47話 遭遇
アレット一行がエルフの里に到着したとき、見るも悲惨な光景が広がっていた。木々は燃え家々は崩れ、人の気配は残っていなく、死の匂いが充満している。
「これって依頼失敗になりますかね」
「んー。見るからにどっかの軍がやったみたいだし、失敗には数えられないわ。こういう時は依頼自体が取り消し扱いになるはずよ」
そんな悲惨な光景を見ても、アレット達は誰一人として表情を歪めていなかった。
大抵のことは情報として処理するアレットにとっては人が死んでいる以上の意味には受け取れず、冒険者としてベテランの経験豊富なパスファルも稀にあることだと受け止めている。モアナとソフィアも眉を顰めてはいるが、それはようやく終わると思った仕事が不慮の事故で延長したことを面倒に思っている顔だ。
「しかし妙ね。どこかの軍が動いているなんて聞かなかったし、なによりヘレナ様が察知できないとは思わないけど……まあ、考えるのは後でいいことね。それで、アレット君はこの後どう動く?」
「俺が決めるんですか?」
「ええ。ヘレナ様から依頼されたのはあなた達で、リーダーはあなたなのでしょ。私はあくまでその補佐よ。よほど無謀な案でなければ従うわ」
「なるほど、責任重大ですね」
アレットは腕を組み首をかしげ、やや下あごを突き出すように唇を突き出す。無意識ではなく意識しての癖だ。考える人はこういうポーズをとるという話を聞いてからはルーティンのようにまねをして、今は癖になっている。
「今後とれる行動はは大きく分けて二つ。エルフの里には入らずエニアまで戻る。もしくはエルフの里に入って何があったのか調べる、でしょうか」
「いいと思うわ。利点と欠点はどう思う?」
「前者は安全ですが、得るものは何もありません。何故か滅びていたとしか報告できません。後者は多くの情報を得られますし、運がよければ何か財宝や貴重な植物でも残っているかもしれません。しかしエルフの里の反対側に騎士団らしきものが残っているので危険」
「ええ。それで十分よ。付け加えると、冒険者がこういった場面に遭遇した場合は軍に接触するのが一般的よ」
「え。そうなの?」
「すぐに引き返しても、生き残りと誤解されて後ろから撃たれたり、違うと分かっていても生き残りとして口封じされることが多いらしいのよ」
「……めんどうな」
「そうね。でも出くわしてしまった時点で運が悪かったと諦めて、接触するほうがまだ安全らしいのよ」
「なるほど、俺もそんな理由で殺されたくはないですね。……ところでらしいが多いですね」
「私は遺跡専門だから基本聞きかじりなのよ」
四人で話し合いながらアレットは考えを纏める。
今すぐ逃げ戻るのも危険。進むも危険。妥当な選択は騎士団らしき人たちに接触する事。このまま大樹の陰から見ているわけにもいかない。
「ちなみに騎士団らしき人たちに接触した冒険者ってどのくらいで解放されるんですか?」
「聞いた話では半年は拘束されるらしいわ。何も見てないかしつこく聞かれるって」
「長すぎるので却下ですね……というか、それ口封じされる可能性たかいのでは?」
「でしょうね。私も生き残った人の話しか聞けていないし」
「出くわしただけで殺されるって理不尽ですね」
「こればかりはしょうがないわ。運が悪かったと思って生き延びましょう。私たちに気が付かずにさっさと帰ってくれればいいんだけどね」
この世界では命が軽いが、冒険者は一際軽い。国家が秘密裏に行動している時に出くわしてしまうと口封じに殺されることが多い。そのため出くわしてしまった冒険者は気が付かれないうちに逃げることが望ましいが、秘密裏に行動する国家の軍隊は兵士一人でも大抵の冒険者よりも強いため逃げきれない。結果消去法で軍に接触して話し合いで穏便に対応するのだ。
ただアレットとしては、軍に接触する選択肢はすでにない。逃げに徹すれば相手が誰であっても逃げられる自信があり、いざという時は空間転移のマジックアイテムを使えばいい。
――というか、ヘレナさんはなんでこんなタイミングで手紙配達なんて依頼してきたんだ。
そのため逃げるのが一番なのだが、この里に行けと依頼してきたヘレナの事が気がかりだ。何かの策略で謀殺しようと企みとは思わないが、何もせず帰る選択にも取りがたい。
「エルフの里に潜入して、何があったのか突き止める。誰かに見つかったら逃げることを優先。俺たちにも余裕はないので生き残りが居ても基本見捨てる。こんなところでどうでしょうか」
「いいと思うわ。ただあの騎士団がいなくなるまで隠れているわけにもいかないし、動くなら早いほうがいいわね。あなた達は?」
「異議なーし」
「……任せてる」
全員から異論がないため行動が決定した。
「……それはそれとしてあなた達二人、もう少し自分で考えたほうがいいわよ。アレット君に任せきりじゃない」
「いいのよ。私たちが頭使うよりアレット君に考えてもらう方がやりやすいから」
「……命令される方が、ばぁーと暴れられる。その方が私は強い」
「そりゃずっと同じパーティーなら役割分担できるのはいい事だけど、最低限は身に着けておいた方が……」
「大丈夫ですよ。向日百年は一緒にいるつもりですから」
「ひゃ、百年!?……って、そういえば全員長命種だったわね。いやそれでもトラブルで分断されることだってあるし……。いえ、ごめんなさい。今言うことじゃないわね。行きましょう」
悩むのは長いが決断すれば後は早い。アレット達は即座に走り抜けエルフの里の外周部まで到達した。
「【虚実夢幻:気殺結界】」
そしてアレットはユニークスキルである【虚実夢幻】を使い、気配を消すスキルである【忍び足】の上位スキル【気殺】を再現し周囲の空間に発動した。範囲内であればあらゆる効果を再現できるアレットのユニークスキルは上位スキルであろうと再現できる。
本来ならば上位スキルは常人では一生をかけても到達できない領域だ。並み以上の戦士でも目の前でタップダンスを踊っても気が付かれないだろう。
欠点として範囲内に魔力で再現する原理なので、四人全員を隠せるほどの結界は普段より魔力の消費が多いが、今回は許容できる。
「じゃあ事前に言った通り俺が読み取ってみるから、みんなは周囲を見張っておいてね」
アレットはエルフの死体に近づき頭部に触れる。
里中にエルフの死体が打ち捨てられいたため探す手間が省けたのは望外の良い事だ。
「【霊体】【虚実夢幻】【知恵の書】同時発動……接続、及び読み込み開始」
アレットは頭部に触れたままユニークスキルを発動し準備を終え、一気に手を頭部に透過させた。
正確には、【霊体】と化した腕を浸食させたのだ。
前世の記憶を思い出してから、アレットは魂へ干渉できないかと実験を続けていた。アレットとの認識では記憶とは脳に宿るものであり、魂などオカルトだと考えていたが、己が思い出した鮮明な記憶が前世の記憶であるならば、前世と現世で肉体が違う以上共通しているものは魂だけだ。
ゆえに、魂はあると結論付けた。
そしてアレットがジョブチェンジして着けた【境命士】はまさに着くべくして着いたジョブだ。核である魂を囲む霊体――いわゆる幽霊に触れられる【霊体】スキルに、他者の魂に触れる【境界破棄】。この二つのスキル――正確には【境界破棄】は【虚実夢幻】に統合されている――でアレットは死んだばかりのエルフの魂に干渉し、記憶を読み取っていく。
モアナで実験したときに読み取った記憶をそのまま読み込むと記憶が混濁して倒れるため【知恵の書】に転写していく。
「わりとむごい」
そして記憶を読み取ったことでこのエルフの里で何があったのかを知った。
穏やかに暮らしているある日突然炎が燃え上がる。
光り輝く騎士たちに切り殺されるエルフたち。
死んだ後の幽霊として漂っていた魂に干渉できるので、肉片になった同族がごみのように積み上げられている光景が目に焼き付ける。【知恵の書】で仲介していなければアレットの精神に多大な影響を与えていただろう。
何より、この里で邪神を信仰していたことが何より驚きだ。
――これ不味いな。今日の出来事ならまだ邪神の残滓があるかもしれない。今すぐ逃げるべきだ。
「みんな、今すぐ逃げ――」
言い切る前に、轟音が響く。
結界があるとはいえ、誰一人油断などしていなかった。しかし誰もが反応するより早く、一条の光がアレットたちの前に到来した。
真っ先に反応したのはモアナ。民家の壁を破壊して突撃してくる人間大の質量を鉤爪で押し返す。脚撃と爪撃が拮抗し、両者後退する。追撃にパスファルが間に挟むように呪いの鎖を差し込むが、それは全てかいくぐり後退する。
「何者ですか。あなた達は」
問いかけてきたそれは、全身を鎧に包んだ騎士だった。
銀の鎧が日の光を反射し、白っぽい色の髪と相まって神々しさすら感じさせる。
頭部には鎧を着けていないため、その美貌を隠すものはない。いつまでも少女と女性の間にいると思わせるような美しさと清らかさ、そして意思の強さを感じさせる強い眼差し。
(……気持ち悪い)
顔立ちは整っているだろう。見かければ大抵の男は振り返るだろう。
読み取った記憶を参照するに、名前はローレイア。この里の邪神の加護を受けた里長を討った神に愛されたとかいう騎士だろう。
通常の人間なら好感を覚えるはずだが、しかしそれ以上にアレットは何故か嫌悪感を覚えた。
エルフを虐殺したからではない。邪神を信仰していた彼らは殺される理由があったし、なかったとしてもアレットはそんなことで嫌悪しない。
ゆえに、理屈ではなく衝動だ。何かが訴えかけてくるだ。あれは相互理解など不可能な生き物だと。
「そこにいるエルフは邪神に汚染されている可能性があるので、私たちが浄化します。おとなしく引き渡すならばあなた達に危害は加えません」
――‥‥‥は?
言葉を重ねる女に、疑問と殺意が沸く。
汚染?浄化?言葉の意味は不明だが、記憶を読み取ったエルフは幽霊になって騎士たちの会話も聞いていたので理解できる。
要するに、この里のエルフは邪神を信仰していたから殺す言うことだろう。邪神の加護を受けた生き物は加護を経由して地上に邪神の意図を体現するため、可能性があるだけで殺すことは理解できる。
ソフィアはこの里のエルフではないため、そんな可能性など零だが。
「このエルフはこの里のエルフじゃない。何を考えているか知らないが、引き渡さない。俺たちはこの里に用があったが、焼け落ちていたから調べに来ただけだ」
「えっ?……いえ。お気の毒ですが、この里で信仰されていた邪神はエルフとのつながりが深いため、エルフはこの里にいるだけで影響を受ける可能性があります。こちらに引き渡してください」
何を危惧しているのかは理解したが、返答は変わらない。
「断る」
「私のことなんだろうけど、お断りよ」
ふざけたことをのたまう騎士に、アレット達は戦闘態勢をとる。アレットとモアナは近接戦闘に備えて前に出て、ソフィアとパスファルは後衛から援護するように魔力を練り上げる。
こちらが断ることを想定していかったのか、騎士はやや呆けた顔をしている。アレットが返答した内容に驚いて――。
――いや最初に驚いたのは言葉の内容じゃなくて、俺が答えたことか。見た目の年齢的にパスファルさんがリーダーなのが普通だよな。
冷静になるように思考を集中させる。相手がどんなに狂った相手であれ、分析しなければならない。
「その穢れた魂に与えられた贖罪の機会を棒に振りますか。残念です。あなた達もかばうならば同様です」
ローレイアはアレット達には反応せず、戦う意思を見せたソフィアに憐憫の視線を向ける。アレットたちにも戦うなら殺すと言ってくる。
会話の終わりを察して、ローレイアも剣を持ちあげる。単純な数なら一対四。アレット達が有利だが、そううまくはいかない。
遠目にも分かるほど上質な髪と肌。剣を収めているがその手はたこ一つないと感じさせる。高貴なお姫様として紹介されれば信じて疑わないだろう。
しかしその相手を無意識にひれ伏させるほどの高貴さを無視すれば、その立ち振る舞いは異常なほど隙が無い。
明らかに武術系スキルを高レベルで修めている。
推定だが、アレットよりも隔絶しているだろう。気殺結界を敷いていたのにこちらに気が付いたのだから。
見たところ十代後半なのでさすがに上位スキルには覚醒していないだろうが。
(さて、どうしたものか)
下手をすれば一瞬で殺されかねない。アレットとパスファルは首を跳ねられても死なないが、ソフィアとモアナはそうはいかない。できればアレットが主軸になって戦い、三人にはその補佐をしてほしいところだ。
「な、なにごとですか……?」
一触即発の空気の中、ローレイアの後方から青年が声を上げる。
「三人とも!そいつは任せた!」
その声に気を取られたローレイアの隙を突いて、アレットは自分とローレイアを一瞬で森へと移動させた。
リアルが忙しくてペースが崩れました。立て直すために次回はおやすみします。




