43話 千年
ぎしぎしと木目調の廊下を歩く音がする。木の香りが漂うその空間に響く音は、長い間旅人の止まり木になっていたという年季の長さと厳かさを感じさせる。
そんな廊下を歩くのは黒みがかった迷彩色の装備で身を包んだ女性だ。トレジャーハンターである女性は普段の破天荒さは鳴りを潜め、この街特有の木からマイナスイオンを吸収するようにリラックスした表情を浮かべながらある部屋に向かっている。良い知らせを持っているからかその足取りは軽く、ノックの音も軽快だ。
「一週間ぶりね。三人とも。言った通りエルフの里の場所を調べて……」
「パスファルさーーん!!」
そんなリラックスできる様な涼やかな空気をぶち壊すように、自分の腰程度の何かが胸元に飛びついてきた。
「きゃ!ど、どうしたの?ソフィアちゃん」
「モアちゃんが……モアちゃんが……」
その何かは泣いているソフィアだった。普段のしっかり者の様な顔は鳴りを潜め、涙をこらえるような悲しい顔をしている。一目見てただ事ではないと分かる。
「モアちゃんがアレット君に取られたーー!!」
しかしその叫びはしょうもないことだった。
「モアナちゃんが…‥‥取られた?アレット君に?」
「そうなの!ほら!」
そう言われて指をさす先にある部屋のベッドに目を向ける。そこにはアレットとモアナが同じベッドで眠っていた。
「ほらって……あなた達はいつも三人で眠っているじゃない」
しかし、アレットたちは普段から三人で一部屋借りているし、眠る時も同じ部屋の同じベッドで川の字で寝ていることをパスファルは知っていたので、何も驚くことではなかった。これが後十年後……二十歳前の男一人女二人なら思う所もあっただろうが、八歳の子供たち三人組が同じベッドで寝ていても微笑ましいという感想しか出てこない。
強いて言えば、そういう生活を続けていると選択次第で結婚できなくなるぞ伝えたくなるくらいか。
「そうじゃなくてあれ!手を繋いでるじゃん!」
「ああ、たしかに……ってそこなのね」
たしかによく見ると手を繋いで寝ていた。
そんなに気にすることなのかは分からないが。
「いつもなら私と手を繋いで寝てるんだよぉ!川の字で寝てるって言ってもいつもの私と手を繋いで仲良く寝てたんだよぉ!でも今日は起きたらアレット君と手を繋いで寝てたの!三年くらいずっと寝るときは二人で手を繋いで寝てたのに!なんでぇぇ!!??」
「あー……はいはい。何かあったんでしょうね。あとで聞いておくわ」
「そりゃあ昨日モアちゃんを直接助けたのはアレット君だけど、私だって頑張ったのに!納得いかない!」
「あーはいは……ん?昨日なにかあったの?」
「へ?ああ。そうなのよ。実はね」
何が起こったのかを聞いたパスファルは、自分が一週間も離れたことを少し後悔した。
「で、エルフの里だけど、直線的な距離はそう離れていないわ。朝に向かえば夕方には着くくらいね。明日の朝には出発しましょう」
「さらっと昨日のことを流しましたけど、流しても大丈夫ですか?」
「……いいのよ。冒険者をやっていれば人の死にはありふれてくるわ。山賊や賞金首なんかの人間の討伐や捕縛の依頼を受けることもあるし、実際にD級冒険者への昇格試験では盗賊退治が試験内容になるわ。他にも街の外っていう法律が届かない場所では殺し合いになることもあるから、街に逃げ帰られる前に殺してしまうのも良い選択よ。いざこざは持ち越さないほうがいいからね。ああ、でも死体を隠蔽したら最初から計画していたんじゃないかって疑われるから、今回は黙っていましょうね。今後は普通に殺しても冒険者ギルドに報告したほうがいいわ」
「はーい」
「分かりました」
依頼を受けた時に聞いていた魔物よりも数段強い魔物が出てきたことも、その際に冒険者に背中を刺されたから殺したことも、ベテラン冒険者からすれば経験したことがあるようだ。この二つが一度に起こることはそうそうないが、どちらかなら稀によくあることらしい。
「出発は明日の朝。本当は途中で一泊して次の日の朝にエルフの里に到着するのが理想だけど、森が危険かつエルフの里の外周警備兵に発見されるでしょうから、夕方にそのまま到着の予定よ。そこから友好的な関係を築けるようにするらしいけど……私たちの場合はソフィアちゃんがいるから大丈夫だと思うわ」
「私が?なんで?」
「ソフィアちゃんがエルフだからよ。彼らは人種を嫌っているけど、その反動なのか、彼らは同族ならほぼ無条件で信頼するそうよ」
アレット達がヘレナから受けた依頼は手紙の配達。それをヘレナの息子である族長に渡せれば依頼は完了であるため、友好的な関係をじっくりと築かなくてよいとパスファルは判断したようだ。
アレットも異論は無い。元々エルフの里であるエウレルには用がない上、この街でもスカルに聞いた錬金術師と交流できたので、この地域での用は全て終わっている。さっさと済ませて次の街に行きたいのだ。
ソフィアも同じ考えのようだし、明日には出発でいいだろう。
「じゃ、また明日ね。モアナちゃんにも宜しく」
「そういえばアレット君。逃げてきた二人を私が殺したこと、知ってたの?」
いまだに昼寝をしているモアナの頬を突きながら、窓際で本を読んでいるアレットに問いかける。内容の重さに反して口調は軽いが、それが本当に軽い内容だと思っているのか、それとも偽装がうまいのかは分からない。
なら正直に答えればいい。
「うん。知ってたよ。俺がモアナを担いで街まで帰ってきたときにソフィアと合流したけど、血の匂いが強かったから」
「え?血の匂い強かった?風の結界で返り血は浴びてないと思ったけど……?」
「いや人種や大抵の獣人なら気が付かないと思うよ。けど俺は魚人……正確には鮫の獣人の血が入ってるから、血の匂いには敏感なんだよ」
「え?なんの人魚か気になってたけど、鮫の魚人だったの?」
「そうだよ。【獣覚】スキルは持ってないけど……ほら」
そういってアレットは上半身の服を脱ぐと、気合を入れるように全身に力を入れた。すると腰や手首の関節を覆う様に鮫肌を思わせる鱗が現れ、目は縦に割れ歯はギザギザに変化した。
「おー‥‥‥って、ほとんど変わらないね」
「鮫の獣人の血が入っているって言ってもそのご先祖様は遠いからね。普通の人種と比べると水中で長く暮らせるし暗闇でも目が通るけど、純粋な人魚ほどじゃないからね」
「ふーん……っていうか、鮫の獣人?それって魚人じゃないの?」
「ん?魚人は獣人の一種でしょ?」
「へ?別でしょ?」
「え?」
「ん?」
原初の世界には混沌があり、いつしか十二の大神が生まれた。
十二の大神たちの内、九柱の属性神は眷属である従属神と人間を創り、三柱の自然神たちは鳥獣を創造した。
この時代を神代と呼ぶ。
しかし異世界から現れた邪悪にして異形の神々がこの世界を滅ぼすために暴れまわり、神代は終わり人治の時代になった。
神代には人種、エルフ、ドワーフの三種族を知恵のある存在として人間と称したが、神代の終わりに神々はダークエルフやラミア、獣人、魚人などの種族を創造した。
そして大神はそのほとんどが滅んだが、生き残った唯一の神。光と秩序の神フォティナが混沌としてこの世界を今も見守っている。
「っていう神話よ。みんな知っているわ」
当たり前のようにソフィアは語るが、それを聞いたアレットは混乱していた。
――‥‥‥そんな神話、聞いたこともないぞ。
ソフィアの語った神話は、アレットの知っている神話とは全く違うものだった。
邪神が攻めてきたことや創世記はだいたい同じだが、最初から十二の大神が居ることや、光と秩序の神フォティナ以外滅んだなど初めて聞いた初めて聞いた。
――【知恵の書:閲覧】【高速思考】【並列思考】……やっぱりないな。そんな神話。
アレットは【知恵の書】を急いであさるが、やはりソフィアが語る神話は出てこない。やはりデタラメーー。
――いや、【知恵の書】で閲覧できる書物は俺に加護をくれた知恵の神ソルカに奉納されたものだけだ。つまり俺の故郷にあった知識でしかない。
となると、俺の故郷が人間社会と繋がりを断ったここ千年でこの妙な神話が伝わったのか?
「ソフィア。それは本当にみんな知っているのか?具体的にはどこに伝っている神話だ?」
「き、急にどうしたの?ええと、みんなっていうか、私が生まれた聖国フォーリウムの聖典にはそう書いてあるらしいわ。獣人は人種より一等劣る存在だとかも書いてあるらしいけど」
「……なるほど」
大神が復活したり死ぬような大事件が起これば海に浮かぶルプス号にも伝わるはずだ。
――この千年で、何があったんだ?
アレットの目には最大の疑問がと好奇心が浮かんでいた。
次は閑話。その後何話は続けて3章終了です。




