42話 怒り
【思考存在】を【虚実夢幻】に変更します
アレットは激怒していた。訳も分からず激怒していた。本来は弓で援護しようと思っていたはずが、飛び出してきて魔物を殴り飛ばすほどに激怒していた。
「……あ、アレット君?なんで……?」
「馬車で俺の魂の欠片を埋め込んだだろ。だからお前がいる方向は分かるんだよ」
エニアに来るまでの馬車の中でアレットが行った実験の一つ。【境命士】のジョブ効果の実験。命の境界を操る者であることを示すジョブだと予想したアレットは、自分の魂を分割する発想を得ていた。
アレットは魂はあると確信していた。それはアレットには前世の記憶があるからだ。
アレットは故郷が沈み、気が付いた時には前世の記憶が蘇っていたが、真っ先に思ったことは前世の記憶など有りえないということだ。
アレットの認識では、記憶というのは脳に宿る。生まれ変わると肉体が変わるのだから、脳も別のもの。ならば前世の記憶は脳以外に宿っていたことになる。それは何か、アレットの知る限り、肉体や脳よりも次元が一つ上のなにか、すなわち魂に宿っていた。そう結論付けた。
この世界には輪廻転生が実在し、人間の中には死後に神の眷属に昇華される実例も確認されていたこともあり魂はあると信じていたが、魂の実在を実感できたことはアレットにとってとても大きかった。
そして魂はあると実感した以上、次に考えることは魂を何かに利用できないか、だ。
肉体が魂に接続しているならば、肉体を調べればどこかが魂とつながっている。そう気が付いたアレットは自分の肉体を調べつくし、魂には核があり、その周囲を霊体とも呼べるものが囲っていることを突き止めた。それはさながら細胞核と細胞液。もしくはスライムの核とスライムの液体の関係だろう。
さらに魂は核以外なら切り離しても問題ないこと、肉体が傷ついても修復できるように魂も多少の傷は修復できること、そして切り離した魂は遠く離れても場所が感覚で分かることを突き止めた。
アレットは【境命士】にジョブチェンジしたときに【霊体】や【虚実夢幻】に統合された【境界破棄】のスキルなどを獲得したが、その有効な使い方をようやく突き止めた。
その実験の延長の一つとして、モアナの魂に自分の魂の一部を混ぜ合わせた。動植物や魔物ではなく人間にすることは初めてでありどのような影響ができるか未知数だったが、モアナは理論上大丈夫という説明だけで受け入れた。
その結果、アレットは二十キロ以上離れたモアナの場所を正確に感知し一直線にたどり着くことができた。
モアナが一人で考えて行動し依頼を受け魔境に入り敗北し死にかけたなら、アレットは死なない程度に援護するつもりだった。アレットたちは三人で旅をしているが、その実三人組よりと二人組と一人と表現するほうが適しているほど距離がある。そうアレットは考えていたし、愛着も仲間意識も薄かった。
しかしモアナが後ろから刺され、今にも食い殺されそうに所を目視した瞬間、理屈を飛ばして急加速。そのままの勢いで魔物を殴り飛ばしていた。
「【治癒の浄水】【生命力活性】ポーションもかけておくか」
アレットは高位の水属性魔術と高性能なポーションでモアナを回復させる。この世界の回復魔術は目に見える速さで傷がふさがっていく。
「……あう……ごめんなさ……」
「喋るな」
表情の乏しいアレットには、珍しく怒りが宿っていた。なぜ自分がこんなにも怒っているいるのか分からない。モアナに魂を混ぜたことで文字通り自分が傷つけられたように感じるのか、モアナが自分の意思で行動した結果あっさり死にかけたのでモアナの迂闊さとそれを止めなかった自分の愚かさか、それともモアナを傷つけられたことに純粋に怒りを感じているのか、アレットには分からない。
だが目の前の魔物は殺すし、モアナを傷つけた二人も死ぬ以上の目に合わせる。それは確定していた。
「あれは植竜か。ランク7ってとこかな」
モアナが何の依頼を受けたのかアレット知らないが、目の前の魔物の特徴と迫力から正確に言い当てた。植物の繊維が複雑に絡み合いオーガやミノタウロスの筋肉を思わせる。その魔力量は高位の魔物に相応しく絶大だ。見た目こそ幼竜のように小柄だが、それは弱さではなく、その小さい体にまで圧縮しているのが離れていても伝わってくる。
アレットが単独で倒したことがある魔物は最高でランク6。今までで最も強敵だが、アレットに逃げるという考えはなかった。
「双弓装着。魔術弓起動。魔力接続。魔術矢製造。魔力循環開始」
逃げないと決めた以上。全力で戦いだけだ。最初の島で取り込んだ英霊の力を使える英霊化でも勝てるが、不慮に手に入れた不安定な力で殺すことはアレットの自負が許さない。ゆえに使うのは最初の島で英雄を相手に使った魔術弓。魔術を流せば魔術が使えるマジックアイテムの弓。魔術で強力かつ持続時間が短い作ることで飛距離がなくなる代わりに一秒で百を超える矢を放つ特殊なアレットの切り札にして、アレットの現時点での全力。
【高速思考】に【並列思考】で高速戦闘をさらに早く。【虚実夢幻】で思考と行動を直結。されに改良された魔術弓は腰に着けた魔石から魔力を吸い上げ半自動で矢を製造し、アレットが魔術式に介入したときは性質と強度を上昇させる。
アレットの故郷で教えられていた戦闘の思想。己は最強になれない、しかし最強の武器は作れる。そんな教えに忠実な兵器。英雄との戦いで壊れたことで改良したアレット専用の兵器だ。
「【風の運び矢:並列製造】【光の威光:起動】【腐敗の汚水】【魔術複合】」
右腕に着けた風の魔術弓に備わっている魔術回路を使い、アレットに適性のない風属性の矢を製造。続いて左腕に着けた魔術弓の光属性の魔術を発動。アレット自身も水属性の魔術使用。最後に風の矢に光属性と水属性の魔術を複数付与する。
本来は三つの魔術の並列軌道はアレットには不可能だが、そのうち二つは魔力を流せば魔術が発動するマジックアイテムに肩代わりさせることで可能にした。
「しっ、ね!」
アレットの殺意が凝縮された数百の矢が植竜に襲い掛かる。
矢は風のような速さで迫り、当たれば光の威光で魔物の穢れた魔力を浄化し、腐敗の汚水は植物の肉体を腐らせる。
「ギャアアアアッ!!」
植物の軋む音か咆哮か判断に迷う音を立てながら、植竜は魔術を発動する。するとアレットとの間の草が急成長し壁を形成する。魔物の使う魔術はやや異なるが、生命属性魔術レベル8の魔術師が使用したという【草樹樹誕】に酷似していた。樹と呼べるほどに急成長した草は数百の矢を圧倒的な物量で飲み込み、そのままアレットへと倒れこむ。
しかしアレットは真っ向から打ち破る。圧倒的な連射は植竜の魔術によって急成長した植物の物量を超える。爆発するように植物の壁を打ち破った矢が植竜の体を貫く。
やはり小型の体は本体のようだ。モアナたちが戦った時とは違い避けるそぶりをする。しかしそれより早く矢が命中するが、植竜の本体には効いていない。
アレットは思わず舌打ちしてしまうが、流れるように魔術を発動する。舌打ちしたときに発する音を起点に歌う様に呪文を唱える。歌唱スキルの応用だ。
【大津波】。水量で押し流す魔術だ。それを【虚実夢幻】で酸性に変化させ溶かしにかかる。酸性の水を生み出すことは魔力を多く消費するが、水属性魔術で津波をおこしてから酸性に変化させるならば消費魔力が少なく済む。
―ーこれで溶かせるか?……なに?
酸性の水は確かに植竜を溶かしていた。しかし植竜は魔術でーー否、おそらくは魔物固有の能力で植物の肉体を再生と補強をしていた。周囲の植物を取り込み肉体を補強、さらに急成長させることで肉体が解かされるのに致命傷には届かない。
驚愕しているアレットの頭上から大きな竜の手が圧殺するように迫る。肉体の補強と再生だけでは植竜の魔力制御は飽和しなかったようだ。同時にくみ上げた手がアレットを押しつぶす。
「ぎゃぎゃぎゃぎゃ!!!……ぎゃ?」
喜ぶような声を上げる植竜が遠隔操作している手を上げる。しかしそこにアレットは居なかった。空中に作った水の道を複数流れてくる。それに気が付いた瞬間。水の道の一つからアレットが姿を現す。植竜は咄嗟に樹の槍に変化するブレスを放つ。
ブレスはアレットに直撃――せずに貫通し、アレットの姿は水のように消える。かつて使用した【身代わりの水人形】だ。
「とどめだ。【空間歪曲:起動】死ね」
ブレスを使い無防備になった喉元にアレットは潜り込んでいた。【虚実夢幻】の効果で左腕の魔術弓の効果を光属性から空間属性に書き換え、空間を歪曲させる魔術を付与する。
「ギャアアアア!!!!」
ただでさえ強力な植物の肉体は魔物の魔力でさらに強化されている。アレットの矢は一発ではかすり傷しか与えられない。しかし矢は一秒で百発を超える。反応が遅れた植竜が気が付いたときには千に近い矢が爆発したかのように襲い掛かり、植竜の本体の喉元を引き裂いた。
アレットは今までで最も強い魔物を倒した感慨を見せず素材を回収し、気を失ったモアナと、ついでに気を失っていたイルドを担いで帰還した。
「くそっ!あのクソガキめ!手間をかけさせやがって!」
「落ち着け。ゲリット。さっさと帰って傷の手当てをするぞ。冒険者ギルドの依頼よりはるかに強力な魔物が出てきたんだ。今なら治療費を払わせられるかもしれんぞ」
イルドとモアナを見捨てて逃げたミミムとゲリットは森の中を逃亡していた。
最後にモアナに殺されかけたゲリットは激高していたが、それをミミムがなだめていた。
長年ゲリットと同じ冒険者パーティーに所属しており、解散後も二人で案内人のパーティーを組んでいるミミムはゲリットの事をよく知っていたため、見捨てるタイミングも言葉を交わさずとも理解していた。冒険者パーティーを組んでダンジョンに潜っていたころもよくあったことだからだ。
今回は今までで一番見捨てるタイミングが早かったが、その理由も理解していた。嫉妬だろう。ゲリットもミミムも才能がない。十五歳で冒険者になってもう二十年。十五年目でD級冒険者になったが、C級には上がれないまま引退だろう。ミミムは受け入れていたが、ゲリットはそれを未だに劣等感を感じていたことも、あの十に満たない年でC級冒険者に匹敵する子供に嫉妬していたことも察していた。
しかしそれに口出しはしない。どのみち依頼よりも強い魔物が出てきた時点で逃げるのは決まっていた。それが少し早かっただけだ。冒険者ギルドにも二人は死んだので俺たちは逃げてきたと報告しても罰則はない。有っても一か月の塩漬け依頼を受ける義務程度だろう。
「俺は一目見た時からあの餓鬼は気にくわなかったんだ!あの見下したような目!絶対に俺たちを雑魚がと見下していただろ!」
だから隣で愚痴を言っている相棒に不満はない。あの二人には悪いと思うが、今度酒でも飲みながら供養してやろう。罰則が終われば田舎の商人の護衛にでも就職すれば一件落着ーー。
「ぎゃああああああああ!!!!!」
そう考えていたミミムの隣で、突如ゲリットが消え、悲鳴が上がった。
慌てて悲鳴の発生源を見る。ゲリットは消えたのではない。足を切り落とされ背丈が縮んだのだ。
「アレット君もさー甘いと思うんだよねー。温いっていうか、判断が遅いっていうかさー」
場違いなまでに幼い声。そこにはエルフがいた。
「まー考えは分かるんだけどさ-。アレット君は変に真面目だから、行いに対する復讐として、殺すべきか、それとも拷問で痛めつけてから殺すべきかとか。そういう適切な仕返しを考えてるんだろうね」
暖炉の前で雑談するような、軽い調子の声。それがベテラン冒険者として経験豊富な二人を凍り付けていた。
「でもさーそれじゃ遅いんだよね。そんなことを考えるのって無駄だし、さっさと殺せばいいんだよ」
燃える風の斬撃が四肢を切断する。完璧にコントロールされた風は人体を切断しただけで樹々を切る前に消え、熱は傷口を焼き止める。遅れて恐怖と激痛に我に返る悲鳴を上げるが、それを聞きとめるものは誰も居ない。
「さて、終わりっと。ぐちゃぐちゃにして土をかぶせて、ついでに焚火の後でも作っておけばおーわりっと」
物言わぬ死体となった二つの肉塊を骨ごと風属性魔術で丁寧に粉々にし、火をで溶かし土をかけた。
作業が終わると、ソフィアは何事もなかったかのように立ち去った。
三章はもう少し続きます




