魔物を相手に弓術を使い、近づかれた時のために護身用に格闘術を修めた程度だ。そのため相手の武術の技量を見抜く目は不足しており、耐え続ければ勝てると思っていた相手が、むしろ何をしても勝てない相手だと今更気が付いたのだ。
アレットはまだ九割以上の魔力が残っているが、問題なのは精神のほうだ。
魂で思考をしている力は【虚実夢幻】をきっかけに身に着けた力なので、ほとんど身体機能の様なものだ。集中力やペースが乱れれば破綻する。破綻しても死にはしないが、不快感を覚える程度に落としている痛覚も通常通り襲ってくる。そうなれば意識を持っていかれて肉体の再生も覚束なくなるのだ。脳や心臓を長時間再生できなければアレットといえど生命力が底をついて死亡してしまう。
(不味いな。どうしたものか……モアナたちのほうへ行かせないほうに気を使っているけど、それを気にしなくても勝てそうにないな。三人が遠くまで逃げられるまで、俺の所にくぎ付けにしておくのが最善、か?)
しかしアレットには焦りつつも、まだ余裕があった。
それはいざとなれば勝つ方法が二つあるからだ。
一つは英霊化。最初の島で取り込んだ武の極致ともいえる英霊へと自らを作り替える。ヘレナを相手に使用したときは自滅を前提にしても数秒しか使えなかったが、今の肉体を俯瞰して使用する力を組み合わせれば、肉体の崩壊をコントロールでき、一分は持つ。
目の前の騎士は強いものの、英霊化を三十秒も維持できれば勝てる。自分の死にかけるが許容できる。
二つ目は、アレットの故郷から託されたマジックアイテムを使うことだ。
アレットの故郷は滅亡するときに、船にあった価値あるものを無限の広さを持つマジックバックに入れ子供たちに配分した。その中には使用者の力を数百倍に高めるものや、絶対に解放してはならない兵器も存在する。
どのマジックアイテムも非常に強力であり、確実に勝つことはできる。
「最後に聞きます。あなたは投降する気はありますか?私たちが受けた任務はこの里のエルフの全滅。あなたも尋常な者ではないようですが、抵抗しないのならば危害は与えません」
ゆえにアレットは余裕がある。そんな時、黙々とアレットを切り続けていた騎士はここにきて最後通告を出してきた。
「断る。そっちの事情はよく知らないが、あいつはこの里のエルフじゃない。差し出すつもりはない」
アレットは距離をとりつつマジックバックに手を伸ばす。方法は不明だが、決着を付けるつもりなのだろう。ならばここでアレットもリスクを飲み込んで切り札を切るべきだ。
「残念です。ならばあなたには無慈悲を与えましょう」
そういうと、騎士は目を瞑り、祈りをささげた。
「光の神よ。我に裁きを成す力を貸し与えたまえ」
戦闘中にもかかわらず行うそれはただの祈りではなく、選ばれた聖者にしか使用できない【御使い降臨】の発動条件を満たすものだ。
空から光の柱がローレイアを包むと、彼女の頭上に光輪が発生し、背には二枚一対の光翼が生じる。
本来は肉体のない神の眷属たる御使いを己の肉体に降ろし、あらゆる能力値を増強するローレイアの奥の手だ。
「正義を執行します」
そう言葉を発したローレイアは、人間より上の存在の気配を放っていた。
「【聖剣解放】【光刃】【聖光の太刀】」
剣の性能を極限まで高め、さらに御使いを下ろすことで使用できるようになった【詠唱破棄】を連続で使用し、剣に光属性魔術を過剰なまでに付与。竜すら両断する光の刃がアレットに迫る。一連の魔術に武技の発動速度はアレットの常識を超え、思考した瞬間に発動しているほどの速さだ。
「ちぃっ!!!」
対するアレットは受けに回る。視界を埋め尽くす膨大な光の奔流はあまりに巨大すぎるのだ。振り下ろされる剣から漏れ出す光は周囲の空気さえも焼き、回避できる場所が存在しない。
「【鉄壁】!【鉄体】!【水流壁】……いや【海神の加護】!」
防御用の武技や魔術を使用しかけ、全てを止める。今までローレイアの剣を受け止め続けてきた自分の肉体を、正確には骨を信じることにした。
アレットが持つ三つ目のユニークスキル【神鉄骨格】。
アレットは神の鉄と評されるオリハルコンと同等の性能を持つ骨格を持つ。これは神でなければ壊せない。ローレイアの剣撃を無数に受け肉を切られても骨は断つことはできなかった。
全ての魔力をつぎ込んで水属性魔術の最高位の魔術を発動する。【虚実夢幻】【知恵の書】。両者を使って最初の島で使用したように神の魔力を再現し、疑似的な神の加護を再現する。ローレイアの【御使い降臨】で全能力値を増強したように、アレットは肉体強度のみを激増させる。
光の奔流がアレットを飲み込み、余波で地面どころか地形が抉り取られる。最悪なことにローレイアの振り下ろしをアレットは腕を十字に構えに受けたことで後ろに吹き飛ばされることも出来ずに地面にめり込むように沈んでいく。
「がぁ……」
地面に残ったアレットは死に体という言葉が似あう様だった。全身が炭化し肉がボロボロと崩れている。アレットが信じたように骨は残っているが、それ以外は消し炭。しかしかろうじて生き延びた。全身を再生させようとするが、感覚が鈍くなってきている。
(……い、しき……がっ……早く、ナオさなぃと……)
アレットは一つ上の次元から思考することで痛覚を不快感を覚える程度で済むようにしているが、それはあくまで痛覚を下げて不快感になっただけだ。
許容量を超えてしまえば、痛みを不快感に変えても、許容できないほどの不快感になるだけだ。
「――――ふっ……っああ!!!」
朦朧とする意識の中でも本来の五体満足で健康体の自信を創造――上書きすることで一瞬で肉体を戻す。
(まだ頭がふわふわしてるな……なりふり構っていられない。今すぐ【王国】を使う!)
アレットは相手の危険度を最高位に格上げし、自分の切り札の一つである故郷から託されたマジックアイテムを取り出し……使用前に止まってしまう。
(……?なぜ使えない?いや、俺は使いたくないのか?まさかっ!)
起動させる直前にアレットは気が付いてしまった。自分の視界の先にモアナたちが居ることに。そしてアレット自身にも効果範囲が分からないこのマジックアイテムを起動させると、もしかしたら巻き込んでしまうことに。
故郷が滅んだことのアレットと違い、今のアレットは一緒に生活しているモアナとソフィアを大切に思っている。正確に言うと大切にの前にそのへんの他人よりはと着くが、アレットにとっては死を許容したくないと思う程度には大切だ。
加えて、今自分が持っているマジックアイテムは故郷から託されたものであり、故郷とのつながりを示すものだ。
今のアレットでは治す技術がないため、もしも壊れてしまったらと思うと使用に抗えないほどの抵抗を覚えてしまう。
そして、その隙を見逃すほど敵は甘くない。
「【破邪の光剣】【一閃】」
ローレイアが新しい光属性魔術の付与術を唱えた瞬間、剣に纏わりついていた光が強くなる。強くなるとは光量ではない、光の性質だ。光の質とでもいうべきものが高まっていき、人間には有害と感じる光に変位する。
武技により強化された横なぎをアレットは咄嗟に腕で防ぐ。しかしローレイアは巧みに剣を操りアレットの肉をそぎ落とす。アレットはその光景に一瞬に思考が止まる。何を無駄なことをと――
「あ?ぎ、ぎゃぁぁぁああああ!!!!」
瞬間、アレットは今までに感じたことのない激痛に襲われる。
(痛い!痛い!痛い!いたいいたいいたいたいいたい!)
ローレイアの使用した魔術には破邪の力、すなわち光以外の魔術の強制解除だ。
今までアレットが不快感に格下げしていた痛みが、一瞬で押し寄せてくる。
「……脳と心臓を破壊しても叫ぶだけとは、やはり尋常な生き物ではありませんね。あなた」
ローレイアはアレットに話しかけているのかもしれないが、アレットに答える余裕は無い。
アレットの魂で思考する力は【虚実夢幻】をきっかけに覚えた身体機能、言ってしまえば自力で幽体離脱しているようなものであり魂の領域だ。魔術ではないので無効化はされない。
しかしそれ以外、魂で思考するといいう特殊な技能を持ってはいても、人間であるアレットには痛みが一切不快感に格下げできなくなった。
(いいたいますいたいぐ逃いたいげいたい。かていたいないいたい。にげいたいないいたいと)
何をしても再生するアレットの殺しが分からず、ローレイアは剣でアレットを分解しようとする。
そんな中アレットは冷静に思考しようとしても、ノイズのように痛みが邪魔をしまともな思考ができなくなっていた。
もとよりアレットは錬金術師であるが、それ以前に子供だ。戦士としても教育も受けているが、弓術士で優秀な負け知らずであったがゆえに痛みに耐性が低い。
殴られたり切られたり折られたり、その程度では動じないが、脳や心臓を破壊され生きたまま解体される痛みは想像したこともないものだ。まったく耐えられない。加えてアレットに自覚は無かったが、最近は痛みを不快感に格下げしていたことで痛みに対する耐性もさらに下がっていたのだ。
「あっ、まだ動けましたか」
アレットは脱出……ではなく痛みに痙攣するように跳ねまわり解放されるが、勝てない。恐怖と痛みで勝てないという思考で頭が埋め尽くされ、逃げるという考えすら消えうせている。
「……子供の姿をしたあなたにそういった目をされると抵抗を覚えますが、最後の通告を跳ねのけたのはあなたです。せめて私の手であなたの全ての罪を浄化します。神の元であなたは許されるでしょう」
ローレイアの振り下ろす剣をほぼ反射で受け止めようとする。意識してのことではなく、考えることを止めた者が以前の動きを繰り返すことと同じだ。
「……えっ?」
しかし、以前と同じにはならなった。アレットは疑問の声を上げる。
ぱきんという小枝が折れる音と共に、アレットの腕が折れたのだ。
【神鉄骨格】であるアレットの骨は、オリハルコンと同等の硬度を持つ。それを軽く剣を振り回しただけで終われたのだ。意味が分からない。目の前の騎士はまだまだ切り札があったのかと考えさらなる恐怖を覚え――再び思考が止まる。
目の前の騎士は、アレット以上に目を見開いて驚いているのだ。なぜ自分がアレットの骨を折ることができたのか理解できないといった顔で。
両者が呆然とするなら、先に我に返ったのはローレイアが。経験がものをいった。
そして再び剣を薙ぎ、アレットは真っ白になった頭でいつもの稽古の型をなぞるような動きで腕を動かし――――
――――たったいま折られたはずの腕で、受け止めた。
瞬間、アレットの魂に火がともる。
――これはまさか。
リアルが忙しく予定通りに更新出来ませんでした。申し訳ございません。
今後も投稿ペースが落ちるかもしれませんが執筆は楽しいので失踪はしないよう心掛けます。
今年最後の更新になります。次回がいつになるかはわかりませんが、次回はずっと書きたかった展開なので早く書きたいです。
皆さんよいお年を。




