46話 邪悪を切り裂く光
筆が乗ってしまい日付が変わってしました。過去最長です。
日光を反射して光輝く鎧をがしゃがしゃと鳴らしながら騎士たちが歩いている。隠密性を放棄したこの行進は彼らの自信と信仰の現れであり、パフォーマンスのようなもの。これより行うのは何ら恥じることのない正義の行いであるという意思を体現しているのだ。
「……警戒を。恐らくは同じ道を何度も通らされています」
ローレイアの言葉に一行は驚き視線を周囲に向ける。
そして言葉の意味を瞬時に理解する。理由は足跡だ。背後にあるのは当然だが、先に有るのはおかしい。柔らかい地面に沈んだ足跡に、先ほど切り開いた倒れた樹木まで転がっているのだから、化かされているのは明らかだ。
「小癪な真似を。汚らわしい異教徒らしい術ですな。ローレイア殿、いかがいたしますか?堕ちたといえどエルフである以上森に関する魔術では我らより上でしょう。いったん森の外まで出るべきでしょうか」
答えるエイモンドは慎重な意見を述べる。岩の切り取ったような堀の深い顔に熱血な心を持つ彼は嫌悪感を示すときも正直だが、ベテランの騎士である以上冷静な思考を崩さない。未知の特殊能力を持つ魔物を相手にするように冷静に、負けないことを念願において戦略を立てる。
今回の作戦はローレイアが指揮官である以上、最終的な判断をするのは彼女だ。エイモンドは自分の考えに自信があり、周囲の騎士たちも同じ考えのようだ。
「いえ、戻る必要はありません」
しかし、彼女は違うようだ。
エイモンドの意見を否定した隊の戦闘を歩いていた彼女はさらに前に進み、そのまま腰に下げた剣に手を置き、ゆっくりと構えをとる。左足を跪く寸前まで落としばねのように剣を跳ね上げる。
「【飛剣】」
剣術の中でも最も基本的な遠距離攻撃の武技を使う。左下から右上に剣を振りぬき斬撃を飛ばし、木々が伐採される。一人前の剣士が使えば細い木を一本なら切断できる程度の武技のはずだが、彼女が振るった斬撃は前方数十メートルの樹々を大木問わず切断した。
「あっちです。これで迷いません。もう少し伐採したら定期的に火を放って森を無くしましょう」
あっけに取られる騎士たちを前に、彼女は事も無げに言う。
「なっ、なるほど。さすがローレイア殿。我らでは考えもしませんでした。お前たち、目につくものは全て破壊しながら進むぞ!」
騎士たちは彼女に続くように森を破壊し始める。剣で木を切り倒し槍で穴を開け、魔術は地面を抉り飛ばす。
術を破るために森林を破壊する。後々の事を考えるなら大問題だ。
軍隊ではなく少人数の来たのは何のためだったのか、少し考えれば分かることだが彼らはそれに気が付かない。これが今まで通りの任務であれば口を挟むものもいただろうが、今回は異教を浄化する聖戦であり指揮官は神に愛されたものだ。
普段以上に信仰心に目を曇らせた彼らは派手にまっすぐ進んでいく。
「何用か?ここは神が降臨される神聖な地である。いたずらに足を踏み入れて良い場所ではないぞ」
しばらく進むとエルフの里が見えてくる。樹の上を繋ぐように作られた里だが門は地上にある。里の周囲を囲む危険な植物園。その一角に作られた門からエルフたちが出てきた。
現れたのは複数のエルフ。先頭は草を編んだ王冠――花冠の一種だろうか――をのせたエルフに、他は大柄な男と小柄な女。
服装は植物や動物の皮を使った独特な衣装。森で暮らすエルフはやや原始的な服装をするというが、エルフという種族柄か全員非常に整った顔をしており下品さや野蛮性は感じない。原始的な神官と神官戦士といった印象だ。
「この里のエルフたちは邪悪な神に魂を売ったと聞いています」
ローレイアが素直に答えると、エルフたちの目が途端に険しくなる。
「真に魂を売り邪悪に落ちたのならば首を垂れる首を出しなさい。違うのならばこの里のエルフの全てを私たちに見せるとよいでしょう。光と秩序の女神の祝福を受けた我らの目で、審議を言い渡します。
返答はいかがでしょうか。我らも穏便に事が済むならばそれに越したことはありません。もちろん我らの間違いであったならば、里と森の復興に支援は惜しみません」
彼女の言葉に、騎士たちも異論は内容だった。それどころは首を縦に振り心からの賛同を示している者もいる。
正義の使者としてこの世界に仇成す者を打つ。そんな混じりけのない心が感じられた。
「ぶ、無礼な!神の降臨をお助けしている我らに裁くと!?世界の危機に立ち向かう我らに対しなんという言い草か!」
ローレイアの丁寧であるが下に見る口調に我慢できなくなったのか、エルフたちが激高したように武器を構える。
「やはり邪神に魂をうった狂人を救済するには、その魂を解き放つしかないようですね。総員、抜刀」
こうして聖国フォーリウムの騎士たちと、エルフたちとの戦いが始まった。
それは一方的な蹂躙だった。
騎士たちの剣戟に大樹は倒れ、中に住むエルフたちは血に沈む。
夫婦か恋人と思われる男女の死骸が伏している。森で散った獣が樹々の養分になるように大地を血が赤く染め肉片が積み重なる。
この世の地獄のような光景が生み出している騎士たちだが、彼らの表情に迷いはない。
もとよりこの世界の戦士たちは長年魔物と戦ってきたことで自他ともに命は軽くなり、殺し合いも慣れた者だ。そこに信仰心も加わり女子供を斬り殺すころにもためらいがない。
そんな騎士たちの中で最も殺しているものはローレイアだろう。
光のように瞬きと共に戦場を駆け抜け、その間にいた生き物は肉片に解体されて内容物が地に広がる。輝く鎧と剣を携え神の裁きを体現する。
気が付くと動いているエルフは居なくなっていた。
疑問に思い新米の騎士であるマーティンはあたりを見渡す。正義である我らが勝利するのは当然だが、あまりにあっけない。
「エイモンド騎士。これで終わりですかね?」
「いや。まだだろう。普通のエルフは浄化できたが、まだ邪神の加護を受けた者がいるはーー」
その瞬間、轟音が迸った。
騎士たちは音源である一番大きな大樹に視線を向ける。同時に爆発するように大樹が中ごろから折れるが、その破壊音さえ不協和音にかき消される
現れたのは、二メートル程度のエルフ。森を表す緑を基調にした衣装を纏い、魔物の様な穢れた魔力を纏った杖を携えている。
顔立ちはエルフなだけあって非常に整っている。 整った顔立ちはそれを見るものに好印象を抱かせるが、その表情がすべてを台無しにしていた。
その表情は高慢。
窪んだ眼孔が瞳に影を落とし、表情筋を一切動かさずに見下すように見下ろしている。
エルフという種族の悪いところを煮詰めたようなエルフだ。
だが全身から穢れた魔力を漂わせいるのが離れていても伝わってくる。
「貴様がこのエルフの里の里長だな!」
一番近くにいた騎士が尋ねるが、エルフは答える様子は無い。
一気に攻めるべきか迷う騎士たちに、エルフは口を開く。
「我の行動は神の意思であり、彼の使命は世界の救済である」
その声には魔力がこもっており、経験が浅い騎士たちは膝を付いてしまう。
「神の声を聴けるものは我だけだ。この世界が滅びかけているというのに、誰もそれに気が付かずに暮らしている」
言葉と共に魔力が高まり、人間のーー否、地上のものでは無い何かが気配をのぞかせる。
「しかし、この世界を見捨てることはできない。この世界は私の生まれ育った故郷なのだから。何もしないものに変わり、私は世界を救うのだ」
この言葉が魔術の呪文であったかのように、エルフの背には黒く不気味な、闇色の光が漏れだす
「さあ!『暗命の邪神』リジャべリースよ!御身に仇成す邪悪どもも払ってごらんに入れましょう!その暁にはさらなるご加護を!」
この宣言を境にエルフの表情が恍惚としたものに変わる。杖に膨大な魔力が集まる。それはこの場にいるベテランの騎士ですら今までの戦場で見たことがないほどだ。
「まずい!総員防御――いや、回避だ――」
「しっ、しかしあの魔力量では逃げ場など――」
異常な光景に騎士たちが慌てふためく。あれを倒そうなど考えも出来ずに恐怖の表情を浮かべている騎士たちの横を一条の光が走る。
「私が」
短くそう答えたのはローレイア。勇者の再来。神に愛されたものという称号は伊達ではない。邪悪の化身であるエルフに対抗するように、その剣には膨大な光が集まっていく。
「我の邪魔をするか!」
エルフは杖を向け、闇色の奔流がローレイアに迫る。その光景に騎士たちは絶望し、エルフは第一歩だという様に笑みを深める。
「我が神よ。ご照覧あれ」
対するローレイアは焦ること無く。正確に魔力を練り上げる。
「【聖剣解放】【聖光の太刀】」
瞬きほどの刹那に、もう一つの太陽が顕現したと思わせるほどの光が地上を満たした。
手にしているマジックアイテムの性能を限界以上に引き出す【魔剣解放】。その上位スキルである【聖剣解放】。
そして光の女神の放つ神威のごとき光の一閃。
それは闇色の光を切り裂き、エルフの胴体と背後の樹々を丸ごと両断した。
――まあ、順当な結果だな。
邪神を信仰していたエルフの殺戮が終わった後は後始末時間だが、騎士の一人が廃墟を見渡しながら一人心地ついていた。
エイベン・ゴードリック。この任務を任された指揮官補佐の一人だ。
この集団では異質なことに、エルフの死体に心を痛めていた。
エイベンも聖国フォーリウム出身だが、他の騎士たちと違い平民出身だ。
聖国フォーリウムの貴族階級の者たちは大抵、信仰心で生きている。唯一の神にして光と秩序の女神フォティナ様のために、ひいては国王でもある教皇陛下のためにこの身を捧げるのだと騎士や兵士になる。しかしエイベンは違った。
理由は簡単。給料がいい安泰の職業だからだ。
しかし早くもなく遅くもなく出世していき、正式に騎士になったのはもう中年と言われる歳だ。思っていたほど給料はよくないし、仕事がきつすぎる。
――もっと給料を上げろ。いや上げなくていい。仕事を減らせ。頼むから普通に仕事をして定時に上がれる量で仕事を割り振ってくれ。
そんなことを考えている騎士はエイベンくらいだろう。
そんな彼だからこそ、自分の信仰心に過剰な自信を持たず、【精神耐性】のマジックアイテムを自費で賄って所持している。そのおかげで他の騎士が【恐怖】や【狂乱】の魔術を浴びせられた時も一人冷静だった。
エイベンは自分を騎士よりも軍人であると認識しているため命令ならば剣を振るえるが、エルフの死体も人間の死体を見るときと同じ感情を抱いている。
他の騎士のように、屠殺された豚のように投げ捨てるような扱いはできなかった。
しかしそんな自分は例外だと自覚もあったため、仮の宿舎に戻り騎士たちの状況を書類にまとめていた。
――こっちは負傷者はいても死者はゼロか。まあそうだろうな。本国も人員を減らせるほどの余裕はない。今回の邪神をあがめていたエルフたちを相手に確実に勝てる戦力で隊を編成するだろう。
こっちに教えていないことはあるだろうが。そう心の中で呟いていると、テントの中にローレイアが入ってきた。
「お疲れさん。ローレイアの嬢ちゃん。大手柄だな」
「嬢ちゃんは辞めてくださいエイベン殿……。私は神の意思に従っただけですよ」
さすがに疲れたのかその顔には濃い疲労の色が見える。とは言えぶっ倒れているマーティンよりはましだろう。
「まあそういうな。ローレイアの嬢ちゃんが一番活躍したのは違いないんだ。ゆっくり休んで――」
その瞬間。ローレイアが急に鋭く視線を壁に向ける。
「いま。なにか音がしませんでしたか?」
「ん?気がつかなかったが……」
「見てきます」
「いや待っ……もういねぇ。おい。マーティン!ついて行ってやれ」
そういって壁に寄りかかって疲労で倒れているマーティンに声をかける。
「ぼ、僕がですが……?」
「俺はまだ仕事がある。お前は書類にかけるひとが一つ増えてもいいだろう行って来い」
「きっと何もないですよ……?」
ばやきながらマーティンはテントを出ていった。
「な、なにごとですか……?」
そしてテントから何故か遠く離れていったため必死に追いかけていき、たどり着いた場所でローレイアは謎の四人組と向かい合っていた。




