44話 街を後に
予定を変更して本編を進めます。予定していた閑話は三章の最後に投稿します。
「お前ら達者でな。モアナの嬢ちゃんも悪かったな。妙な依頼に巻き込んじまって」
エニアを経つ日の朝、街の出入口にイルドが見送りに来ていた。
初めて会った時には精悍さを感じさせる顔つきだったが、今はくたびれたような顔をしている。若くして一人前であるC級冒険者になったイルドは冒険者ギルドの依頼で大きな失敗をしたことはなく、同じ冒険者パーティーの仲間にも裏切られたことは無かった。
そのため今回の自分で実力を過信して受けた依頼に失敗し、かつ自分の目で見た選んだ案内人に裏切られたことは堪えたようだ。
「いえいえ。モアナが気にしていなので、俺たちも気にしていません」
「そうだよ。モアちゃんが傷ついたのはモアちゃんが弱かったから。他の誰かのせいじゃないよ」
「そうか……そう言ってくれると気が楽になるよ。ああ…ところで案内人の二人を知っているか?街に帰ってきていないそうなんだが」
「うん。知ってるよ」
「……そうか、いや分かった。見た目で侮って悪かったな。俺が君たちくらいの頃は頭空っぽで棒切れを振り回していたよ」
大人でも身構えてしまうような血なまぐさい話をしているのに、一切の迷いを感じさせない二人をみて、もはや達観したような顔をしていた。
英雄譚で語られる英雄たちのようになりたい。そう思って拾った木の枝を振り回しているうちに、気が付けば木の枝は木剣に、鉄の剣になり、防具を着込み冒険者になっていた。十五歳で冒険者ギルドに登録し、二十歳にはD級冒険者になり、自分には才能があると考えるようになった。
しかしD級からC級に上がるのには五年もかかってしまった。一般的な冒険者が引退する時にD級になっているのだから十分な経歴だが、英雄譚で語られるような者たちは十代でC級冒険者になっている。自分にある才能は並みより上だが、英雄になれるほどではないと気が付いてしまった。
しかしそれを認められずに上を目指すのは止めようと言ってくるずっと組んでいた冒険者パーティーの仲間たちを振り切って一人で旅をし、ついにこんな辺境の街までたどり着いた。
そして出会ってしまった。自分の様な中途半端な者ではない、正真正銘の英雄の器に。
「俺は故郷に帰るよ。昔のパーティーメンバーの一人が商人の家でな、みんな冒険者は止めてその商会の専属護衛をやってるらしいんだ。そいつらがまた一緒にやろうぜって誘ってくれてな。エーデルって街だ。隣の大陸なんだが、お前たちも立ち寄ることがあれば商会にも寄ってくれ」
どうやら故郷に帰るようだ。もしも当てがないならせっかくのご縁ということで適当なポーションやマジックアイテムでも融通しようと考えたが、必要なさそうだ。
「あれ?というか仲間を振り切って飛び出してきたと言うわりに仲はこじれていないんですね。手紙のやり取りでもしていたんですか?」
「ああ。俺の子供が生まれたって手紙が来てな。そのついでにいろいろ書いてあったんだ」
「「……え“?」」
思わずといった様子で、アレットとソフィアの声がかぶった。
「子供……え、いるんですか?で、一人旅?」
「結婚してたんだ……ちょっとびっくり。意外ね」
イルドは若くしてC級冒険者になっている好物件だ。この世界では十代で結婚する人も珍しくないので、ありえないわけではない。しかしイルドからは好青年といった印象を受けていたので、子供がいるなら子供をほっぽり出して旅にするとは思わなかった。
「いや結婚はしてないぞ」
「……え“?ええと一体どういう……?」
「いやそんな難しい話じゃないぞ?結婚とかしていなくても畑に種を撒けば子供ができるって話で。……ああ、お前たちの歳じゃ種とかいっても分からないか?」
「いえ……分かりますが……ちょっとびっくりしてます。はい」
冒険者とは命がけの職業だ。街中や近隣で薬草採取の依頼だけ受けるならばともかく、魔物と戦う時はいつも命を落とすリスクが付き物だ。人間はそんな命の危機に高揚する傾向があり、戦いのあとは体が火照ってしまい落ち着ける必要がある。
そんなとき、大抵の冒険者は酒を飲むか、博打を撃つか、娼館に行くかだ。イルドは娼館で女を抱くことを選んだ。火照りを情欲に変えて異性を抱くことで火照りを鎮めることが多かった。しかし頻繁に娼館に通えば稼ぎがあっという間になくなってしまう。
そんな時いろいろあって同じ状況にあった同じ冒険者パーティーの女冒険者とセックスをすることになった。娼館に行く金がなかったという理由もあるが、冒険者になった時からパーティーを組んでいる仲間の一人なので、もともと気にしていた相手だ。
当然あくまで戦いで火照った体を鎮めるのが目的だが、この世界の避妊技術が拙いせいで失敗したのか、興奮して避妊しなかったのかは分からないが、とにかく妊娠したようだ。
そしてそれを知っても帰らなかったらしい。
「いやいやいや!別にやり捨てたとかそういうわけじゃないぞ!子供ができていたとか知らなかったんだ!」
こいつクズでは?そんな目で見ていたら、イルドは慌てて訂正してきた。
「いや俺も帰らないととは思ったんだよ!でもやっぱり自分の子供と対面するには心の準備が必要でな?それにせっかく旅に出たんだから子供に誇れる話でも見つけないととか考えちゃうと帰るに帰れなくなってな?」
いろいろ言い訳しているが、ようするに作る気がなかった子供ができちゃって腰が引けたんだろう。
アレットも前世で結婚したができちゃった婚ではなかったので気持ちは分からなかったが、子供が生まれることはめでたいことなのでプレゼントを贈ることにした。
マジックポーチから取り出したのは小さな魔石と市販の袋だ。その魔石を右手の平に置き、五指から射出した魔力の糸で削るように模様を付けていく。卓越した錬金術師であるアレットは簡単なマジックアイテムならば瞬時に作れるのだ。
「これあげますから、お子さんにどうぞ。魔除けのお守りです」
そういって渡したものは、市販の袋にマジックアイテムにした魔石を入れた小物。日本人なら神社で買う御守りを連想するだろう。
「光属性と生命属性の祝福。加えて闇属性への反発の効果があります。無病息災のお守りです。首からかけておけば三歳くらいまでは守ってくれますよ」
子供は健やかに育つべき。そんなアレットの考えを表したプレゼントだ。
ちゃんと見守って育ててあげなさいという意味も込めたが。
「おお!一瞬で作るとはすごいな!錬金術師でもあったのか。ありがとう。感謝する。じゃあ俺ももう行くよ。モアナちゃんにも宜しくな」
そういって手を振って反対側の門に歩き去っていく彼は、すこしだけ心が持ち直したような顔をしていた。
「お帰りなさい。出発の準備はできているわよ」
「……おかえりー」
「ただいまー。モアちゃんはよかったの?知り合いなのに話さなくて」
「……冒険者ギルドから報酬を受け取る時に話したから、特に話すことがない」
「そんなもんか」
パスファルとモアナの元に戻ると、荷物を馬車に積み終えたところだった。馬車とは言うが荷台を牽引するのは緑が混ざった森魔馬という魔物で、テイマーギルドから借りたものだ。この森独自の魔物らしく森の走行を得意とし、縄を首からとれば勝手に帰ってくれるらしい。
「じゃあ出発よ。今日中に到着する予定だから、少し飛ばすわ。窓から顔を出さないようにね」
御者のように座っているパスファルは明るく声を上げる。ヘレナから同じ依頼を受けさせられたことで同行しているが、彼女もエルフの里について手紙を届ければお別れだ。少し寂しいが、暗い顔はしないほうが縁起がいいらしい。
「はーい!」
「……お昼寝しててもいい?」
二人は寂しがっているのを隠しているか何も感じていないのか分からないが、問題なく依頼は終えられるだろう。
「はい。よろしくお願いいたします。俺も昼寝しているので」
アレットも気を張らなくて大丈夫だろうと、意識を落とすようにモアナと一緒に昼寝を始めた。




