41話 閉じた心
冒険者を信用してはならない。騎士や兵士は共同作戦をするたびに繰り返しそれを教えられる。傭兵などの育ちが悪いと言われる職業軍人は数あれど、そういわれるのは冒険者だけだ。それは何故か。
冒険者は逃げるタイミングが分からないからだ。
騎士、兵士、傭兵。これらの集団は逃げるタイミング、すなわち撤退のタイミングは決まっている。指揮をとるリーダーが撤退を宣言するときだ。
どれだけ敗色が濃厚でも己の役割に徹しなければならず、指揮官が最適のタイミングで撤退を宣言する。それは一人一人が勝手に行動をすれば連携が崩れ、集団全体が危険になると知っているからだ。
だが、冒険者はそうではない。
冒険者は個人主義であり参加も撤退も個々人が決定する。それは冒険者の性質であり欠点であるが、同時に強みでもある。生き死に含めて全てが自由。命を懸けて死にそうな他者を助けることも、助かりそうな命を見捨てて自分だけ助かることも自由。大人数で連携をとっていても敗色が濃厚だと思えば勝手に逃げる。それは善悪や正負と関係がない。冒険者という職業はそういう性質なのだ。
無論。自由と言っても限度はある。規則として犯罪はしてはならない。地球と比べてこの世界は命が軽いが、命が軽いとは見捨てるものと見捨てられるものの両者に言えることだ。
単に助けられないと判断し逃げるならば、責めることはできない。しかし助からないと判断した結果だれか一人の足を傷つけて意図的に囮にし、捨て駒にすることは職業ごとの性質ではなく明確にやってはならないことだ。魔物と戦うという命のやり取りをする極限状態であっても、緊急避難では済ませられない悪質な行動をすれば冒険者ギルドや衛兵に露見すれば罰金や無償奉仕などの罰則は受けるだろう。
……だが、それでも自分の命を優先して他者を裏切りに等しい行為をして見捨てることもある。
そしてその選択も間違いとは言えない。冒険者という命のやり取りをする職業でありながら、引退まで五体満足でいられるのならば、他者を見捨てても自分が生き残るというのは、絶対的に責められることではないのかもしれない。
法律上の、関係のないものからすれば。
モアナの目が鋭く光る。さっきまでは気のいい先輩の冒険者のおじさん。しかし樹の槍に自分を蹴り飛ばした瞬間、この生き物は敵になった。
「【鋼躰】」
短く言霊を囁く。【格闘技】の武技で肉体を鋼のように硬くする。魔力を操作し強化される部分を両腕と両足に限定することで強度をさらに上昇。急所を守るように手足を前に、体を捻じりながら槍の嵐に身を投げ出す。最初に避けきれず胴体に穴が開くが、残りは頬が抉られ強化された両手足が削れるだけだ。
樹の槍によって穴がいくつか開いたが、残りは貫通せずにその場に落ちる。
「なに!?」
腹に大きな穴が開き肉体は全体的に減り肉が露出しているが、それでも生き延びたモアナを見てゲリットは驚愕の声を上げる。そして背筋が震える。他の冒険者を捨て駒にして逃げようとした自分の行動が裏切りに等しいことを自覚しているため、殺しに来ると判断したためだ。
咄嗟に短剣を構えるが、命の危機に極限まで研ぎ澄まされたモアナの速度は衰え始めた平均的な冒険者を軽く超えている。
「がっ!」
弾丸の様な速さで近づき胴体を一突き。地面に押し倒し首を……。
「…………?」
首を破壊しようとしたモアナの動きが止まる。鋼のように硬くなった手を首に叩き込めばこの男は死ぬ。殺せる。だがなぜか腕は高く上げたまま振り下ろせない。
モアナは何かの魔術か、それとも自分の肉体がすでに限界なのかと気配と探るが何もない。穴が開いた胴体からどくどくと血が流れているが、まだあと五分はもつ。敵になったこの男を殺して植竜と戦っている二人と合流する。死ぬ前にポーションで治す。それが最善だ。
しかし、何故か殺すという選択は取れない。なぜだ。
「ちっ!どけ!」
硬直しているモアナを蹴り飛ばしたのは、植竜と戦っているはずのミミムだった。
驚愕しながらも目線を植竜に向けると、槍で貫かれたようにわき腹と足を負傷したイルドが一人で戦っていた。
「……がはっ」
ならばこいつも敵かと判断するが、何故自分には殺せなかったのかと混乱しているモアナは混乱のあまり身動きが取れない。蹴り飛ばされ受け身も取れず地にたたきつけられたモアナは武技と集中力が切れ、意識から追いやっていた痛みが全身を襲う。
血を吐きながら意識が朦朧とするなか、ゲリットとミミムが逃げていくのが見える。こちらを振り返ったその眼は敵意と冷たい嫌悪感に満ちていた。
――‥‥‥ああ、そうか。
その目を見てモアナは思いだす。この目はいつも自分に向けられていた目だと。
モアナの出生に秘密はない。娼婦が避妊に失敗し妊娠してしまい、生まれるとはした金で裏組織に売り飛ばされた。その組織で戦闘員として育てられ、感情を持たない命令のみを聞く人形のようになり、戦闘に導入される前に組織が崩壊したのでソフィアに連れられ逃げ出した。
それだけだ。
そしてその育てられ方が原因でモアナは自意識が薄く、話すときもワンテンポ遅れてしまう。それが今も治っていない。
生き死にに対する倫理観も変わっていない。仮面をつけた教官たちはいつも言っていた。私たちこそが正しい。私たちのために死ね。それが正しいことだ。外の人間たちは価値のない命だ。そう教わったため、人間も魔物も動物も殺すことは躊躇するなど考えたこともない。
組織から逃げてからも同じだ。その国は人種至上主義の国であり、モアナの様な獣人には動くごみを見るような侮蔑の目を向けていた。獣人でなければ違ったが、世間を知らないモアナにその区別はつかない。大人も子供も関係ない。一息付けた村でも同じことだった。いつも一緒にいたソフィアも一緒に傷ついたが、モアナはそれに安堵することは無かった。
それが変わったのは、島でアレットに出会った時だった。
差別や迫害に理由は理解できずとも心が傷ついていたモアナ最初は気が付かなかったが、初めて出会った時から、アレットは自分を一人の対等な相手として見ていた。差別や迫害を受けてなぜ心が傷つくのか理解できないモアナは、同様になぜ初めて自分をまっすぐ見てくれたアレットに気を許してしまうのか理解できないが、心は暖かくなった。
島を出て人間の街に着いてからも良いことは続いた。今までの街のように石を投げられることは無かった。それは人種至上主義の国ではないこともそうだが、アレットが導いてくれたからだろう。モアナとソフィアだけならスラムに行き盗みをする以外に生きる方法を思いつかなかっただろう。冒険者ギルドに行き、魔物の素材をお金に変えることを知り、アレットとソフィア以外にも会話ができる相手が増えた。
しかしそのせいで人間というものへの認識が、誰であっても分かりあえるいう風に歪んでいた。
モアナは魔物も動物も殺せるし、人間を殺すことにも躊躇わない。躊躇う理由はない。そう思っていた。そんなものはこの世界ではありふれている。冒険者も騎士も、魔物も盗賊も一緒くたに殺せる。この世界で生きているうちに、そういう考えに行きつくからだ。
しかしモアナは違う。モアナの誰であれ殺せるとは、生きてきた中で培った信念ではなく、育った環境で生まれた常識だ。
人間の冷たさしか知らなかったモアナは、アレットに出会ってから人間の暖かさに触れたことでそんな脆く曖昧な常識は壊れたのだ。
それに自覚していなかったモアナは咄嗟に敵になった人間を殺せず、その結果死にかけている。
――これは……まずい……アレット君……ごめんなさい……
意識が薄れていく。最後に思い出すのはアレットだった。家族同然であるソフィアのように、アレットとも仲良くなりたい。もっと一緒にいたい。暖かさのお礼がしたい。そう思っていても、最後は拗ねるように飛び出してしまった。
モアナの瞳が虚ろになって行く。その瞳にはイルドを倒してこちらに向かってくる植竜が映る。
――‥‥‥えっ?
突如として衝撃が起こる。
大口を開けてモアナを食べようとする植竜が、音より早い拳を受け吹き飛んでく。
モアナがもうほとんど動かない目を向けると、そこには見覚えのある少年がいた。
「なに死ぬかけてるんだ。バカ」




